2017年2月25日土曜日

[5904] 引き蘢り

●引き籠り若者
 若者の親の悩み。
「息子が引き籠って家から出ない、やりたいことが解らない、就職先がない」
 一つ解らないのは、なぜ月給取りにさせようとするのだろう。親が子供に望むのは月給取りしかないのだろうか? 僕のところで修行したいと来た若者の親が社会保険はあるのかとか言っていた。あるわけがない。帰れ、帰れ!
 若者は会社に入ったら会社という色に染まらなければならない。上下関係もある。家にいれば染まることも上下もないから楽だ。引き籠りや自立できない若者ら、彼らはもう社会人だ。ただ会社ではなく甘い家というところに就職したのだ。彼らは弱虫だから、もし会社に入ったら一生奴隷だということを知っているのだ。居心地のいいところからわざわざ奴隷になるやつはいない。
 そこで一考。自立できない若者は将来など解らない小さなお店の手伝いに行けばいい。手伝いならそこの店の色に染まることはない。給料もメシ代ぐらいでいいだろう。親のような最低限の人間関係があるだけで、面倒くさい上下関係はない。奴隷どころか自分が仕切っている大将のようなものだ。店長と気が合えば、そりゃあ楽しい職場だし、小さいところだから、なんとかしてやろうという責任感がつくし、自信もつく。旅と同じで人間形成にはスゴく良い。アイデアだせば己ブランドができたりもする。そこに可愛い娘さんがお客で来たら恋も芽生える。良い事尽くめが商店だ。
 実は引き蘢り系の僕は大学卒業後、小説『自由自在堂』に書いたように画材屋の自在堂に就職したようなものだった。そこは僕に12年間もメシを食わせてくれた。その後そこから飛び立ち、自分ブランドのネコの店を作ったわけだ。
 そしてこれから僕はそのネコの店からも飛び出る。

2017年2月24日金曜日

[5903] 他のせい

●他のせい
 親のせい、経済力が無いせい、才能が無いせい、時間が無いせい、社会のせい、上のせい、あいつのせいとか、自分が怠っていることを棚に上げ「他のせい」にする。これで一時凌ぎできるが、この「他のせい」が身に付くと、歳取った時にもまた「歳のせい」にして自分を伸ばすことをしない。他に頼っているから他のせいにする。いつまでも自分を伸ばすことなしで、そのうち死ぬ。死んで自分が伸びないのは「死んだせい」だ。
 そこで思った。
『伸びないのは「他のせい」』と『伸びないのは「死んだせい」』は同じだ。
 つまり「他のせい」=「死んだせい」だ。
「他」=「死」なのだ。
 『自分』はいつ生きるのやら。
 自分を伸ばすのに焦ってはいけない。すぐにも利益や名を出すなどの結果を焦ってはいけない。それでは結果の為に生きることになる。結果はラスト、『死』だもの。死の為に生きることはない。
 とにかく僕は自分の絵をもっと伸ばそうと思っている。

2017年2月23日木曜日

[5902] 焦り

●焦り
 個展会場の風景がイメージできると、そこに配置する絵を焦って描きたくなる。ところが雪掻きやらがあるので、暫く絵描きができない。そうすると焦っていた気持ちが少し落ち着いて、客観的に自分を眺めはじめる。するともっと良い会場イメージが出てきて、絵も前に進む。焦って行動しなくて良かったなぁと思う。
 20代の頃は焦っていたんだなぁとつくづく思う。すぐにもお金にしたいし、すぐにも名を出したい。気が焦っているのでちょっとしたイメージで突っ走る。のんびり描くことなどできない。下手は味だと勘違いする。そのとき持っている僅かな技術や濁った感性だけで一攫千金を狙うようなもので、じっくり勉強し技術を伸ばし感性を磨くことなどしない。悪い芽は伸びるのが早く、焦りは成長し、いかにして儲けるか有名になるかの方法論だけが先行する。簡単な儲け話しが横行するようになり、それに釣られる。『3ヶ月で英語が話せるようになる』なんてのもその一例だ。たまたま能力があったのか、そのような方法論だけで有名になったりお金を得た人は、もちろんその後も自分を磨くことをせず、その虚飾を守ることに必死になり、目立つことだけが作品だと勘違いし、とうとう本当の自分を見失う。
 今、僕は雪のおかげで歩くスピードでじっくり技術と感性を磨いている。
 あ〜、これって『ウサギとカメ』の話だね。

2017年2月22日水曜日

[5901] 日々

●日々
 日々、僕は歳を取っている。昨日より今日、今日より明日、確実に身体の機能が少しずつ衰えている。人はこれに抵抗して若返ろうなどとする。しかしよく考えたら生まれたときからずっと日々歳を取っているのだ。そういうものなのだ。大自然界には測り知れないわけがあるからこうなっているのだろう。なぜに歳を取ることに歎く必要があろうか? 明日を昨日のようにすることはないだろう。せっかくやって来る未来を、わざわざ過ぎた昔にすることはないだろう。せっかく出てきた太陽を押さえることはないだろう。明日や明後日がいったい何がどうなのかを、きちんと観察してゆきたいと思う。
 思いもよらない今まで描いたことのないまったく新しい絵の大作ができた。すこぶる嬉しい日だ。僕は日々成長している。
 添付は正義の味方『ウ・コッケイ男』です。日々、僕の中のバカも成長している。


2017年2月21日火曜日

[5900] 脱出

●脱出
 僕は猫を神仏にした『猫神様』を発表し、プロデューサーしてくれる人と出会い、世間に広く認められる作家になった。いろんな作家も加わり、猫業界のような世界を作り、たくさんの猫ファンと一緒に、日本だけでなく海外までビッグニャーンしていった。
 ところで猫神様作って少し経った頃、プロデューサーが「猫神様を超えるものが見たい」と言った。その後、僕はその言葉に捕われ、これでもかこれでもかと新しい作品を提出してきた。初期を超える次のヒット曲が欲しいミュージシャンや次回作を期待される小説家のようだった。僕は家まで猫にして世界一大きな夫婦招き猫を作った。それでも猫神様を超えたようには思えなかった。そのうち「猫神様を超える」というその言葉も過去の話になり忘れてしまっていた。
 ところが天災は忘れた時にやって来るように、ひょいとやって来た。
 この夏、猫神様を超えるものを発表できると思う。
 ふと思った。プロデューサーも猫かぶりから脱出したかったのだ。
 たぶん多くの人も、今、自分が被っているものから脱出したいんだと思う。


2017年2月20日月曜日

[5899] 二つの時間

●二つの時間
 過去というのは乗っている車の後ろを見るようなもので、より遠くの後ろがより過去だ。未来というのはフロントガラスの前方にある。たぶん時間というのはこういう考えで、これが常識になっている。
 つまり『解らない未来は自分の外からやって来る』のだ。
 本当だろうか? 物事には左右や上下があるように必ず反対や逆がある。ただの逆は争いになるのでつまらないが、逆転の発想というのはそれらを止揚する。
 そこで逆転の発想からのもう一つの時間。
 過去というのは自分の中から出ていったもの。未来は自分の内にあり、これから出るものだ。
 つまり『解らない未来は自分の内にある』のだ。
 言葉を変えると自分の内にある『解らないもの』こそが未来なのだ。解るものはもやは過去なのだ。
 解る慣れたもので身を守りながらも、自己の内部の解らない未知のことに挑戦するのだ。
 まあ、今そんな絵を描いている。

2017年2月19日日曜日

[5898] 本音

●本音
 この添付作品(60×45㎝)は、今、福岡の『ジュンク堂書店福岡店:B1 MARUZEN ギャラリー』に展示してます。
 竹久夢二の作品に『黒船屋』という女性が黒猫を抱いている名作があり、そこから僕が本歌取りし、逆転の発想で黒猫が女性を抱いている風にした。できたとき、けっこう喜びが大きかった。この画風の横並びの絵は数十点は出るだろう。でもおそらく描いても喜びはない。これをこれまでの猫作品の流れの最終作品とした。このあと横ではなく、羽化して縦方向に飛び始めたのだ。
 この絵は一見シャレが利いていて面白いが、実は自分の本音を語っている。この絵の女性を自分に見立てれば、僕は「猫に捕われている」という意味合いだ。それも一寸先は黒い闇のような猫にだ。この時の自分の精神状態を表しているのだろう。そういった意味では正直ないい絵だ。
 この絵を最後に僕は捕われの身から脱出することになる。

催事名:ジュンク堂書店福岡店「第19回、来る福、招き猫展」
会場:ジュンク堂書店福岡店 B1F MARUZEN ギャラリー
会期:2017年 2月18日(土)~ 3月 4日(土)
営業時間:10:00~21:00(最終日16:00閉廊)
住所:福岡市中央区天神1ー10ー13 メディアモール天神