●植え替え
今日は睡蓮と蓮の植え替え初日。
小田原のお客さんが「庭に蓮を植えたい」と言っていた。そこで世話の仕方や植え替えのことなどを話したら「植え替えしなければいけないのですか?」とやる気がない感じだ。植え替えからの花咲くまでが最高なのに全くわかってない。花は好きで泥は嫌。これは頭が偉く身体を卑下するような思考だ。身体は頭の奴隷ではない。社会は概念中心になりすぎて頭以外を差別をしていることに気づかない。遺伝子は設計図だけでなく大工技術と一体であることを忘れている。植え替えなどがあるから蓮の全てが己になる。蓮華座が坐禅の結跏趺坐だ。観想は花の美しだけを見るものではない。泥でできていることを観ることである。
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