2021年3月21日日曜日

[7388] 生飯(さば)

 ●生飯(さば)

 SS(スーパースタッフ)は、カレーやうな丼などの丼ものは、必ず、ごはんを一口残す。カレーの量とご飯の量をバランスよく食べれば残さないと思うのだが、ごはんを半分にしても、ごはんを一口残す。ある意味器用だと思った。

 このことを『猫神様』展示している寺の住職に話したら

「それは生飯(さば)のことではないですか? 自分のご飯の一部を取り分け、餓鬼や鳥魚などに分け与える仏教的な作法の一つです。もしそうだったら、奥さんは良い育てられ方をしましたね。我が家でも祖父が熱心で、朝食の時の食べ始めに、お皿を回して自分のご飯の一部を取り分け、食事が終わると池の鯉に与えに行くのが子どもの仕事でした」






2021年3月20日土曜日

[7387] 鶏が先か、卵が先か

 ●鶏が先か、卵が先か

小学生の頃、

分度器を使わないで

角の三等分に挑戦し

鋭角だけは解いた。

大人になって

『鶏が先か、卵が先か』

これに挑戦。

去年、この答えが見えた!

それをたまに人に話すのだが、

人は、ぼやーっと見えるだけで、

ぼやーっとだから

忘れてしまい

元に戻る。

この問いに興味を持ち

自ら進んで

解こうとしてくれたら

話は面白いのに。

そしたら一緒に次に行ける。



2021年3月19日金曜日

[7386] ガハハ派

 ●ガハハ派

 昨今はアウトドア派というのか、一人キャンプや山散策、釣り、茸採り、山菜採りと心地よい過ごし方が増えている。

 知人家族がうちの隣で火を焚いてキャンプしていたので参加した。ワシにはくそ寒かったのでもう参加しないだろう。

 ところでアウトドア派の反対はインドア派だ。外に出ないで屋内で時間を過ごす人たちだ。仕事柄、ワシはこっち派だ。というか性格が引きこもりだからこのような仕事になった。

 ところが朝から晩まで籠もって粘土いじりしてた30代後半のある日。疲れて背を伸ばしふと庭を見たら、草で茫々、荒れていた。気分転換に草を毟ったら、崖があり、なんと梯子を発見! この先には何があるのだろうと上って崖の上に立った。見晴らしがいい。清々しい。背の高い草をかき分け進んだら、木があり、なんと花が咲いていた。おっ! キレイ! 庭に目覚めたわけだ。

 そしてアウトとインが繋がった庭派になった。だから家の周りはみな庭、庭の雪掻きだって楽しいということになる。

 写真は数年前の庭です。夏になったら庭がこうなるように毎日庭いじり。

 内と外を分断したりしない、ガハハ派! なのだ。



2021年3月18日木曜日

[7385] 庭いじり

 ●庭いじり

とりあえず何もなくても

雨が降らない限り、

毎日、庭に出る。

やることが自然と出てくる。

一時間ほど庭いじりをする。

ユキヤナギの株が

崖の淵に10株ほどある。

雪から取り出し立てる。

かなり折れている。

もう雪の中で芽が出ていた。




2021年3月17日水曜日

2021年3月16日火曜日

[7383] 体脂肪

 ●体脂肪

この冬は雪掻きが

楽しくなってハマっていた。

ふと思った。

雪掻きが楽しいのだから、

スノボーやスキーや

海のサーフィンなんかも

多分楽しんだろう。

でも雪掻きはやりたいが

スノボーもスキーもやりたくない。

手軽に楽しめる

雪掻きに勝るスポーツはないと思う。

ところで

雪掻きで大汗かいて

体が締まってきたので

体脂肪率を測ったら

15%だった。

なんか良いんだか悪いんだか??

まったくわからん!



2021年3月15日月曜日

[7382] 空の青

●空の青

 春ですね。空が青い。

 小説『自由自在堂』は僕の自伝的小説だが、主人公は僕ではない。主人公は芹沢くんという僕より若い青年だ。僕も芹沢くんもタイトルの画材屋の自在堂に育てられた。まるでゴッホに金銭的援助をした弟テオのような画材屋だった。

 昨今はアートで起業したりアートによる地域興しなどが盛んになっている。それはそれで面白いし進めるべきだと思う。僕も廃れつつあった日本文化の招き猫を仏像と組み合わせ復活させた。反面、それではアートの全てが社会や経済に捉われ檻の中だ。アートの大切な面を置き忘れてしまう。そういう狭い檻から果てしなく解き放たれた純粋な精神がアートにはある。このような純粋性に時間の概念は通用しない。だから過去にも未来にも今にも、決して消えることなく存在する。太古からある空の青のようなものだ。

 芹沢くんはそんな俗な世間に左右されない純粋な空の青さを持ったアーティストだった。

写真:二十代、来日したジョン・ルーリーのいるバンドのバックの絵を描いた時。