●同時『鶏が先か卵が先か』で思い出すのは、禅語の『啐啄同時(そったくどうじ)』だ。「雛が卵から出る時は雛が内側から殻を突く(啐)、同時に親鳥が外側から殻を突く(啄)。これで産まれる。タイミングなのだ」というもの。『啐啄同時』は卵の中の雛の話だけど言葉は「どっちが先か?」ではなく「同時」だ。ここが深い。科学は客観だからそこに自分はいない。立派なことを語る人は大抵そこにいない。自分は蚊帳の外。内外・主客が分断している、どっちが先か、ってね。その点、禅の考察は深い。坐っているのは誰でもない自分だ。
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