2017年1月22日日曜日

[5870] 大丈夫

チョコビッチが布団に入ってこない。
朝起きて呼べど答えない。
メシにも帰って来ない。
庭の柵が大雪に埋まって、
その表面の雪が冷えて固まって、
歩きやすくなっている。
どこへ行ったのだろう? 
雪でどこもかしこも真っ白、
どこかに行っても元来た道は見えない。
何かに目を奪われ、追い掛け、
迷ってしまえば臭いも消え、
帰り道を失う。
あちこち名前を呼びながら探す。
迷っているなら、
どこかで僕の声を聞いて、
帰る方向に気付いてほしい。
いじめられっ子のピニャモが、
アイツがいないと泣いている。
夜、吹雪いてきた。
心折れてしまいそうだ。
凍えないよう、車に轢かれないよう、
祈る。

2017年1月21日土曜日

[5869] ディレッタント

昨日いい作品ができたので、今日はずいぶん調子がいい。温泉に雪掻きで痛めた膝や腰、身体中の筋肉を癒しにいく。
 昨日の絵をiPhoneの写真に納めたので暇さえあれば、眺めてほくそ笑む。まるで子供が何度も同じアニメを見て喜んでいるような、読書好きが大好きな小説のページを適当に捲りどこを読んでも感心し悦に入るような、盗み撮りした好きな女性の写真をニヤニヤしながら股間をいじるような、自分にとっては自分で描いた絵がそのような対象のようだ。これで数日間は気分がいいだろう。でもそうもしてられない。次々と挑戦したいイメージが次々と出てくる。僕はディレッタントではない。まだまだ旅の実践中なのだ。
 絵のせいかどうか解らないが、身体の痛みをそれほど感じない。治っているような気さえする。癒しや和み効果が上昇していることにしておこう。
 写真は25歳、ネパーの湖の上、この頃からずっと旅していると思う。

2017年1月20日金曜日

[5868] 透明論

●透明論
 絵のことばかり考えている。まあこれまでとそう変わりはないけど。これで、いざ絵に向かった時、絵の微妙な点がよく見えてくるので面白い。
 今日はまあこういうものにも挑戦してみようと微かに気に入っている下書きをタブロー化してみる。描いている途中、まったく面白くない。出来が悪い。やはり微かにしか気にいってないからよくなかったのだ。「ダメだ、オレ、才能ない、こんなの没にして、得意なタッチでいこう」と思ったが、心のどこかに諦めてはいけない、これも微かな思いがあって、こんな落ち込んだ気分のまま、もうちょっと進めてからでもいいだろうと、ちょいと視点を変えて、没だと思った全体を気にせず、無視して、細部の気になる点をいじってみた。細部はもちろん生きるが全体にとっては無意味だ。しかし気になる数多くの細部をいじって生かしていくうちに、全体が生きてきた。驚きだ! 諦めて、いつものことで満足していたら、こんな感動はなかったろう。今までにない、まるで僕の内部に、こんな美しいイメージなど皆無と思い込んでいたものが表出したのだ。
 僕の奥深くに見たことのない色の光が差し込んだ。

2017年1月19日木曜日

[5867] 宇宙ロケット

●宇宙ロケット
 今は絵と並んで絵日記の言葉が偽りや大衆迎合しない新しい表現方法を取り始めている。たぶん思考や意識も変化し始めているのだろう。これは旅に出るのに必要でないものを排除しているようなものだと思う。
 『断捨離』という言葉を借りれば、乗り気のないものは断り、古い縛りは捨て、馴れ合い迎合から離れる。まあ一人、旅に出るのに、心の荷物は軽くした方がいい。
 これまで僕はいろんな国を一人旅してきた。今、身体は滅多に外国に行かないが、精神はあの旅と似ている。どうせなら誰もいない宇宙へ、ぐらいの覚悟で旅してみよう。その方がクールないいアートができる。アートは何よりも誰にとってもエネルギー源になるものだ。原発よりもエネルギーがある。そのことは小説『自由自在堂』の「万能の章」の最後に書いた。
 さて、僕は絵の具とキャンバスで旅にゆくための宇宙ロケットを作る。

2017年1月18日水曜日

[5866] 横尾忠則

●横尾忠則
 絵描きしていて、あー、そういやアーティストの横尾忠則さんは『画家宣言』を昔やったなぁと思い出した。調べてみたら彼は1936年生まれで——ゲッ、もう81歳なんだ——画家宣言が1987年、51歳だ。この頃はニューペンティングという楽しい絵描きが盛り上がっていた時代で、NYではジャン・ミッシェル・バスキアがデビューしていた。時代を敏感に感じ取る横尾さんは枠内に嵌めるグラフィックなんか面倒だと、精神の解放と自由に向かったのだろう。僕は次の年の1988年、NYで絵の展示会をする。その同じ年にバスキアは28歳の若さで亡くなった。僕はNYで彼の死ぬ前の絵を見た。確か2m四方ぐらいの絵で、印象としては、何も描かれてなかった‥‥
 ところで僕は粘土以降、一度かなり絵に集中したことがある。2001年、谷中に猫町ギャラリーができたときだ。そこで思った。今回もノリタケの森ギャラリーと縁ができた。壁のあるギャラリーが現前すると絵描き魂が炸裂するみたい。絵の世界でいうホワイトキューブって、僕は今まで縁がなかったのだ。猫町はやや違ったので、ノリタケで沸騰した。その『壁』ってのに何かあるんだろう。僕の小説『自由自在堂』に『壁の章』があり、そこに「壁が創造の引き金になる」と書いあり、深く壁について考察している。あっ! 狭いけど自在堂がホワイトキューブだった。いつも転機は壁なのだろうか‥‥
 僕の作品や絵、アート全般に興味がある方は是非この小説を読んでから僕の絵を見てくれ。壁はどこにでもあり、心の壁が一番厄介だ。壁はアッチとコッチに差別を作るから。
 写真は横尾さんが装丁した真ん中に僕の作品『猫神様』が出ている本の表紙です。この本はもう絶版、でもヤフオクかなんかで買ったという人がいました。ありがたい。


2017年1月17日火曜日

[5865] 内省的前進論

●内省的前進論
 雪掻きで身体、特に膝がしんどい。今日は筆を持つのは止めて、下書きをする。これが意外と楽しいことが絵描きに意識転換してから解った。それに結構大事だ。これまでほとんど消しゴムを使ったことがなかったのに、今は消しゴムが必需品になっている。前はチマチマやることに時間がもったいないし、時は金なりというせせこましい概念が意識を覆っていて、走り書きのようなクローッキーで納得していた。あんまし吟味せず、いい加減に描いていたんだ。それが個性だと思って自分を誤摩化していた。いやいやとんでもない間違いであった。
 いい線を探して、消しゴムと鉛筆の地味な繰り返しをすると、つまらない下書きだって、捨てたもんじゃない。まるでわけの分からん拾ったボロボロの地図のようなものに騙されて、宝探しに出かけ、トンチンカンな所で本物の宝と出会うような、どんな所にだって宝の名作が潜んでいることが解る。こういう時間の経つのも忘れる連続した小さな感動はとても大事だ。昨日の絵日記に書いた『透明な時間論』がここにある。そのうちここから方向が変わって新しい絵が目の前に出現するかもしれない。空間と時間は同じだ。一寸先は未来だ。

2017年1月16日月曜日

[5864] 透明な時間論

●透明な時間論
 次々と思いもしなかった新しい絵が出るので、ふと、これって時間の上にいる、時間を描いているんだなぁと思った。
 この感覚は二十代、絵を描き始めた頃がそうだった。どんどん新しい絵ができるので楽しくてしょうがなかった。未熟だから尚のこと毎日毎日何かにぶつかりそれを乗り越えることで上達していたんだろうと思う。
 ここ数年、時間が見えてなかったようだ。やはり檻の中にいたんだなぁとつくづく思う。檻の中でいろんなことをやるが、やはり生きているというよりはメシを食うため、経済に囲われていた。まあメシを食うことは大事だから、それが生きることではあるけど、時間は止まっていたようだ。自分で作った観念という檻の中にエサを得るために住む。それが時間を止めることだった。エサに事欠かない不自由な家畜のようなもので、そのうち檻の中で殺され他の動物のエサとなる。でも思えば、それはある完成までの道筋の一部分で、必要な閉じた時間檻だったのだろう。例えば、山形の山寺には千段以上の長い階段がある。途中に広い所がありそこで「たまこんにゃく」を食って休む。それからまた上る。
 上る時が来たのだ。さて箍(たが)を外そう。時間は再び動き始めた!