2018年12月31日月曜日

[6578] 時間の上

●時間の上
北海道からアーティストがやってきた。
作為と無作為が気になるらしく
しきりにその言葉を吐いていた。
目を閉じている作品を見て
「ゾワっとした」と感想。
開眼したようだ
二十年以上構想していたものだ。
ペリバの空間がものを見るのに最適なので
ゴミ捨て場の便器を持つように
ふと手にして置いてみたら
空間が引き締まり
二日前
いきなりの完成となった。
グイッと十年二十年前進した気分だ。
赤ちゃんが初めて立った時の親の感動。
これで来年は時間の上を
自由自在に歩ける。
まだヨチヨチだけど。

2018年12月30日日曜日

[6577] 魂

雪掻きしながら、いいことに気づいた。
 来年五月に雅叙園の展示があるので、猫作品に精を出している。ところでとりあえず『猫作家』といえば『もりわじん』と多くの方が知ってくれている。社会的にはこれで飯が食っていけるのでありがたいことだけど、僕には猫以外のいろんな時代があった。どの時代も大切な時空間だ。その時代時代の作品が違うから、それぞれの時代の僕の考えも違う。
 作家というのは自分のオリジナリティを見つけ、その作風で生涯を過ごすのがシンプルだ。会社ではないがナニナニ作家という名刺を手に入れたようなもので他人が安心できる。僕の名刺には『縁起物猫作家』と書いてあるわけだ。これで僕という人間は民芸縁起物が生活の奥まで入り込んでいる日本人に安心して認められる存在となった。
 ところで問題なのは僕は猫作家なので猫以外の前時代についての作品は猫のためにあった時代と考えてしまう。ペリペリをやってからその考えは違うことがわかった。僕には多くの時代があり、それぞれが独立したものとしてあったのだ、と考える方が面白いし己が開かれる事に気づいたのだ。ひとりの人間だからどれも繋がってはいるが、どれかが一番ではないのだ。前思考的には経済を満たした猫時代に長くどっぷり浸かっていたので、他の時代も猫のためにあったように思い込み、猫の中に組み込んでしまっていた。そんなふうに考えてゆけば未来までも猫に組み込みたくなって、猫牢屋の中に未来の僕を入牢させてしまう。この閉じたような思考が誤っていたのだ!
 しかし考えたらこれでは僕は個人史的にバラバラだ。まるで多重人格だ。そこで発見しなければならないのが全ての僕に共通の『三つ子の魂百まで』というような『魂』だ。あらゆる思考には反対の思考があり、どちらかに傾けば、感覚がそれに気づくはずだから、そういう思考を剥ぎ取ってゆくことが魂の発露だと思う。それほど困難なことではない。そのためのペリペリ発見だったと思う。政治や経済なども剥いだペリペリの果てに、全ての他人にも共通の千年万年永遠の『魂』を観ることだろう。

2018年12月29日土曜日

[6576] ジム

ジム
今日はジムの日だ。
頑張ってエクササイズ。
なんのことはない雪掻きの事です。
軽く一万歩は超えました。

2018年12月28日金曜日

[6575] ペリカン

ペリカン
ペリペリペリカン。
ペリペリのシンボルアニマルになりそう。
猫の次はペリカンって
ワシは宅配便で世界を繋ぐつもりか?

2018年12月27日木曜日

[6574] 平等

平等
ペリペリという塗って剥ぐというバランス感覚が自分の性質にフィットした時点からこれを重要視して探求育成が始まった。あらゆるものが二進法や二項対立で表現できる世界にいるのなら、ペリペリはシンプルにそれを視覚化したもので、その組み合わせによって、あらゆるものの表現が可能であると思う。これは自分にとって未知なる領域でもあり、平等で自由なスタイルだ。この作業のプロセスがモノとなって提出される。例えば気になるのは互いに平等の方向性を持っているのに、そのモノを何かと比較してさも自分が正しいと主張することは他人を見下すことであり、不平等の考えを当たり前だと思っている思考となんら変わりなく矛盾していることになる。一見、平等を主張していることそのもの裏に、不平等があることに気づくべきだ。不平等とはエゴイスティックであり平等でありえず、自然界の動物がそのように見えるが動物は人間のように城を築くことも国を作ることもない。個と全体の自然が一体化した自然界の運動の中にある。人間は自然から分離しているので平等を維持する知性を学び続けねば、自然に守られていない不平等に陥る。その個は全体と断絶する。個の内部では脳と各部位や意識と無意識、時間にも壁を作りお先真っ暗になる。平等がときに気づかず不平等に入信してしまった時の状態だ。もしこれまでの全ての思考の先に真っ暗でない可能性があるならあらゆる転倒している思考をペリッと剥ぎ取ることにある。それが平等だろう。ペタとペリを比較せずに観察する視点を身につければいい。猫と猫でないを同じ呼吸で見る。他人の全く反対の意見が静かに聞けるときかもしれない。
 とまあこのような話をペリバにやってきた若いアーティストに語ったのであった。

2018年12月26日水曜日

[6573] 温もり

●温もり
冬なのに、雪も降らず、薪を覆っていた雪が溶けて薪が顔を出した。
ここぞとばかりに薪割りをすることに。
だいたい四日分の薪ができた。
乾燥に一年以上要するから、来年か再来年の真冬用だ。
これで僕と猫の未来は僅かだが暖かく明るい。



2018年12月25日火曜日

[6572] 呼吸

呼吸
 人はオギャーと泣いて呼吸をしてから生き始める。呼吸は最重要だ。いろんな運動があるけど、共通して大事なのが呼吸だ。アートは心や脳や手の為せる技だがやはり呼吸が大事だ。
 脳死か心臓死かと言う問題があるけど、脳が死んだら能無しだし、心臓が死んだら心無しでどちらもお終いだ。呼吸は肺で行なうが、脳や心臓のように固定された物体に重きを置かず、吸って吐くという反対方向があるエネルギーのようなもの、つまり対立する二つの概念が共存しているところに重きを置く。塗って剥ぐペリペリと同じだ。
 この詩を思い出した。
『人や銀河や修羅や海胆は宇宙塵をたべ または空気や塩水を呼吸しながら‥』 by 宮沢賢治 [春と修羅]より

2018年12月24日月曜日

[6571] クリスマス

クリスマス
ずいぶん昔
ペリコプターのような黒い船に乗った
ペリーダンスができると噂された
ペリーくんが来航して一言。
「ペリークリスマス」
対して洒落好きな日本人は
「ペリっしゃい」と答えた。

2018年12月23日日曜日

[6570] チェス盤

チェス盤
 市松模様といえばチェス盤がある。元々はインドのチャトランガというゲームで、戦争好きの王に戦争をやめさせるため、高僧がこのゲームを作って王に献上したのが始まりだと言う。このゲームがヨーロッパにはチェスとして、日本には将棋として伝わったらしい。
 そういやペリペリは社会の情勢をきな臭く感じた時、勝負とか左右とか上下とか中央・周辺とか、喧々諤々、さまざまな対立する概念がいたるところに浮上し、ウザくなって、あたしゃどこでもない次元に向かおうと、内なる戦争を回避するために止揚として発見したメタ視点の技法なのだ。
 ペリペリで王も大衆も戦争をやめたくなれば幸いじゃ!

2018年12月22日土曜日

[6569] 市松模様

市松模様
 最近のペリペリは市松模様化している。剥いた部分と剥いてない部分がある程よく並んだ方が心地よいのだ。
 ところで市松模様とは江戸時代の歌舞伎役者の佐野川市松が着ていた袴からその名称になった。その昔には『石畳文様』と言われ、細かいのは『霰(あられ)』と言われる。そのもっと昔には古墳時代の埴輪にその模様があるから日本古来の伝統模様と言われるらしい。
 ペリペリしていて古墳を発掘した気分だわ!

2018年12月21日金曜日

[6568] 淡々

●淡々
ペリバにもようやく慣れ
いい感じに散らかり
毎日ペリペリ
凹むこともあり
歓喜もある
目的はない
誰も行ったことのない
知らない土地を
面白いものを発見した
方向に
淡々と歩いている
気分は穏やか
未開人のオレ
どこへゆくのだろう

2018年12月20日木曜日

[6567] 橋

ハシカラハシマデゼンブハシ
カベツクルヨリハシワタソウ

2018年12月19日水曜日

[6566] おみやげ

●おみやげ
姪っ子のみやげ。
これ、ワシ?

2018年12月18日火曜日

[6565] 妊婦

妊婦
温泉に行ったら受付の女子のお腹が大きい。
おめでただ。
「妊娠中の絵を描きたい。裸でモデルにどう?」
「ヤダ!」
こんな珍しい雅美な姿は今だけなのに。
しょうがないので想像で描いて
妊娠祝いに素描をプレゼントした。

2018年12月17日月曜日

[6564] マチス

マチス
ペリペリは塗って剥ぐ行為。
剥ぐ前にナイフでカットが入る。
カッティングといえばマチス晩年の作品。
何かヒントがあるような気がした。
マチスの作品をペリペリした。
思った以上に面白い。
次なるヒントが見つかった!
温故知新。
さすがマチス。
いいかも!

2018年12月16日日曜日

[6563] イヌシシ

イヌシシ
 イノシシを作ったんだけど、現物はイノシシなのに、写真を見るとイヌがウッシッシと笑っているような『イヌシシ』だわ。
 今年の干支はイヌで来年の干支はイノシシだ。イヌだって大晦日まではイヌを満喫したい。おいそれとイノシシに席を譲りたくはない。だから今はまだ今年だからこそイヌの要素がイノシシに混入したのかも知れない。
 そこで思った。
 来年はイノシシとネズミの合体『イネ』。再来年はネズミとウシの合体『ネウシ』というような中間動物を作ろうかと思う。
 まあ、来年再来年などの遠い未来のこと言うと鬼どころか妖怪みんな笑ってうざいけどね。
 https://www.moriwajin.com/news/福を呼ぶ-創作招き猫-福亥-横浜市

2018年12月15日土曜日

[6562] ポチくん

ポチくん
 16年前の話。ある日の早朝、犬を遊ばせるドッグランのオーナーがやってきて「子猫いらないか?」と言う。その子猫はドッグランが気に入ったらしく他所に捨てても捨ててもドッグランに戻って来るらしい。見に行ったら子猫がデカイ犬どもに囲まれ因縁つけられていた。子猫は猫なのに犬っぽい長い顔を持ったせいか、自分では犬と思っているようで、ワンワン吠える奴らが仲間に違いないとドッグランに来たのはいいが、どうも言葉がニャンニャンとワンワンでは2と1でまるで通じない。何かがおかしい。子猫はやってきた僕を見つめて「ここ違うみたい。頼む、もらってくれ!」と懇願顔。全然可愛くないがちょうど白っぽいのが欲しいと思っていたので連れて帰った。大抵の人がこの子猫を見て「犬?」と言うので、名前はポチくんになった。ポチくんは食い意地が張っている。自分の目の前の餌皿を無視して隣の猫の餌皿に隣の猫を押しのけて食いに行く。隣の方が美味いに違いないと思い込む性格なのだ、同じ餌なのに。もしかしてドッグランにいたのも、猫の隣の種である犬がいいに違いないと思ったのかもしれない。
 今、ポチくんはうちで一番歳取っている猫で16歳7キロ。飯食う時とウンコする時以外はほぼ一日中寝ている。うんこはワシのより太い。遊ぶとか戯れるとか何かに興味を示すとか、なんもない。たまに目を覚まして大声で「あー面倒臭い」「なんだろうね、人生って」などとマイナス思考っぽい音色で喋る。このまま徐々に衰えてゆくだけなんだろうけど、一体なんのために生きているんだろうと思う。そうやって考えりゃ、人間もそれほど変わりない。僕などは起きて飯食ってうんこして仕事して酒飲んで寝る。ほぼ毎日同じことを繰り返している。多分新しいアートのペリペリやったり、ペリバを建築したりしたのは、前向きな活力のある人間として日常的マンネリに抵抗、退屈打破もあるだろうが、この場からもう一段高い広いステージに飛び出し、あの世や天に近い境界が霧散するようなところで奏でられている音楽を観てみたいのだろう。

2018年12月14日金曜日

[6561] 上一段活用

上一段活用
ペリない、ペリます、ペリる、ペリる時、ペリれば、ペリれ。



2018年12月13日木曜日

[6560] 亥亥寝

いいね、亥亥寝
 展示会案内です。
会場:横浜髙島屋 7階 クリエイティブ工房
220-8601横浜市西区南幸1丁目631号 
【問合せ先】045- 311-5111
20181219日(水)→25日(火)
午前10時~午後8時 最終日は午後5時閉場

2018年12月12日水曜日

[6559] 猫人間

猫人間
 猫は『働かない』。
 猫はあるがままにいることで自然の中で充足を得られるが、人間は年がら年中、何かと不満が多く充足などない。そこで猫のように楽するため『働かない』を願う。大金があれば『働かない』ができると人は安易に考えがちだが、うまい話には裏がある。多分そっちの方が難儀しそうな気がする。
 そこで僕は『働かない』くせに優雅で日向ぼっこの上手な猫を観察した。ところで猫らは『働かない』わけではなくそれなりにネズミやモグラなどを捕まえるのに大変だ。しかしその行為は飯を食ったらうんこするように自然の流れのままなのだ。だから働いているという姿に見えない。つまり『働かない』というのは自分では働いているように感じないということだろう。そこで僕は自然と文化の融合生活、働いているんだけど働いていない生活、作品の中に住む生活、猫人間を創造した。夏目漱石という先達がいたことでこの創造がスムーズにいったことは否めない。
 その後ペリペリによってこの猫人間の猫も人間も消え、基本構造の陰と陽の二元が明確になってきた。例えば上や下があって、どちらかにベクトルが向かなければならない。大抵の人は上へのベクトルだろう。それが双方向へのベクトルが消えて、上と下の二元だけが明確になった。かといって静止したわけではなく、ベクトルは上と下の次元ではなく、これまで知らなかった別の高次元に移行したと言える。

2018年12月11日火曜日

[6558] 生活

生活
 会社で働く人は仕事は仕事、家に仕事を持ち込まないが一番。仕事と生活は分離している。
 ところで僕が創造した建築物や庭は仕事であると同時に生活だ。近所のお百姓さんみたいなものだな。でかい小屋が必要だし、庭も畑もある。最近畑を拡大して新種の野菜を始めたらしい。
 僕が作っているのは米じゃなくアート物。文化に従事しているから家も庭もそれらしく作っている。最近新種のペリペリを始めたので小屋を拡大したのさ・・・みたいな。

2018年12月10日月曜日

[6557] 実践

実践
ペリバに去年のペリペリ作品を展示し眺めながら思う。
 住居とアトリエから広がって、小屋、薪棚二つ、パーゴラ、そしてとうとうペリバができた。これで自分の建築が完成したように思う。大学で建築を学んだことへの、いい成果が出せた。
 ところでこれらの建物はすべて僕の飼い猫がモデルになっている。自分の猫作品が単なる商売道具に収まってしまうだけではつまらないし不甲斐ない。そこで考えたのが田舎暮らしをすることで、社会にある中心と周辺の二元に対しての自分の考えを提出し、住む家を猫のデザインにし、猫から学んだ居心地の要素などを建築に盛り込む。中に住む僕が長い年月それらを体感実験する。
 自分のアート観を自らの生活として実践しているわけですね。
 これらの生活の底辺には剥ぐという行為のペリペリが重要な役割を果たしている。



2018年12月9日日曜日

[6556] 大雪

大雪
まあ!
一晩で
とてつもなく降ったこと。
朝も早よから、
大地を覆った雪を
ペリペリ剥がして
世界に繋がる道を作りました。

2018年12月8日土曜日

[6555] 雪

雪化粧。
まあ美しいおウチだこと!
雪はそれほど積もってないので薪割りを決行。
節が多くて斧ではダメなので手動の機械でやる。
なんか雪の中でやるのも風情があっていいなと思った。
半分ほど終わった。
頑張ってやったので昼飯が美味い! 

2018年12月7日金曜日

[6554] 裏表紙

裏表紙
ペリバでの仕事も少し調子がついてきて、ここにいるのが楽しい。
 午前は薪割りをやったが、雨で中止。今夜から雪が降るという。積もったら薪割りはできなくなる。マ、来年でいいか。
 今度の小説の裏表紙を制作中に、外でチョコが異常な声で鳴く。何事だろうと思って急いで戸を開けたら、この雪の降りそうな寒い外、テラスのコンクリの上でゴロニャンしていた。なんで異常な声を出す! これまで猫でペリバに入ったのはチョコだけ「自分は特別なのだ。外は寒いではないか、バカ、さっさと入れろ」と言いたいのだ。ペリバを一周して当然のように僕の椅子に座って寛いでタバコを一服し、言った「灰皿!」。

2018年12月6日木曜日

[6553] ペリバの唄

ペリバの唄
ペリバ完成祝いに最高最大の喜びの讃歌
土建屋さんがきてユンちんぼーで鉄柵を
移動んこたれブリっとバンバン固めてさ
ペリバ側の新しい柵がやっとできんたま
デッキに立って川眺めホッと一息写真ぺ
これでペリバの内も外も完成不完全変態
待ちに待った真面目人間剥げカタツムリ
雨雪降れ降れクダラねぇ絵描けオレ被り
ペリバペリバペリペリペリペリペリバー

2018年12月5日水曜日

2018年12月4日火曜日

[6551] 対極

対極
土建屋さんがきてユンボで柵の鉄柱を移動。そこに網を張ってペリバ側の新しい延長柵ができた。これでペリバの内も外も完成した。ペリバのデッキから川を眺め悦に浸る。
 そこで不完全なものやくだらないものが作りたくなっている自分に気づいた。ペリバが必要になり、これができるまでは完成された作品のイメージが湧いていた。でもペリバが完成した途端、反対が、やはり対極も大事なようだ。中心は一つではない。そもそもペリペリが創造と破壊の要素を持つもの。人間の本質は、いや、世の中の本質はこのような概念でできているのだろう。
写真:オレ被り、タイトル『オレ華々しい』

2018年12月3日月曜日

[6550] サステナビリティ

サステナビリティ
ペリバでペリペリ制作だと思ったけど、薪割りをしてないことに気づいた。やるか! とチェンソーにガソリン入れたが、まだ足が痛い。ムリは禁物。
 そこで萩の剪定をやる。なぜか15株程あった萩は5株だけ、10株枯れてしまっていた。まぁおかげで簡単に終えたのはいいが、萩は枯れた土地にいち早くやってくるパイオニア植物なのに、なんで枯れたんだろう? それに萩は薪ストーブの焚き付け用にちょうど良かったのに、残念だ。サステナビリティが一つ途絶えた感じだ。

2018年12月2日日曜日

[6549] ポスト構造主義

ポスト構造主義
晴れ。
 早速ユキヤナギの雪囲い。あと網戸外し。これで冬支度はほぼ完成で残りは片手間でできること数点。よし明日からペリバに籠もって制作だと思ったところに、六本木で『HOME』展をやった藤原くんが久しぶりにやって来た。色々アートについて語る。話の端々にレヴェ=ストロースの構造主義が出てくるのが面白い。(彼の著書:『野生の思考』は名著だ)。
 また彼と組んで展覧会したいものだ。なぜなら彼のおかげで現代美術の分野にペリペリを発表でき、生意気だけど、もはや現代美術は手中に収めた気分だからね。これまで民芸では招き猫で村興ししたし、宗教美術も猫神様でお寺さんに喜ばれたし、さてペリバで次なる世界に足を踏み出すべ。ポスト構造主義かしら。
 写真:オレ被り、タイトル『オレタコ』(意味:オレが多幸)。ちなみに『あなたタコ』はあなたの写真があれば注文制作いたします・・・似てないかもしれないけど。

2018年12月1日土曜日

[6548] ペリバ

ペリバ
傷だらけの堕天使、安全靴は重いので長靴はいて過ごしている。
 今日は一日中雨なので、雪囲いは明日にして、アート場の倉庫の片付け。そうそうこのアート場って名称なんだけど、どうもしっくり馴染まない。アートっていう高慢そうな名称が気にくわないのだと思う。ペリペリはそういう高慢なアートをペリッと剥ぐっていう意味合いもあるからな。剥いだ後もどうせ何かに巻き込まれちゃうかもしれないけど、そこもペリッと剥いじゃう運動体としての名称。そうね、やっぱり新しい名称がいい、シンプルに『ペリバ』(ペリペリ作業場の略)でいこう。
 写真:ペリバの角スペース。右にチョコ、初探検。