●空虚
この間、今度結婚する若者から婚姻届の証人になって欲しいと頼まれ一緒に初めての蕎麦屋に行った。ちょっと離れた隣に座った男性がじっと僕の何もかもを抉るように見つめた。若い者同士なら敵になる。挙げ句の果てには事件にまで発展することもある。考えてみたら僕は昼間っから天ぷら板そばにビールを飲んで公共の蕎麦屋で我が物顔で「結婚なんてするな!」などと冗談を言ってはしゃいでいる。大体において僕は声がでかい。傍目から見ればうざいヤツだ。
しかしこの眼、この時、この男性に自分の内面の『空虚』を覗かれた感じがした。それは空恐ろしいものだった。『空虚』とは「意味などない」というものだ。蕎麦屋でのこのような態度をしている自分の内面は無意味だ。意味がないからこそ表面上何かあるように賑やかに振る舞う。
人間はみんな空虚を持つ。その感情的表現が「寂しさ」だろう、人は寂しさを抱え、それを何とか誤魔化しながら生きている。だから内面の無意味の反面として外部に意味としてのお金や人やものや思いをたくさん所有する。空虚を無に帰すためだがそれは無理なことだ。無いものを無くすことはできない。
ふと、若者のそのじっと見る眼差しは不動明王の眼に思えた。僕が見ているこの世界は誰の世界でもなく僕の世界であり無我の意図だ。その眼は僕への何らかの意図なのだ。不動明王が昼から生意気にビール飲んで騒いでいる僕の意味の無意味さとして剣先を射したのだ。つまり僕に無意味な空虚を気付かせた。
もしこの空虚に気付いて、ものを観るなら、それは幼い子供が無垢にじっと見るような眼だ。意味のないことは無垢な心には何でもないことだが、意味を追いかけた大人には耐え難いほど空恐ろしい。その結果、恐ろしさの真理を理解できず争い奪い所有に所有を重ね本当の無意味である砂上の楼閣にどっぷり浸かる。それは虚しい。
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