●懺悔
一時期、猫から離れようとして、猫作るのやめた。
しかし猫で飯が食えるのだから、簡単にはやめられない。
否「オラもっと偉大なアーティスになる」と
籠って頑張った結果、うまいことペリペリを発見した。
その後、猫はペリペリを食ってしまった。
今の絵はペリペリで猫を描いているからね。
この間まで猫なしを考えていたが、
あり・なし・ありと一周したようで、今は全部猫だ。
昨日、ゆうみちゃんが来て話をしていて
私は『猫と深い縁がある』ことを思い出した。
好き嫌いとかの表面上の次元ではない。
生死や善悪などが底辺にある。
昔、インタビューで「私は猫に選ばれたのだ!」と
横柄に答えていたが、自分の周りを見渡せば
猫の家に猫の仏像…猫寺のような…懺悔だね。
もりわじん絵日記
2024年12月5日木曜日
[8640] 懺悔
2024年12月4日水曜日
[8639] 死
●死
カブトムシをバラバラに分解して科学的に分析すればいろんな仕組みはわかる。分解した部品の一つ一つの役割は理解できる。でももうそれらは生きていないただの物だ。もう一度組み立ててもカブトムシは動かない。生きない。科学に生は分からない。つまり『生』=『分からない』なのだ。だから『分かる』が『死』と言えなくもない。
物理学の大統一理論がなされ分かったとしても、これまで通りその後も『分からない』が続々登場する。『分からない』が永遠に続くから『生は永遠だ』になる。だから『不死』でもある。
なのに人は死ぬ。だから当然人は純粋に『何?』、『寂しさ』、そして『慈悲』を覚える。
2024年12月3日火曜日
2024年12月2日月曜日
2024年12月1日日曜日
2024年11月30日土曜日
[8635] 作り物
●作り物
人は一つの名称を欲しがる。No problem なのに答えを欲しがる。生きているのに死んだ名称で自分を囲う。愛も平和も意識も名称、全て作り物の借り物で、これが答えなわけがない。
あらゆる名称から離れ身体を使う。猫のように、鳥だと走った地面にもぐらが、もぐらの先にネズミが蝶がと追いかけ鳥を忘れる。しかし嗅覚・聴覚・視覚などがこれらを記憶し時空を完全に把握する。名称から離れれば猫のように全てを把握し歩くがわかる。触るがわかる。鳥がわかる。草がわかる。水がわかる。空がわかる。名称に囲われたままなら己も作り者だ。
2024年11月29日金曜日
[8634] カッコイイ
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