2020年11月24日火曜日

[7271] プラダン

 ●プラダン

アトリエペリバの雪囲いを終えた。

朝日が差すように上はプラダンにした。

チョコが来ないので心配になって探したら

薪棚の裏でネズミを狙ってた。

いつもなににでも熱心なヤツだ!

こういう者に私はなりたい。



2020年11月23日月曜日

2020年11月22日日曜日

[7269] 未知の道

 ●未知の道

大金が手に入ったら 

会社辞めますか?

仕事止めますか?

自国を出ますか?

南の島で生きますか?

快楽に耽りますか?

やりたかったことに挑戦しますか?

何でもいいけど

人は大金で心が揺れるってことだ。

ワシはコロナ禍で

大金でもない、

大勢を集めるイベントでもない、

なにものにも心揺れない

何かを探し始めた。

そして”完全な『わ』”が見つかった。

今、これをまとめているんだけど

頭大変!

ワシ、どこ歩いているんだろう?



2020年11月21日土曜日

[7268] モクレン

 ●モクレン

 今年の夏は夏バテやらウンコタマリンカチカチコロコロシカノフンで吐き気がひどかった。まあおかげで漢方医に通い生活改善できたからよかったけど。

 そん時にエアコン買わないで暑さを凌ぐ方法を真剣に考えた。その一つが北にあるモクレンの移植して、日の出避けて木陰を作るというもの。モクレンの花は大好きな色なのだが、春にモクレンを見て楽しんだことがない。場所がよくなかった。それとモクレンにペリバの屋根から雪が落ちて折れそうになる。総合して移植に決定。

 三日ほど前の快晴の時、弟がユンボーで手際よくやってくれた。これで来年はモクレンの花が楽しめるし夏場の朝日を遮断できる。

写真:画面右の木がモクレン。



2020年11月20日金曜日

[7267] 千の福ねこ展

 ●千の福ねこ展

11月23日まで 

ラスト三日です。

コロナに気をつけてお出かけください。

『千の福ねこアート展』

◉猫の一生、誕生から天上界まで◉

約千体の猫作品を展示いたします。

場所:ホテル雅叙園東京 百段階段

よろしくお願いします。



2020年11月19日木曜日

[7266] 玉切り

 ●玉切り

春のような陽気だ。

昨日の木を玉切り。

チェンソーの刃も新しくなったので調子がいい。

大汗かいた。

昨日の今日なので気持ち悪いほど疲れた。

あー疲れた。

最上川の岸でおじいさんがカメラを構えている。

空にはドローンが虫のような羽音を立てている。

青空に上弦の三日月が出ている

どこかでコロナが蔓延している。

アーーーーー、疲れた!



2020年11月18日水曜日

[7265] 軽トラ

 ●軽トラ

大木を伐採したと声がかかった。

薪割りが楽しそうな太い木だ。

もらいに軽トラで出かけた。

たんぼ道で方向転換したら、

動けなくなってしまった。

しょうがなく

木の持ち主を呼んで助けてもらった。

「四駆でない軽トラを初めて見たよ!」

とおじさんに皮肉を言われた。

なるほど、四駆でない軽トラは

田舎道では使い物にならないことを知った。

ここに10年住んでも新参者。

未来はまだまだ学ぶことが多いのだろう。

覚悟しとこう!



2020年11月17日火曜日

[7264] 招き丑展案内

●招き丑展


福を呼ぶ! 招き丑展

ところ:

瀬戸市薬師町 招き猫ミュージアム1階

スペース29

会期:11月21日から2021年1月11日まで

休み:火曜日・122915



2020年11月15日日曜日

[7262] 格言:良識

 ●格言:良識

良識がある人は

良識がわかる。

良識がない人は

良識がわからない。

だから良識のない人に

いくら良識を言っても

伝わない。

困った!

写真:今朝は村の神社の枯れ葉掃除。靄が美しい。



2020年11月14日土曜日

[7261] 雪囲い

 ●雪囲い

天気がすこぶるいい。

アトリエのペリバ。

屋根が大きいので雪がすごい。

いつもは雪掻きしてたが流石に大変。

今年は雪囲いを試みることに。

いつものように

チョコがやってきた。

陽に当たりながら、笑っている。

ワシの仕事の何が可笑しいんだろう?

幸せなやつじゃ!



2020年11月13日金曜日

[7260] 灯り

 ●灯り

一日一回でも絵と向き合う。人は普段、頭で考え前に進もうとするが、その道の先が明るいわけではない。ところが絵と向き合うと微かな灯りがともる。そうかこっちに行けばいいんだなと頭に教えてくれる。それで一歩進むことができる。絵とは、毎日一歩だけ、確かな方向に進む灯りを示してくれるものなのだろう。そこから”完全な『わ』”という照度の強い消えそうもない灯りがともった。今、頭はその灯りに照らされた道をしっかり歩いている。

写真:朝靄の中の散歩。田んぼで藁を集めるおじいさん。



2020年11月12日木曜日

[7259] げんかつぎ猫

 ●げんかつぎ猫

げんかつぎ猫は行為や行動の解放を促すものだ。

これは『おみくじ猫』が精神に作用するのに対して、

身体に作用するもの。

人は普段、

自らの動きを自らが抑制抑圧し

囚われの身になっている。

その抑制抑圧の囲いから

解放するきっかけになってくれれば

嬉しい。

*雅叙園にて展覧会中です。



2020年11月11日水曜日

[7258] 水

 ●水

今日は漢方医さんの問診。

前回の生薬を飲んだ感想症状報告。

今回は違った生薬3種類。

どれも水に関するもの。

そういや小学低学年の頃、

学校にプールがなかった。

(プールは小学5年の頃にできた)

それまで部落の小学生らと連れ立って

最上川の支流の千座川、

その滝壺で泳ぐのだ。

それが嫌で

上級生らが迎えにきても

どこかに隠れていた。

だから川で泳いだ記憶がない。

水が嫌いだったのか?

前前前世はイルカだったはずなんだけどな



2020年11月10日火曜日

[7257] 杭

 ●杭

薪割りは終了したので次。

除雪車用の杭を立てる。

杭の先にはピンクのテープを巻きつける。

これがないと雪で道がわからなくなる。

引っ越してきたばかりの時は、

そんなことはないだろうと

甘く考えていたが、

本当に境界が分からない。

雪がない時の庭の風景の方が長いのに

そんな記憶は役に立たない。

だから記憶にないような風景が

今からやってくるのだ!



2020年11月9日月曜日

[7256] 私と世界

 ●私と世界

自分中心的な個人主義というものがある。

我がいっぱいというもの。

昨今はこれが最も主導権を握っているような気がする。

死ぬまで突き進む、負けを認めない。

このツタの葉のように潔く散れ!

来年には新緑になる。

ところでみんなで1つの全体主義がある。

全体で1つだからミツバチの集団のようなもの。

他にインドにはチャクラってのがある。

これは個人の内部を7つに分ける。

一個人の中に7人の他人がいるようなもの。

個人主義が肉眼で見た世界で、

全体主義が望遠鏡で見た世界で、

チャクラ主義が顕微鏡で見た世界かな。

まあどうせ世界を分析するなら

肉眼だけではつまらない。

望遠鏡や顕微鏡で世界に対する見識は広がる。

今のところ、チャクラ主義が目立ってない気がする。

自分の中のお腹の腹黒い人の意見だけでなく

胸の温かいハートの人の意見も聞くべきだ。

その人は両手を広げ人を孤立させない力を持つ。

世界もそうだが、自分を分断せずに

まずは自分を『わ』で包もう。



2020年11月8日日曜日

[7255] 薪割り

 ●薪割り

今日で薪割りは終わりかと思ったが

枯れ葉が舞い

風が強くなって雨

体が火照ってるところに

冷たい雨が実に心地よい。

楽しい薪割りだから

あと少しの薪割りは残すことに。



2020年11月7日土曜日

[7254] 枕木

 ●枕木

運送屋さんが

枕木をくれるというので

Y陶芸家に手伝いを頼む。

一本だけクソ重く、諦めた。

二人とも腰がイマイチなのだ。

無理するとぎっくりなるからね。

まあ少し自分を解る大人になったのさ。

さて、この枕木、何にしようか?



2020年11月6日金曜日

[7253] 薪棚

 ●薪棚

去年の冬は

雪がほとんど降らなかった。

今年は、

雪すごいだろう!

と、みんなが言う。

雪掻きを簡単にするため

薪棚を空にした。

薪は小屋に移動。

さてどうなるやら。




2020年11月5日木曜日

[7252] 自分ら第一主義

 ●自分ら第一主義

 昨今は『自分ら第一主義』の群れが幅を利かせ分断を起こしている。群れるのは自分らの身を守るためだろう。その集団は一番大きな勢力を持つが世界が憧れるようなものではない。全てにおいてトップであるようなイメージがあるが外向きの宣伝が上手なだけで内実は荒んでいる。喩えれば家族が崩壊し皆いがみ合い怯え不安しかない裕福そうに見える家庭のようなものである。

 ところで富だけが価値あるような一方通行な思考、つまり線的思考、それは『わ』ではない。部分である。反対方向の『貧』の持つ豊かさを忘れている。

 『貧』とは『「自分は欲しがっている」の「欲しがる」を持ってない』というもの。つまり欲しがってないのだから満たされているわけである。漢字源としては『財を分ける』だから豊かでないと思われがちだが、財を分け与えるのだから心豊かである。その豊かさこそ大事である。音楽やアートや文学などに包まれているときと同じように心が豊かなのである。全ての人はこれを基底にして考え方を再構成すべきである。

 『自分ら第一主義』は危うい危うい。一歩間違えば自らの子供らの何もかも奪うだろう。メダカが自分の産んだ稚魚を食うようなものである。






2020年11月4日水曜日

[7251] 愛の十猫図2

 ●愛の十猫図2

昨日の続き

愛の十猫図の後半5つ

愛は与えるものです。



2020年11月3日火曜日

[7250] 愛の十猫図

 ●愛の十猫図

『十牛図』という禅のお話を

愛をテーマに制作したもの。

10の中の前半5つ。

これは釉薬を使った本焼きで

前掛けの色は偶然出た。

もう2度と制作できないだろうな。

*雅叙園展示中です。



2020年11月2日月曜日

[7249] 漢方

 ●漢方

 この夏、吐き気がして寿司が食えなくなってから、どうも調子が悪い。こんな時に”完全な『わ』”という歴史に残る大発見をしたので、このための人生だったのか。ワシの運命も尽きるのか!

 そこで近所の病院へ。ここには漢方の先生がいる。病院とか基本的に嫌い。行くときはしょうがなく嫌々行くのだが、なぜか今日は楽しみだった。西洋の薬は痛いところがあれば痛め止めとか、悪い箇所は切り取るとか、部分的直しのように思う。いわゆる身体とは煉瓦造りの家のようである。漢方は未病が基本。1時間近い長い問診を通して個人の特徴や性質などを把握してゆく。この嬉しさは自分というものがただの少し壊れた物ではなく、人間であり、事細かに私を探ってくれることだ。私に興味を示してくれているのだ。

 白髪の良い感じの先生であった。今回試しに処方してもらった薬が『麻子仁丸』。ネットで調べた。『体力がない「虚証(きょしょう)」の人向きの薬で、体にうるおいが不足して、便が硬くなりがちな高齢者の便秘薬としてよく用いられる』とあった。人から『巨匠』と言われたことがあるが『虚証』だったとは残念。それと『高齢者の便秘薬』、やはり高齢者だったわけだ。とりあえず解って嬉しい。真実を知ることは嬉しいことなのだ。知ってからこそ次の一歩が踏み出せる。若いフリしても他人にはバレバレだし、若いからって良いわけではない、それは妄想だ。

 今回は市販の薬だが、もうちょっと入り込むとその人に合った薬を調合する。人が万人いるなら、それぞれに合った万の薬を見つけ出す。万能薬ではないが万の薬なのだ。そこが面白い。生まれて初めて病院が楽しいと思った。そういや病院には年寄りがたくさんいたな



2020年11月1日日曜日

[7248] しょぼしょぼ

 ●しょぼしょぼ

冬支度。

鉄のサビをヤスリで磨き、

ペンキ塗り。

あとは薪割り。

薪割りは楽しいのだが、

体力の衰えを感じる。

鏡を見れば、

睨みが効いてないと言うのか、

眼力がないと言うのか、

キラキラしてない目というのか、

疲れで目がしょぼしょぼしてる。

「しょぼしょぼじじぃ」

って言葉を聞くが、

あー、これだったのか!

まったく、

ワシ、普通に年取ってるじゃん!



2020年10月31日土曜日

[7247] 進化

 ●進化

イッパンジンとチンパンジー 

オラ、ウータン

よーし、進化しよう!

*進化とは過去に拘らないことだと思う。



2020年10月30日金曜日

[7246] 直線

 ●直線

これまでの『わ』は

不完全な『わ』であったのだろう。

『わ』のつく事柄はどれも不完全だ。

和平も和解も平和も完全ではない。

自然界と人間界の『わ』もうまくいってない。

そのせいでコロナのようなモノが出てきた。

これまでの社会生活も経済もダメージを受けている。

『わ』のない分断も激しい。

人類の最大のミスは

「未来は豊かだという幻想に向かって

直線的思考をいつまでもやっていることだ」

これは『わ』ではない。



2020年10月29日木曜日

[7245] 磨く方法

 ●磨く方法

”完全な『わ』”は

磨くべきモノである。

でもどうやって磨けばいいのか?

そこで古今東西の本などを読んでみる。

知恵者たちが何かの窓を開けようとして

奮闘した言葉がいっぱいある。

読んでいるうちに

”完全な『わ』”のことを言っているように

思えてくる部分が多々ある。

いや”完全な『わ』”の方が

先を行っているぞ!

なるほどこうやって磨けばいいんだ。



2020年10月28日水曜日

[7244] ポンポン

 ●ポンポン

この間の材木を薪割り。

久しぶりの斧にワクワクする。

材木はさくらんぼの木と違って

斧一撃で割れるので心地よい。

薪棚の周りの草を抜いていたら

ポンポン毛玉を発見。

なんじゃろこれ? 

ピンクや薄い緑の毛玉。

こういう可愛い毛玉を身につける女子は多い。

中を割ってみたら種のようなモノがあった。

でも硬くないから種ではない。

虫の卵?

調べたらハエだった。

ヨモギに寄生するハエが葉の裏に卵を産む。

その後、親のハエがこのポンポンを作るのか?

それともヨモギがこのようなものを作らされるのか?

ポンポンの中は雨や風や雪に当たらない。

食べ物は植物からポンポンの中に入ってくる。

快適そのものだろう。

ポンポン女子もそんな感じかも

寄生されないように注意せねば。



2020年10月27日火曜日

[7243] ブルー

 ●ブルー

薪用に材木カットしていて

いつもやってくるチョコが来ない。

もしかしてと探したら家にも庭にもいない。

逃亡防止ネットを見回したら穴があった。

探しても探してもいない。

SSが「作業場は見たの?」という。

ずっと作業中だったから

いないはず。

見たら、

あっ、いた! 

ワシの椅子で寝てる。

全く、いつの間に。

写真は逃亡防止ネットについていた

ノブドウの実。

ブルーって美しいと感じる。

なぜだろう?

空とか海という深淵さを感じさせるからだろうか。



2020年10月26日月曜日

[7242] 霞

●霞

真理とは

「確実な根拠によって本当であること」とある。

若い頃はこのような真理を追求することに

時間を費やしていた。

仙人のように霞を食えばいいから、

金を稼ぐのは二の次だった。

だから就職もせずに

毎日が創造の日々であった。

生きていたのだから

霞を食っていたのかもしれない。

そして今

こんな素晴らしい個展を開かせていただいた。

ありがたいことである。

それに”完全な『わ』”も発見した。

実は真理こそが霞であったのだ。


 

2020年10月25日日曜日

[7241] 猫神様

 ●猫神様

これら猫の作品は

”完全な『わ』”の前段階にあたる作品である。

猫作家のきっかけとなった作品が

『猫神様』という高尚な仏像と

庶民の招き猫の合体作品。

言葉は悪いが高尚と低俗の『わ』である。

反対の概念が『わ』になったように思えるが、

実は高尚も低俗も無くなり

平等になったのが『猫神様』なのである。



2020年10月24日土曜日

[7240] 渾沌神

 ●渾沌神

雅叙園展示風景の一部。

これは渾沌涅槃図です。

荘子の書いた『渾沌の死』という詩から。

『渾沌には目鼻などの七つの穴がない。

これでは見いたり聞いたり食べたりできない。

そこで二人の帝が

渾沌に宴のお礼のつもりで

毎日一つずつ穴を開けた。

渾沌は七日目に死んでしまった』

という話です。

初めて読んだ時、

とても複雑な気持ちになった。

そこからの発想です。

周りにはその死を十二支が悼んでて、

その周りで百の猫が悲しんでいます。



2020年10月23日金曜日

[7239] 千の福ねこ展

 ●千の福ねこ展

今日から開催。

『千の福ねこアート展』

◉猫の一生、誕生から天上界まで◉

約千体の猫作品を展示いたします。

場所:ホテル雅叙園東京 百段階段

2020年10月23日〜11月23日まで 

よろしくです。



2020年10月22日木曜日

[7238] 新しい風

 ●新しい風

チェンソーの刃を新しいのにした。チェンソーとはこんなに切れが良かったんだと感心してしまった。材木の玉切り、大汗かきながら子育てというものを考えてみた。

 子育てが大変だ、とかいうけど、そうだろうか?

 余裕がない、とかいうけど、そうだろうか? 

 子育てだけでなく、世の中に大変で無いことなどない。すべてが大変だ。

 人はペシミストになりたがる。ほとんどは妄想である。自分のペシミスト妄想にみんなが目を向けてくれる。自分を中心に世界が回っているように感じる。それが満足を与える。ところで妄想を抱いている本人は妄想に気づかない。だからやや慎重に真実を小声でばら撒くしかない。

 実は子育てにしろ他の仕事にしろ何もかも大変ではない。妄想に執着するからこそ余裕がないのだ。世の中に余裕のある人などいない。皆妄想で心がいっぱいいっぱいなのだ。妄想の嘘に気づけばいい。そこが空っぽになれば新しい風が自然に入ってくる。それは心地よい可能性の風だ。風とは隙間さえあれば入ってゆく。風とはそういうものだ。

 ところで兄の奥さんが、ワシに「子供ができて、育てられなかったら、あたしが育てるから」と言っていた。兄の奥さんは三人の娘を育てた。安心できる力強い言葉に感じた。聞けば子育ては面白いらしい。これが余裕の言葉だ。ワシにとって作品を作るのが面白いのと同じことだろう。作品制作も他の人から言わせれば大変な作業だ。なるほど、そのようなものなんだろうと世の中全ての大変なことに対して高を括ることにした。



2020年10月21日水曜日

[7237] 植物

 ●植物

冬支度を徐々に始めてます。

軽く庭の草刈り。

外の植物を剪定し内に移動。

池の逃げる金魚を追いかけ捕まえ内に移動。

こういう仕事は汗をかくが疲れないから不思議だ。

足腰が痛いけど。



2020年10月20日火曜日

[7236] 奪う・与える

 ●奪う・与える

昨日は姪夫が薪の玉切りに来てくれて思った以上に捗った。これは感謝だ。しかし嫁と子供二人連れ。嫁もまだまだ子供で子供三人付きという感じだ。ワシの体を気遣って薪割りしてくれるというから頼んだけど、さすが子供らには疲れた。自分で薪割りした方が遥かに楽。だからもう頼まない。

 薪割りだけとか、何か悩みがあったり、話をしたい時に来るのは別に問題ない。でも慣れない子供の世話は体力も精神力も奪われる。姪には大人になれと言いたいね。『奪うで疲れさす』ではなく、『与えるで喜ばす』を身に付けることだ。『奪う』のは子供や自己中心的な人のやること。あとは泥棒がやることだ。それと人間は自然から奪いっぱなしだ。返すことを忘れてないか? それが『与える』だ。『与える』ということは個人の問題だけでない。人類の問題でもあるのだ。でも始まりは内面からだ。それがどんなことなのか深く考えるべきだ。

 親が子に『奪う』ではなく『与える』を見せれば、そこに感謝は自然に芽生えてくる。子は親を真似る。

 30も過ぎ、これから多くの他人に会ってゆくだろう。ある意味、ワシも他人だ。見返りをあまり考えずに些細なことでいいから多くの人に『与える』ような人を目指しなさいな。

 奪って幸せは来ない、来るのは孤立。返せば和になる。与えることこそ幸せへの一歩ですよ。

*写真は楽しそうだけど、いやいや疲れましたよ。ヘトヘト。



2020年10月19日月曜日

[7235] 既成

 ●既成

完全な『わ』はアートではない。アートという定義がイマイチわからないが、たぶん違うだろうと、まぁ定義があったとしてもそれに合わせる必要はない。別に自分は既成の何かになりたいわけではない。既成のアーティストになりたいわけでもない。

 社会とは既成の何かでいっぱいで会社の社員や政治家のように定員があって先の人がいなくなって新しい人を埋めているように見える。先の人を蹴落としてその席に座るもののようにも見える。

 そうではない。すべては川の水のように留まることなく動いていて、僕らがその川を見ているわけではなく、その川の中にいて、実は川から生まれて川になって川を流れている。もうそれに成っているのだ。だからわざわざ成っているここから逸脱して哀れにも既成のモノになる必要などどこにもない。成っているそれが合わなければそれは既成の何かだろう。既成などやめればいい。やめても川の中を流れ成っているわけだから何も問題は起ころない。かえっていい流れを掴んで喜べて幸せも掴むだろう。




2020年10月18日日曜日

[7234] 宝珠

 ●宝珠

”完全な『わ』”は

アートの制作過程から生じたもので、

観念が先にあってできたものではない。

見たことのないダイヤモンド以上の鉱物が

目の前に勝手に転がってきたのだ。

「これ、何?」と、

その珍鉱物をネットで調べても

どこにも詳しい内容はない。

まだ言葉になってないものだからだ。

ならばこれを磨いてみようと

言葉を紡ぎ出している。

想念ではなくアートという作品でもなく、

磨くべきモノだった。



2020年10月17日土曜日

[7233] 金と縁

 ●金と縁

 自分のこの生活をスローライフと言われ、それってなんだろうと考えてみた。

 草刈り、雪かき、池掃除、薪割りと季節に追われ、この他に収入を得るための仕事だってやらねばならない。最近は個人的な収入から程遠い研究のような”完全な『わ』”の作品制作もやっている。全然スローじゃない。他人にとってこれがスローライフというものに見えるのは、田舎にいて仕事以外の収入にならないことを楽しんでたくさんやっているからだろう。

 そこで自分を振り返ってみた。ワシは仕事の時間を働き盛りの時の半分にして、その他の時間を季節労働にしている。暇を持て余している隠居とは違う。つまり暇などなく時間に追われているのだ。実は自分の時間などほぼない。

 ただこれで満足なのは、ワシはお金稼ぎの時間より、意識的にお金と縁のない季節の労働時間の方を重要視しているからだ。わざと金にならないことを選んで、季節に身を委ねているのである。だから草刈りも薪割りも他人には任せられない。その労働こそ心身ともにお金が纏わりつく忙しない社会そのものが頭の中から消えるからである。もしスローライフなるものがしたいなら、季節と関係なくてもいいから、お金と縁のない労働に身を任せることだろうと思う。『金の切れ目が縁の切れ目』という。そんな偽物の縁、さっさと切れたほうがいい。



2020年10月16日金曜日

[7232] 高校生

 ●高校生

「すべての人は世界を変えたいと思っているが、自分を変えようとは思っていない」とトルストイは100年以上も前に言った。今も社会を変えようと思っていても、自分を変えようとはしないから、人はあいかわらず成長していないのだろう。

 人は学校制度のせいか、知性の成長は高校生ぐらいで止まっている。優秀な者でも大学受験まで。それ以降は変化するよりも知識の蓄積に専念する。社会でいまだに学歴社会が通用するのは、知性がここで止まっている証拠だろう。テレビでは知識の多さを競い合っている。それに大人になっても高校生の性質の暴力や暴言で物事を解決しようとする。優れた知性の人やリーダーシップの取れる者はどうかというと、自分の都合のいいように社会を変えようとするけど、やはり自分を変えようとはしない。個人の変化は内面ではなく、嗜好や表面上の考え方ぐらいなものである。だから現代人の知性の成長は高校生で止まっていると言える。年寄りも「若いね」と言われ喜んでいる。問題はこれが世界の不幸の元だということ。この不幸、高校生に解決させたほうがまだマシかもしれない。



2020年10月15日木曜日

[7231] ノコギリ

 ●ノコギリ

姪っ子の旦那35歳が、

リモートワークで

パソコンの前から離れられなく、

体が鈍って困るから、

来週、薪割りを手伝いたいと申し出てきた。

薪割りはワシの楽しみ。

でもそのうちワシがダメになるから

今のうち伝授しておかねば。

野球をやっていたというから

ガタイもいいし筋肉もある。

ところが、去年

彼にオノで薪割りをやってもらった。

子供二人も作ったのに

腰が引けてて下手っぴ。

ところで今は

薪割り前の玉切りの段階。

チェンソーは刃が欠けているので、

使わしたくない。

そこでノコギリ登場。

しかしノコギリでは難儀この上ない。

そこでワシが材木を

電ノコの刃が届くところまで切る(写真)。

あとはノコギリで汗かいてもらおう!



2020年10月14日水曜日

[7230] エウレカ

 ●エウレカ

科学の新発見は

「研究中や実験中に偶然発見した」とよく聞く。

”完全な『わ』”も偶然の発見だ。

まさか自分の身にこんな図が降ってくるとは

予想だにしなかった。

これでわかったのは、

新発見はどこにでもある。

川にもあるし、猫にもあるし、薪にもある。

ある意味、そこらじゅう新発見だらけなのだ。

足元にあるのが一番手っ取り早い。

問題はそれに気づかないということだ。

気づいても無視する。

使い古された概念で考えてはダメだね。




2020年10月13日火曜日

[7229] 芋煮会

 ●芋煮会

貰った太い材木で

スウェーデントーチを作り

芋煮会。

あっという間に煮炊きができ

薪をくべる必要もなく

いつまでも暖を取れる。

優れものでした。



2020年10月12日月曜日

2020年10月11日日曜日

[7227] 材木

 ●材木

解体した家の材木をもらった。

玉切り。

釘があったりするので気をつけていたが、

やってしまった! 

チェンソーの刃が一つ欠けて

数個切れ味悪くなってしまった。

まったくなぁーー


2020年10月10日土曜日

[7226] ペンキ塗り

 ●ペンキ塗り

10月に入ってから

薪ストーブ始動。

煙突のペンキ塗り

家猫の耳でもある。



2020年10月9日金曜日

[7225] 猫ドア

 ●猫ドア

チョコが猫ドアを

ぶっ壊すほどの勢いで入ってくる。

何度も修理したが

とうとう完全に壊れた。

とりあえずプラダンで工作(写真)。

そして2週間後。

やっと新しい同じものが届いた。

設置完了。



2020年10月8日木曜日

[7224] 永遠

 ●永遠

”完全な『わ』”ができて、これが究極だから、もうやることもない。この後は一体何に制作意欲や情熱が湧くのだろう? もう隠居かなと思った。ところが言葉になってない図だから言葉にしているうちに、閃きがしょっちゅうやってくる。どんな問題でも解けそうな勢いだ。

 そうか、完全な『わ』は閃きのスイッチだったのだ。暫くはこうやってずっと閃いてゆくのだろう。閃きが尽きたその先はわからないが、究極は終わりではなく永遠であることを知った。



2020年10月7日水曜日

[7223] 超える

 ●超える

そういや昔、猫界のプロデューサーの板東さんに「猫神様を超えるもの」と言われた。ある作品でヒットしたミュージシャンや小説家が次の作品をディレクターに要望されるようなものだ。これを求められた時はずいぶん悩んだものだ。しかし超えるようなものはないのだろう。いわゆる猫神様を最高だと思うことで、これが絶対的な存在になってしまった。人は絶対を欲しがるがこの世に絶対などない。だからこれを超えるものを作ったからと言って、なおもこの要望「それを超えるもの」は続く。満たされることのない我欲というものだろうかね。そのためにずっとヒット曲を考え続けなければならない。それはある種社会の一部と化し、技術は向上し、反復的で機械的な作業になってゆく。終わりのない輪廻にハマってしまったような…

 ところができてしまったのだ。

”完全な『わ』”だ!

 死ぬまで続くはずだったあの「それを超えるもの」という問いが完全な『わ』で消滅した。



2020年10月6日火曜日

[7222] 本

 ●本

”完全な『わ』”の図と

この図から得た考察をまとめて

本を作るつもりです。

図を見ただけでは

ただの絵として見てしまう。

そんな絵は真似すれば

誰でも描ける。

示したいのはそこではない。

やはり言葉が必要なのだ。

薬の使用説明書みたいなものですね。

万能薬なのに使い方がわからない。

薬を見てキレイだけではどうもね。

飲まなきゃね。

真実を知るには

見る・読む・体験する。

図ができるまでの過程を言葉で追随してほしいのだ。

とりあえずワガジン10にするけど、

個展だけで販売します。

来年ね。