●大工さん
雪掻き後、温泉に行く。日曜だから混んでいた。おじいさんに声をかけられた。誰ですか? と聞いたら、僕が18か19歳の時に父親に言われて茶室の設計をした。その時の大工さんだった。あの頃の大工さんは髪の毛が黒々でがたいのいい兄さんだった。それ以来会ってないから40年以上経っている。今は頭髪もパラパラで白髪、わかるわけがない。よく、僕がわかったものだ。
当時、僕は東京の大学で建築を学んでいたが、まだ入ったばっかりだし、建築の勉強などまったくしてない。それに建築に興味もなかった。実は大学にも興味がなかった。実家の前の家の一つ年上の先輩がそこの大学に行ったから、就職はしたくなかったので自分もその大学を受けただけなのだ。思い返せば、まったく何にも興味のない子だったのだ。多分父親はこのやる気の全くない子に喝を入れたかったのかもしれない。しかし建築などどうでもいいのだから、しょうがない適当な茶室設計だった。
大工さんに歳を聞いたら74歳、僕より11歳上だった。ということは当時、大工さんは30歳ぐらいだ。話ぶりから今の僕のことを11歳下とは思ってなく、大工さんにとっての僕はあの当時からそれほど年取ってない若者のようだ。
大学卒業後、建築家になるのはやめて、絵描きの方が自由そうなので絵描きを目指した。東京のアパートにはどんどん絵が増えて置けなくなった絵を山形にたくさん送った。その絵の中の一つを父親が大工さんにあげたようだ。すごく大事にしていると言っていた。死ぬまで大事にするとも言っていた。自分の絵を探求していた頃の絵でたいした絵ではない。でも嬉しかった。
ふと思った。絵ってこういうものでもあるんだなと、社会での絵の役割の新しい一面を垣間見た気がした。非常に清々しい気分になった。
写真:昔を見返る猫
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