2020年2月16日日曜日

[6989] 涅槃図

●涅槃図
僕の制作した『猫神様』を所蔵している瑠璃寺の住職が、昨日2/15日がお釈迦様が亡くなられた日ということで、SNSに涅槃図について語られていた。
 涅槃図はお釈迦様の死を悼んでいろんな動物が集まって悲しんでいる図だ。ところでこの図には『猫』が描かれていない。描かれているのもあるらしいが、「涅槃図には猫がいない」というイメージが広がって定着している。そのことの説明は数説あるが、どれも作り話だ。僕が作り話を信用しないように昔の絵師だって作り話など信用しない。だから猫を描かなかった確かな理由があるはずだ。
 これを僕なりに考えてみた。
 涅槃図の涅槃とはあの世のことで、ここでは無いところだ。ここにはもう居ない亡くなった生命がいるところだ。涅槃図にはいろんな動物が描かれているが、世の全ての動物を描き切れるものでない。描かれた動物よりも描かれない動物の方が多いはずだ。重要なのは『描かれない動物』だ。この絵は描かれない生命の重要性を人間に諭すために、人間の身近にいるメジャーな猫をわざと描かなかったのだと思う。
 そこで涅槃図とは? ここに居る動物を描いてはいるが、同時にここに居ない膨大な量の生命たちを表現した図なのだ。

2020年2月15日土曜日

[6988] テレビ

●テレビ
今日はテレビの撮影。
天候にも恵まれたいい日だ。
東京から二人がやってきた。
撮影は僕の普段のままを
撮ってくれたので
別に構えることもなく
演技も嘘もなく
無理もなく
自然体で楽しかった。
久しぶりにノリのいい
話が通じる良か人たちだった。
放映は来月。
再来月が個展なので
いい宣伝になれば
とてもありがたい。
間近になったら
詳しく知らせますね。
(それにしても三日月顔だ、いや、勾玉顔だな)

2020年2月14日金曜日

[6987] 1+1=3

1+1=3
絵付けしていて思う、ずいぶん自由になったなぁと。
 3年前、真剣に猫ではない絵描きを目指した。ところが猫が離れない。猫が離れると不安になるのだ。それとは逆に粘土の猫に絵描き分子が混じってしまい、変な猫ばかり作っていた。(例えばオレ被りなどだ)
 それから約3年のち、絵描きを超えてファインアートペリペリが完成。とうとう猫から離れたわけだ。同時に元の猫は元の場所に戻った。ところでこの3年間、バカな猫ばっかり作っていたおかげで、猫の絵付けがかなり自由になった。今、げんかつぎ猫にその成果が出ている。そして絵描きの試行錯誤が生きて、サンプラザ中野くんのジャケイラストができた。
 結局『ペリペリ』『イラスト』『猫』の3つが思い掛けず手に入ったことになる。3種の神器を手に入れたような気分だ。挑戦とは無駄ではなくラッキーで得なことなのだとわかった。
 皆さんも難しいことに挑戦してみてください。1+1=3になりますよ。

2020年2月13日木曜日

[6986] キンタマ

●キンタマ
サウナに入り、水風呂に入り、それから風呂場に座って壁にもたれる。ぼーっとしていたら目の前を爺さんが通った。あれ! 爺さんの右脇の後ろに3センチほどの玉が2つぶら下がっている。まるで子供のキンタマだ。体との繋ぎは3ミリぐらいの紐状の皮膚で、何かに引っ掛かったらすぐにも取れそうな感じだ。ふとうちの猫のイゴを思い出した。イゴのしっぽはカギしっぽでたまに何かに引っかかり痛くて大声で叫ぶ。不便なしっぽなのに縁起のいいしっぽと言われている。多分マイナスな見た目を擁護するためにプラス思考の縁起をつけて差別を無化したのだろう。こういう縁起が平気で広がるということは、人間は根本的に、差別は幻想で無意味だということを知っているのだろう。そこで爺さんの小キンタマだけど、これも引っ掛かったら痛いのだろうか? 神経はあるのだろうか? なんもなさそうな感じがする。やはり爺さんも縁起がいいとして取らないことにしたのだろう。この爺さんも若い頃は、小キンタマを女性に見せて楽しんだに違いない。なにせ脇毛のすぐそばにある小キンタマだからイヤらしい。女性たちはキャーとか言いながら、触っていい? と想像と感触の違いに驚いたり楽しんだり興奮したことだろう。爺さんはなおのこと切り取ることはしなくなった。今は孫に触らせて喜んでいるに違いない。
 爺さんは風呂から上がり家に帰った。「おじいちゃん、キンタマ触らせて!」と孫が懐いてくる。「ちょっと待ってな」と服を脱ぎ「ほら!」と見せたが、孫が「? ないよ」と言う。その頃、温泉の風呂場では、床に落ちている小キンタマの周りに人々が集まっていた。少し血が滲んでいるのでこれはおもちゃではない。事件だ! するとキンタマがピクッと動いた。そして歩き始めた。たぶん持ち主のもとに帰ろうとしているのだろう! なんと甲斐甲斐しい情景ではないか! それを見た爺さんたちが我が事のように「がんばれ! キンタマ!」と叫び始めた。
 ‥…キンタマじゃないのに。

2020年2月12日水曜日

[6985] 引く

●引く
夜、霧が深い。道が凍って車のタイヤが滑るので、スピードは控えめに注意して運転した。
 ここで面白いことに気づいた。
 手を挙げて招いている猫が福を招くというのは、見た目からそう意味付けしただけで真実ではない。真実でないものを作ってお金をもらうなんて自分としては許せない。やはりちゃんと納得ゆくものを人々に渡してお金をもらうべきだ。作り始めた30年ほど前、僕はこの猫のポーズを「一歩引いてください」と解釈した。今の車の運転のようなものだ。出過ぎは危険なのだ。危険を回避するから福を招くことになる。
 ところでペリペリは剥ぐ行為だから、足し算ではなく引き算だ。つまり招き猫のポーズと同じ引く行為なのだ。素材も見た目も技術も全く違うのに、概念としては全く変わらないことをやっていたのだ。これが自分の根っこにある基本概念なんだと気づいて一人ほくそ笑んでしまった。

2020年2月11日火曜日

[6984] 格言:統一

●格言:統一
対立
『可愛い子には旅をさせよ』vs『可愛い子は箱入り娘』
○統一
地球はどこも同じような物質でできている
地球はどこも空気と水が流動している
地球上の生命は多様で変化に富んでいる
地球は0と1で表現できる
地球は大きな大きな箱である
フタがやや開いている箱である
箱の中をよく観察するのが旅である。

2020年2月10日月曜日

[6983] 格言:自立

●格言:自立
芸祭見ての感想
煌めく才能があるのに
大学なんかいたら
ぶっ飛んだ感性が
理屈に囚われ
冷たくなって
生々しさが失せ
腐る。
学校を出よ!
家を出よ! 
村を出よ! 
情を出よ!
寺を出よ!
組織を出よ! 
国を出よ! 
自然を出よ! 
地球を出よ! 
日の出よ!

2020年2月9日日曜日

[6982]  芸工大卒展

●芸工大卒展
芸工大の卒展。
去年は最上川芸術祭で
ここの卒業生や現役大生
教授さんに世話になったから
挨拶がてら
見学に。
おおおおぉ!
面白い!
女子のかなりいい作品に出会った!
いい勉強なった。
雪の中見に行った甲斐がありました。

2020年2月8日土曜日

[6981] 感謝還暦

●感謝還暦
サンプラザ中野くんのジャケイラストを描きました。中野くんに感謝だし、確かに還暦にも感謝だ。僕は還暦に絵描きを志しペリペリを発見発明した。そんな意味でも還暦に感謝なのだ。
下記で僕が紹介されてます。
見てください。

2020年2月7日金曜日

[6980] 絵付け

●絵付け
今月中に
『げんかつぎ猫』100体を
仕上げなければならない。
そうとう大変だ!
『おみくじ猫』が精神で
『げんかつぎ猫』は肉体。
くじを引いて
げんを担ぐ
観客参加型展示会だ。
仕事は
調子よく進んでいるから
いいんだけど
余裕がないのが
気に入らん!
予定のために生きているのが
気に入らん!
隙間がないのが
気に入らん!
自分で決めたんだから
しょうがないけど
これが終わったら
もう未来を窮屈にはしないぞ!

2020年2月6日木曜日

[6979] 雪

●雪
今年初の雪掻き
まあ雪の量は
大したことはないけど
結構冷えていて
カチンカチン
ツルツル滑って
股関節の筋
痛めてしまった
まいった。

2020年2月5日水曜日

2020年2月4日火曜日

[6977] 機微

●機微
「自分の知性が機能していないということを切り札にしている人間を理詰めで落とすことはできない」by 内田樹
 最近こういう経験を何度もしたから、なるほどと感心してしまった。何を言っても会話が成立しない人のことだ。例えば「そんなこと言った覚えがない」(確かに言ったのに!)みたいな言い訳と誤魔化しとはぐらかしで会話する。内田氏曰く、このような受け答えを愚者戦略という。
 この間の美術館の館長もあの建築家も作家仲間にも近所にもいる。自分の思い込みを信じていて他の考えを了承できない。ほぼ会話が成り立たない。白馬の王子様を待っている同じ思い込みのブス二人の会話なら成り立つだろうけど、所詮思い込みは幻想だ。真理とは真逆だ。
 会話とは基本的に聞こうとする姿勢が大切だ。なぜなら今の時点で自分の考えを固定してしまったら未来は閉じることになる。自分の考えの欠点を発見し修正できる柔軟性が必要だ。本を読んでも自分が読むのだから無意識に自分の好みの情報だけ集めてしまう。
 社会はある程度賢者によって問題解決し発展してきた。ところが高慢な優しくない賢者が多い。そこで高慢な賢者に謙虚さと反省を促すが謙虚と反省は自我にとっては死ぬほど嫌い。結果、賢者の心の機微は疎くなってしまった。そこに賢者でありながら愚者ぶることができる賢愚合体の天才が現れ、自我のように見える無我を披露する。これによって賢愚の境界がうやむやになり空間は広がった。しかしこれを見た普通の愚者が愚者のままでいいんだと捉え違いし努力を怠り思考停止してしまった。育てるはずだった愚者の心の機微も疎くなってしまった。ところで可愛いげのある愚者はおだてりゃ喜ぶから使いやすいし金にもなる。何かと重宝がられる。そうこうするうちに愚者戦略が得意な愚者が社会のトップにまでなってしまった。とうとうこの社会は心の機微に疎い人だらけになってしまったのだ。危うい状況だ。このような社会は繊細のかけらもない味覚の荒い料理のようなもの、クソ不味い。大した喜びもなければ自由もない。解放もなく、深みもなく、感動もなく、真理にも無知だ。まるで狭いところに閉じ込められ同じ餌を食わされ偽物のビールを飲まされ生きているだけのブロイラー社会、まあ社畜及び奴隷っすね。博打と麻薬をくれーーーと叫ぶ!
 このような危機的問題の根っこには『心の機微に疎い』があると思う。機微に疎ければ他人に傷をつけても大きな事件を巻き起こしても理解できない。反省を促されると不愉快なので、そうならないように言い訳と誤魔化しとはぐらかしで身を守る。愚者戦略だ。このままではみんなの心がささくれ立ってしまう。そこで考察。機微に疎いということは心のない虫のようなものだ。虫はちゃんと観察すれば生態がわかる。何かを信じて、何かを欲しがっている。そこがわかれば愚者戦略も紐解けるのではないかと。これからは虫の行動を把握し先を読んで餌で釣って罠でも仕掛ければいいと思う。
 


2020年2月3日月曜日

[6976] 格言:悟り

●格言:悟り
グアテマラの
マヤ遺跡を見てきた
近所のもちやかたの
女将曰く。
「遺跡が好き。
古ければ古いほどいい。
どんな文明も
必ずこうなってしまうんだって思うと、
安心する。
自分はなんでもやってみようかと思う」
この方は悟っていますね。
家に帰って
その言葉を
しみじみ思い出し
改めて
実に美しい
汚れのない
水のような人
今度、彼女に会ったら
お布施を渡そうと思う。

2020年2月2日日曜日

[6975] 格言:死

●格言:死
いい作品ができると
死ぬんじゃないかと思う。
自分の今ある
知識や精神
善悪を全部使ってるから
いい作品ができた時には
できる前の知も精神も
消滅するみたい
それが
「死ぬんじゃないかと」
なるのだろう。
いい作品を
いつも望んでいるので
この死にそうな感覚も
心臓に悪いのに
求めちゃっている
やばいことに
これが癖になる
最近は
ほぼ毎日死んでいる。
でもね
ときどき
死にそびれる。


2020年2月1日土曜日

[6974] 住職

●住職
肉食いながらタバコを吸ってた近所の
ヘビースモーカー住職で一句浮かんだ。
『住職』とかけて
『片時もお経を忘れない立派な坊主』と解く
その心は
『モク行がヤメられない』