2020年11月7日土曜日

[7254] 枕木

 ●枕木

運送屋さんが

枕木をくれるというので

Y陶芸家に手伝いを頼む。

一本だけクソ重く、諦めた。

二人とも腰がイマイチなのだ。

無理するとぎっくりなるからね。

まあ少し自分を解る大人になったのさ。

さて、この枕木、何にしようか?



2020年11月6日金曜日

[7253] 薪棚

 ●薪棚

去年の冬は

雪がほとんど降らなかった。

今年は、

雪すごいだろう!

と、みんなが言う。

雪掻きを簡単にするため

薪棚を空にした。

薪は小屋に移動。

さてどうなるやら。




2020年11月5日木曜日

[7252] 自分ら第一主義

 ●自分ら第一主義

 昨今は『自分ら第一主義』の群れが幅を利かせ分断を起こしている。群れるのは自分らの身を守るためだろう。その集団は一番大きな勢力を持つが世界が憧れるようなものではない。全てにおいてトップであるようなイメージがあるが外向きの宣伝が上手なだけで内実は荒んでいる。喩えれば家族が崩壊し皆いがみ合い怯え不安しかない裕福そうに見える家庭のようなものである。

 ところで富だけが価値あるような一方通行な思考、つまり線的思考、それは『わ』ではない。部分である。反対方向の『貧』の持つ豊かさを忘れている。

 『貧』とは『「自分は欲しがっている」の「欲しがる」を持ってない』というもの。つまり欲しがってないのだから満たされているわけである。漢字源としては『財を分ける』だから豊かでないと思われがちだが、財を分け与えるのだから心豊かである。その豊かさこそ大事である。音楽やアートや文学などに包まれているときと同じように心が豊かなのである。全ての人はこれを基底にして考え方を再構成すべきである。

 『自分ら第一主義』は危うい危うい。一歩間違えば自らの子供らの何もかも奪うだろう。メダカが自分の産んだ稚魚を食うようなものである。






2020年11月4日水曜日

[7251] 愛の十猫図2

 ●愛の十猫図2

昨日の続き

愛の十猫図の後半5つ

愛は与えるものです。



2020年11月3日火曜日

[7250] 愛の十猫図

 ●愛の十猫図

『十牛図』という禅のお話を

愛をテーマに制作したもの。

10の中の前半5つ。

これは釉薬を使った本焼きで

前掛けの色は偶然出た。

もう2度と制作できないだろうな。

*雅叙園展示中です。



2020年11月2日月曜日

[7249] 漢方

 ●漢方

 この夏、吐き気がして寿司が食えなくなってから、どうも調子が悪い。こんな時に”完全な『わ』”という歴史に残る大発見をしたので、このための人生だったのか。ワシの運命も尽きるのか!

 そこで近所の病院へ。ここには漢方の先生がいる。病院とか基本的に嫌い。行くときはしょうがなく嫌々行くのだが、なぜか今日は楽しみだった。西洋の薬は痛いところがあれば痛め止めとか、悪い箇所は切り取るとか、部分的直しのように思う。いわゆる身体とは煉瓦造りの家のようである。漢方は未病が基本。1時間近い長い問診を通して個人の特徴や性質などを把握してゆく。この嬉しさは自分というものがただの少し壊れた物ではなく、人間であり、事細かに私を探ってくれることだ。私に興味を示してくれているのだ。

 白髪の良い感じの先生であった。今回試しに処方してもらった薬が『麻子仁丸』。ネットで調べた。『体力がない「虚証(きょしょう)」の人向きの薬で、体にうるおいが不足して、便が硬くなりがちな高齢者の便秘薬としてよく用いられる』とあった。人から『巨匠』と言われたことがあるが『虚証』だったとは残念。それと『高齢者の便秘薬』、やはり高齢者だったわけだ。とりあえず解って嬉しい。真実を知ることは嬉しいことなのだ。知ってからこそ次の一歩が踏み出せる。若いフリしても他人にはバレバレだし、若いからって良いわけではない、それは妄想だ。

 今回は市販の薬だが、もうちょっと入り込むとその人に合った薬を調合する。人が万人いるなら、それぞれに合った万の薬を見つけ出す。万能薬ではないが万の薬なのだ。そこが面白い。生まれて初めて病院が楽しいと思った。そういや病院には年寄りがたくさんいたな…



2020年11月1日日曜日

[7248] しょぼしょぼ

 ●しょぼしょぼ

冬支度。

鉄のサビをヤスリで磨き、

ペンキ塗り。

あとは薪割り。

薪割りは楽しいのだが、

体力の衰えを感じる。

鏡を見れば、

睨みが効いてないと言うのか、

眼力がないと言うのか、

キラキラしてない目というのか、

疲れで目がしょぼしょぼしてる。

「しょぼしょぼじじぃ」

って言葉を聞くが、

あー、これだったのか!

まったく、

ワシ、普通に年取ってるじゃん!