●居心地
数日前、家の前の道路に真っ黒い高級車が二台入ってきた。ピカピカの黒で黒の上にニスを3回ぐらい塗ったような黒。中から黒尽くめの男どもが数人、歩いて吊り橋に向かった。男どもは背筋がピンと伸びていて内ポケットにはピストルを持ってそうな雰囲気だ。吊り橋の向こうには蕎麦道場があって蕎麦打ち体験ができる。どこぞの組長が蕎麦打ち体験をしたくて視察に来たのかもしれない。うちの車が出る時に邪魔だが、運転手が一人残っているから「退いてくれ」と言えばいいだろうと放っとく。
暫くして男どもは吊り橋から戻ってきた。なんと知った顔の大臣、私を見て手を振った。彼は私の家など知らない。多分、面白い家があるけど誰の家だろうと思い、秘書にググらせたら私の名前が出たのだろう。「もりさんの家ですか? 素晴らしい。中を見せてもらえませんか?」と。彼とは多分10年以上前に一回、数年前に一回会っている。二回ともカフェだ。
数分だが家の中を案内した。庭の景色を見て「楽園」と言ったし床暖のことなど聞いたりベストな雪国暮らしを探索している感じだ。それと私が創造した『雪落とし』という構造に興味を示した。これまでこれに質問した人はいない。そうか、そこで納得した。カフェとは人々が居心地を求めていくところだ。彼が見ず知らずの家を見て興味を示したのは、この家に居心地を観たのだ。
実は私の家は居心地100%を吟味して他の家にない構造的アイデアを施している。『雪落とし』だけでなく『木並』や『半円形の家の形』など。それも構造だけでなくそこから居心地に向かう創造が加味されている。よく見てくれた、いや〜嬉しいね。なかなか賢い人だ。居心地は物ではなく包み込む空気のようなもの。世間の右や左、上や下という二元の概念を超えた先に居心地がある。それは根源でもある。だから全てを包み込む。幼児は居心地以外を知らない。この先あらゆるものを忘れても居心地だけは忘れることはできない。なぜなら居心地は思考の範疇ではないからだ。その空気を感じそこに留まれる人次第なのだ。
2026年2月24日火曜日
[9086] 居心地
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