2015年1月31日土曜日

[5148] 歯周病

歯が痛い。
 厳密には左奥歯の歯茎。
 歯痛はワシのささやかな欲という欲を奪う。
 ぐっすり眠れない、噛めないから食い物がおいしくない。
 風呂は入れないし、もちろん風呂上がりのビールもダメ。
 仕事も集中できないし、本も読めやしない。
 あ”〜、痛いよ〜。
 ガォーー、吠えても気休めにもならん!
 そういや痛みなど物ともしないあの柔術家のヒクソン・グレイシーが唯一痛いのが歯痛と言っていた。
 まあそのぐらい痛いってことっす。
 まったく!

2015年1月30日金曜日

[5147] 奇人

ここ村山市には最上川を挟んで、東側に『出たニャー』という化け猫被り物を作れる奇人。
 西側には『出はたニャー』という出たり入ったりする人形を作れる奇人がいる。
 二人とも田舎では稀に見る色気の持ち主で、不思議な魅力を醸し出す自由気ままな女性だ。
『ンダニャー祭り』で、この二人を対決させる。
 どちらが面白いか、くだらないか、笑えるか、純粋か、トボケているか、まあいろいろ。
 勝った方には商品として『十四代』の幻の古酒をあげよう。な〜んてね。
 そうそう、ここ村山市には、日本酒界では超有名なあの『十四代』の酒造があるんですよ。

2015年1月29日木曜日

[5146] 未来

今朝はガールズ農場リーダーがワシの家を含む最上川周辺地域活性化未来プランを持ってやって来た。さすが若い! 前向きな精神から出てくる、この『未来』って言葉がいい。
 50も過ぎると守りに入るのか、未来なんてものは暗く固い墓しか浮かばない。そこで墓からの逃避として過去の思い出や美味いもの食うことしか考えなくなる。そんなのつまらん。
 未来なんてこれから先十年以上はあるかもしれないんだもの今だって20代といっても過言ではない。やることなすこと解ったような大人になって閉じちゃダメだよね。
 ってことで作る前から解ったようなこと思って抑制しないで、若い時のように思いつきの作品を作った。あら、心が晴れた! いいもんだ。

2015年1月28日水曜日

[5145] 楽しみ

『燃える薪見て暮らす』
 あまり他人には教えたくないすごい楽しいことなんだけど、触りだけ教えてあげるね。
 朝一番に、薪ストーブの扉を開け、昨夜、灰の中に埋めておいた火種を取り出し、焚き付けを4本入れ、大きな薪を上におく。空気孔を開けファンを回し、火が大きくなって落ち着くのを待つ。歯も磨くのも忘れてジッと火を見る。
 毎冬薪ストーブに火を入れ暖をとっていていろんなことが解ってきた。木の種類によって違う温度や燃え方、時間と共に変化する火の色や薪の燃え具合などいっぱいの情報がある。しかしそれにいちいち対応する言葉はない。小説を読むより映画を見るより時間が濃密だ。この知識を他の人と分かち合うことはない。他人はこの知識を聞いても面白くないだろうし役にも立たない。広まることもないし、金になることもない。しかし時間を忘れるほどなのだから、かなり有意義なことなのだろう。

2015年1月27日火曜日

[5144] PUNK

朝起きると、冬で陽を浴びてないせいか弱気が出る。気分がよくないので、さっさと窓を開け、冷えた空気を家の中に入れ、植物に水をあげ、アトリエを掃除し、描きかけの絵に一筆入れる。これで気が紛れ、少しは弱気が消えるのだが、これでも完璧ではない。歳でも取ったのだろうか。
 夜、風呂上がりに珍しい味のビールを飲みながらそのラベルを見た。
『PUNK』、そうだ! パンクだ。
 もともとワシは仏像を猫にしてデビューしたんだけど、これって当時のワシにとってはパンク精神だった。単純にやっちゃいけないことをやるような、誰もまだやってない冒険するような、おじさん達の古びた既成概念にメスを入れるような、ワシらしい不自由の破壊であった。エネルギーが満ち満ちワシならではの自由な創造が始った。
 こういう感覚が精神の弱気を吹っ飛ばすんだ。

2015年1月26日月曜日

[5143] 老人

歯医者の帰りに実家に寄る。
 最近叔父さんが介護施設に入ったらしく、どんなところかと聞いたら、今年82歳になる母親が「老人ばっかりうようよいる」と汚いものを見たような顔して言った。

2015年1月25日日曜日

[5142] 仏像

『自分の身を削って仏像に実をつける』
 
 ずいぶん前からこのでかい作品にかかっているんだけど、まあ大変で、もう三回も壊しては作り変えている。
 うまくいっているときは楽しくて、もしかしたらこれで死ぬんじゃないかと思いドキドキなんだけど、うまくいかないときはもうお役目ごめんで死ぬんじゃないかとドキドキするから、どっちにしろ目の前は死だ。
 生きてるって感じを味わっているんだろうか。
 この写真のものもこの後納得いかず壊しました。

2015年1月24日土曜日

[5141] セイウチ

一人じゃなんだから仙人になろうとヒゲを伸ばしているんだけど、最近伸びたせいでメシを食うときにかなり邪魔。納豆などはヒゲがなくても面倒な食べ物なのに、もうヒゲに糸が絡んで拭いても拭いてもイヅイ(東北太平洋側の方言)。ヒゲがかなり伸びて左右に分けられるぐらいになったら食事の邪魔にもならないだろう、それまでの辛抱だと思い、早く伸ばすために退屈な時にヒゲを引っぱる。これが意外と気が休まる。たまたまテレビにセイウチがでていて、あの長い牙はヒゲどころでないほど邪魔だろうなと感じ、仙人ならセイウチの気持ちぐらい解らなければと思ったけど、食後、歯間ブラシをしていてヒゲもろとも歯の隙間に引き込まれ、取れなくなり、痛っ! もう面倒、止め止め! 切った。
 若い女子の前で洟垂らしても平気なスケベジジィになったら再度挑戦しようと思う。

2015年1月23日金曜日

[5140] 雑用

「雑用というものはない」という言葉を聞いた。
 この言葉は雪掻きや猫の世話や草むしりや薪割りも何もかもが雑用などではなく大切な仕事であるということだろう。昔は経済活動に繋がるアートだけが仕事で、他のことは嫌々ながらやっていた。そのうち作品が売れるようになると売れない作品や絵は仕事ではなくなる。順調にいって仕事が忙しく追われるようになると疑問が生じてきた。経済活動だけが重要視されると、どんどんやるべき仕事が狭まり、どんどんやりたくない事が増えてゆくのだ。それは心休まることが解らなくなり遠のくことでもあった。ふと庭を眺めボーボー生えている草をなんの気無しにむしり始めたら、これが意外と心休まって楽しい。このおかげで生活全般が活き活きし本職のアートも活き活きしてきた。つまり経済活動だけを重視するのはいけないということだろう。
 しかしよくよく考えてみると雑用の方が楽しかったりするから「雑用というものはない」と考えるより、本職の仕事も「全ては雑用」と考えた方が楽なのかもしれない。
 この絵日記も楽しい雑用の一つですな。


2015年1月22日木曜日

[5139] ツアー

ここ山形に住んで5年、引き蘢りな職業なもんで(性格もだけど)山形県で一番の繁華街には、まだ3度ぐらいしか行ってない。
 近所の女子を運転手に、まずは市内のカフェへ。マスターは78歳でお店にルノアールとかの絵が飾ってあるんだけど、何かが違う。よく見たらマスターが模写したパステル画だった。パステルの重ね書きで何日もかけているそうな。お客にコーヒー出し終え絵を描いていた。優雅でいい時間を持ったオシャレなじいさんだなぁと思った。
 次に今回の目的の個展会場に。2人展で20代と30代、2人ともパソコンで描いた絵で、話しているうちにこういう絵の将来性が解って納得。
 最後にこっち来て初めてのタイレストランへ。頭頂から吹き出る汗拭きながら食った。とまあ楽しい山形市ツアーでした。

2015年1月21日水曜日

[5138] 修理

SSの靴に穴があるみたいで、雪道を歩くと水が染み込んでくる。そこでSSは穴らしきところを見つけてボンドで塞ぎ、そして雪道を歩く。まだ染み込むようだ。靴を乾かして、穴を探してまたボンドを付ける。これを何日も何度かやっているがまだ直らない。
 今日、風呂場を見たら水桶に靴を浸していた。SSがやって来て靴を桶から出し、どこから染み込んでくるのか当りを付けようとしていたらしいが、水に漬け過ぎたようで全部に染み込んでいて探せなかった。もう一度試そうと、また乾かしている。これを見ていて思った。楽しそうでいいなぁと。

2015年1月20日火曜日

[5137] 思う

日課の駐車場前の雪掻きしながら考えた。『思う』とは何かと。
 人は何が何でも自分のところが中心だと思い込んでいる。たいてい誰もが自分は正しい意見を言っていると思い込んでいる。そこでちと考えてみた。人は地球の上にいるから地球の自転を感じない。この地球は新幹線より速いスピードで回っているのにだ。そもそも大昔の人は地球が中心で、太陽が地球を回っていると思い込んでいた。ところが実際は太陽が中心で地球は周辺だった。その太陽だって銀河系の周辺だ。たぶんどこまで行ってもミクロ・マクロでも中心はズレ続け、いつも周辺になるんだろう。
 人が『思う』ときは退屈とか面倒とか楽しいことやろうとか、全て心ここにあらず、どっちかを向いているときだ。だからズレているんだと思う。この考えもズレているんだろうけど‥‥

2015年1月19日月曜日

[5136] エクササイズ

今日も大雪。
 冬のエクササイズの雪掻きだ。ここは戦いのリングでもあり、歯を食いしばるのでマウスピースをする。大汗、雪、水もしたたるいい男になる。大胆不敵に裸体になって、張り裂けんばかりの仁王のような筋肉を鏡に映す。至極悦に入る。勇敢に風呂に入り、潔く大声で唄を歌う。覇者のガウンを着て、斬新デザインのデッキに出る。大胸筋に雪を当てながら、苦みばしったビールをグビッと飲む。実に美味い。そのまま鷲が飛翔する雪山を見ながら、大悟の僧侶のように心を無にする。先端技術の豪邸に入り、薪ストーブの前で祝福を浴びながら横臥する。いつものように熱き股間に可憐な猫。
 これが冬期で一番楽しい時間かも。
 ところが、夕方になっても雪やまず、ゲゲッチョ! もう一回雪掻きでした。

2015年1月18日日曜日

[5135] 未年

昨日から一晩中雪が降っていて朝もまだまだ降り積もる。
 雪掻き。どっと疲れ、風呂入る。いつもなら風呂上がりにノンアルビールでも飲んで倒れこんで寝るのだが、昼から未年ということで『ひつじや』で女子会のような新年会に誘われているから、疲れがあろうが気分は行く気満々。雪がわんさと降る中、女子の車ででかける。貸し切りでもないのに、歌うわ踊るわのノリのいい女子達に笑い転げ、終わって帰って、ますます疲れがどっと‥‥歯も痛い、大変っすよ。ガォーーーーーーーー

2015年1月17日土曜日

[5134] ゲロ

猛吹雪です。
 そんなのは物ともせず名作ができました(写真の作品とは違います)。
 作品は気候に関係ないけどね。
 今日のは前回のを数ミリ上回った感じかな。この数ミリが重要なんすよ。100メートル走でいうところの0.0何秒ってとこだろう。
 この猛吹雪なのに外に出たがるイゴ。出したけど、外の吹雪は飛行機が墜落しそうな轟音。イゴ、大丈夫かな? 
 ようやく帰って来て、いきなり吐いた。
 

2015年1月16日金曜日

[5133] 高次の道

粘土ペタペタしながら思った。昔は盲腸(虫垂)なんて必要ないものだと言われていた。ところが最近、大切な器官であることが解ったと言う。おかしな話だ。だいたいなんで虫垂を必要ないものだなんて決めたのだろう。安直だ。今の中途半端な知識で全てをこうだと決めてはいけないだろう。とっても大切なものを取り逃がしちゃうことになる。
 人間の役割はなんなのか? 誰にも答えられない。つまり今現在、我々が考えていることで結論は出てないわけだ。人間はこれから先、とてもすばらしことを知るかもしれない。これを知るためには虫垂のような一見無駄なもの、必要ないもの、滅びゆくもの、虐げられたもの、些細なものにこそ目を向けることだろう。なぜならこのような周辺をしっかり観れば、振り子のように反対の中心や頭脳が進むべきもっと高次の道に気付くと思うのだ。

2015年1月15日木曜日

[5132] 仙人

雪掻き、一人じゃ大変だから、千人=仙人になろうと、ヒゲ伸ばしている。

2015年1月14日水曜日

[5131] 笑点街

『我が商店街想定外の笑点街』
 まだ何も決まってない『ンダニャー祭り』推進派として勝手にいろいろ動いている。駅前商店街の空き家を見学。ここで化け猫屋敷でもやろうかなどとアイデアを膨らませる。そのあと街の健康的食べ物屋で結成された『おいしいごはんの会』の市に。ンダニャー祭りについて意見を聞く。ここで巨大なぬいぐるみを作れる人がいる情報を手に入れた。これはいけそうだ! ン?、でも夏場か……。なるほど、今度から知られざる特殊技能を持っている若者や爺婆を探そう。村の祭りは村人や地場からアップしていかないとね。

2015年1月13日火曜日

[5130] 藁

藁を探しに東京から若者がやって来た。藁でなんか作ってなんかやるらしい。現代のワラシベ長者かも。
 ワシは三十半ば、ソバ屋の片隅で埃を被って忘れられた存在の招き猫をたまたま新しく作ったら、あれよあれよとメシが食えるようになった。宝物や資源ってのは中央ではなく周辺にあるのかも。あまり人の目には触れず、意識上にも登らずゴミみたいに転がっているのかもしれない。中央には使い古した腐った椅子があって、みんながそれを奪い合う。周辺には誰も座ったことのない椅子はもちろんソファーだってベッドだってある。草枕だってあるよ。さあ、周辺に、世界へ、宇宙へ散らばろう!

2015年1月12日月曜日

[5129] 純化

久しぶりに夜中に雪が積もりました。
 今朝は青空、暖かい、雪掻き、風呂、ノンアルビール飲んでバタン。猫が股にやって来た。寝ながら思った。
 何がやって来たって、来るものはしょうがない。危険や火の子なら払うが拒めない老・死などの自然の流れや時代の流れはしょうがない。でも唯それらに身を任せて管を巻いてもつまらん。ワシはそれらをでかい粘土の中に突っ込んでいい感じに純化した猫にする。それがワシの創造だ。右翼、左翼、オタク、アキバ。部分がいっぱいある。部分に全体は見えない。サブカルチャー、それどころか四ブカルチャーや五ブカルチャーだってこれからやって来るだろう。全部まとめて猫化しましょう。

2015年1月11日日曜日

[5128] 吉本隆明

この写真はテレビで特集していた吉本隆明さんの書斎の映像。
 吉本さんは思想家で小説家よしもとばななの父親だ。
 テレビ見てたら、SSが「お札だ!」と叫んだ。
 なんと映像の右上にワシのお札猫があるのだ。別にこんなことはそれほどのことでもないのだが、若い時この人の本を読んで感動したから、なにげに嬉しい。
 お札猫の書は大元気で立っている猫がくっ付いている。
 確かに吉本さんは自らの言葉で立った人だ。ワシも自らの猫で立ったってことで、うん、まだまだいい作品創らねば!

2015年1月10日土曜日

[5127] ドキドキ

猫にジッと見られ、プッと笑ったあと、ドキドキした。
 ワシの心を見透かされたような。
 またはどこぞの絶世の美女に見つめられた、のと同じ感覚。
 自分が猫のステージに迷い込んだのか、猫が人間のステージに入り込んだのか。
 それとももはやそんな境界は消えてしまい、もっと高い広いステージの生物としての共鳴なのか。
 なーんてね。

2015年1月9日金曜日

[5126] 言語

猫祭り呼称『ンダニャー祭り』(仮題)
「んだにゃー」は「そうだね」という意味です。つまり「柔らかいYES」。
 ここ村山地方の人間は「にゃーにゃー」言う。女性が言うと可愛い癒される。大昔この地方の人々は猫と喋っていたのか、それとも猫の真似をすることで自らやお互いを癒していたのかは解らないが、猫と深い繋がりがあったのだと思う。僭越ながら日本一の猫作家である(自慢だけど)このワシがこの地の出身であり、たまたま猫の夫婦招き猫の家を建てたりしたのは、実は偶然ではなく、この方言にルーツがあったような気がするのだ。言葉には言霊がありその地方の人々に大きな影響を与える。例えばアイヌの人がアイヌの衣装を着て囲炉裏の周りに座って東京弁を喋っていたらウソっぽい。大阪弁なら尚のことリアリティがない。やはりたとえ北海道でなくてもアイヌ語を喋っていれば、それは聞くものを北海道のあの大自然溢れる大陸に誘う。
 ワシは猫を通して失われてしまいそうな言語を守ろうとしていたのだった。

2015年1月8日木曜日

[5125] 村山市

住んでいるここ山形県村山市、この地域での猫祭りの打ち合わせに出かける。
 今年は5月から6月中頃までやや恒例になってしまったワシの個展が最上徳内記念館である。その頃近所の東沢バラ公園で東京ドーム三個分もある敷地いっぱいに750種2万株のバラが咲き誇るバラ祭りがある。6月にはごろつき市がある。他に碁点温泉の旧浴場はあるし、温泉プールはあるし、浅草の浅草寺の巨大わらじはあるし、超メジャーなサクランボはあるし、蕎麦街道だって、ワシの猫ハウスだって、ケーキ屋だって、パン屋だって、ひつじやだって、空き家だっていっぱいあるし、元気な爺婆だっていっぱいいる。なんのこっちゃ。

2015年1月7日水曜日

[5124] 宇宙の真理

百も二百も全てまとめて一気に頭の上のもっともっと上を突き破ったような作品ができた。
 ガハハハハハハ、悩みながらも諦めずにしっかりやっていくうちニャア〜、思いもよらない救いが降ってくるもんだとつくづく思ったさ。
 とりあえずワシにも心あるから、悩んでいるやつがいたら、大丈夫かとか、どうしたとか、慰めてやりたくなるものだ。
 でもワシらのこのアートの悩みっちゅうもんはとことん突き詰めてきているから、親も友も先生も誰も慰められない。ほんとに自分で解決するしかない。まったく自分だけ。このような自分の奥深く深くでガッツリ悩んでいると、そりゃあ、宇宙の真理ってのが働くんだろうか、人間の心の大元である神仏が寄り添って慰めにやってくるんだ。そんな感じ。ポコッといい作品できちゃった。

2015年1月6日火曜日

[5123] 孤高

去年の暮れ、ワシの好きだった隣町の頭のでかい汚い半野良猫が亡くなった。彼は孤独でも孤立でもない『孤高』だったと思う。ワシにとっての孤高とは精神的に自立しているヤツっすね。
 仲間意識というのは甘えであって、人は自分の欲求不満を乗り越えられないと、近しい人に甘える。他人はその不満を解消できない。なぜなら甘えは依存であって精神的な自立ではない。甘えが通じなくなると不満になり、一変して憎しみや暴力になることがある。巨大化すると徒党を組んで敵と味方に分かれ戦争だ。これでは外は敵だし、近しい人も暴力に怯えるからいつの間にか敵となる。これこそ孤立で孤独というものだろう。人は経済的自立だけでなく、精神的自立が必要だ。
 そろそろ自分の中の孤高を探して育ててみようぜ。
 

2015年1月5日月曜日

[5122] カービング

雪だるまじゃないよ。
 大作の内部に使うハポスチロールをナイフで削る作業。一時間ぐらいやって、休んだら、手の指はガチガチだし、汗はかくし、腕や胸の筋肉が張る。それに立ちっぱなしなので足もガクガク。いつもの小さいものが単に大きくなっただけだと思っていたが、疲れが雪掻きや薪割り以上だ。
 なるほど、他の作家の作品でも大きいものに感動があるのはこういう肉体的なエネルギーが入り込んでいるからなんだろうなァ。木彫や石の彫刻なんてほんとすごいわ。
 自分はモデリング作業は得意だが、こういうカービング作業も面白いと思った。まあ少しずつ削っていこう。
『いつからか骨身を削って生きるワシ』

2015年1月4日日曜日

[5121] ファン

ワシんちは猫二匹が寄り添った形のデザインの家。薪ストーブの煙突は猫の耳になっている。この耳は屋根より低いところにあるので、火が安定するまで、強制的に煙突からの煙をファンによって吐き出すようにしている。今朝の薪は大きいのになかなか燃え切らない、火が安定しない。ファンを回し続け、薪を眺めながらぶつくさ言う。
「ダラしない薪だな。ファンの力を借りないと一人では燃えられないのか! さっさと一人で燃えろ!」
 ん! この薪はファンに支えられているワシなのか! 
 支えてくれるのなら、じゃあ、しょうがない、お返しにみんなの心暖かくしてやるわ!

2015年1月3日土曜日

[5120] 初雪下ろし

大雪。屋根の雪下ろしながら思う。
 心が平和の中にいるのなら、当然喜びや安心を感じ続けるだろう。心が平和から離れれば離れるほど、当然心に喜びも安心もなくなる。心にいつも雨や雪が降っていて日射しが当らないようなもの。暗くじめじめな感じだ。これでは心の中は憎しみや妬みや怒りの温床だ。
 ところで憎しみや妬みや怒りなどは全て他人に対するものだ。自分の心が他人に乗っ取られているわけだ。なぜに大切な自分の心を他人でいっぱいにする。善いものは無心だよ。心に何も無いよ。
 軽く息を吐くようにフッと捨てちゃえ!

[5119] 同級生

中学時代の同級生が数人碁点温泉に集まった。話はもちろん思い出話が多い。でもワシって過去の話しにはそれほど興味がない。そんな中、過去ではない話し、一つ気になった。
 T君は毎年バイクで北海道をほぼ誰とも会うことのない一人旅をするという。
 いいなぁと思った。それってたぶん悩みを味わっていて、それを振り払おうと風になっているんだと思う。

2015年1月1日木曜日

[5118] 初

明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願い致します。

 今日は一年ぶりに一日中『初』なんとかをやりました。

 展示会案内
新春開運招福 福ねこ屋
会場:グランデュオ立川 1Fイベントスペース
会期:2014年12月31日(水)~2015年1月13日(火)(元旦は休日)
営業時間:午前10時~午後9時
問合せ先:042-540-2122