●平気
「政治は生活の隅々まで影響を及ぼしている」
そうかしら? それって脅しっぽいな。
『Don't Worry - Be Happy!』の言葉は
脅しの影響を受けない。
意味は『なるようになるさ、平気さ』かな。
これは無計画なキリギリスなのか?
いやいや坐禅すれば
規律正しいキリギリスだよ。
もりわじん絵日記
2026年1月11日日曜日
[9042] 平気
2026年1月10日土曜日
2026年1月9日金曜日
2026年1月8日木曜日
[9039] 非人間中心
●非人間中心
庭に出たら白鳥が一羽
美しい!
この地球の中心は人間ではない
山あり谷あり崖あり川あり海あり
水あり雪あり風あり晴れあり
動物あり植物あり菌類あり
勝手に木は伸びる
勝手に花は咲く
勝手に雪は降る
勝手に晴れる
勝手に白鳥は泳ぐ
2026年1月7日水曜日
[9038] 庭
●庭
なぜわざわざ昔のものを復活するのか? 生活が豊かになる根幹がそれだからだ。そうそう復活したいものに『庭』もある。
30代後半、千葉に住んでいる時、朝から夜まで粘土いじり仕事仕事時間に追われていた。人気絶頂の頃だ。この時何のための人生? と手入れもしてない草茫茫の猫の額ほどの庭を見ながら自問した。何の気なしに庭に出て草取りをした。崖があり上った。梅の花が咲いていた。家から5mも離れてないすぐそこだ。梅の花を見た後、周りを見たら全てが違って見えた。よく言われるマルチバースがこれだ。物理学でもスピ系でもない誰もが見逃している当たり前の事実だ。人間の目は事実に節穴だ。情報に捉われているからだ。
千葉から庭メインに考え神奈川の田舎に引っ越した。そして数年後、家が中心ではなく庭を中心に山形に家を設計した。
仕事が中心でもない。もちろん仕事に関わる世間も中心ではない。仕事は職業だから業なのだ。職業ではなく金にもならない庭造りを中心にしたのだ。
庭造りは世間の風に流されず日々是好日の中に住める本物の木の根幹だ。自然から学んだ無常観こそが全ての根幹にあることを知る。世間の情報や政治経済は枝葉末節、ほぼ忌み枝、思いっきり大胆に剪定すればいい。
2026年1月6日火曜日
[9037] 年頭所感
●年頭所感
謹賀新年。
去年は益子のもえぎ本店での生涯最高の個展。廃れていた『招き猫』を現代に復活させたと自慢銘打った。今、招き猫は人々の生活に浸透している。この役割大成功。そして役割延長、次に復活させたいのが『坐禅』だ。ついでに『サトリ』もね。人はこれが中心であることを忘れているから。木で言えば根だし幹だ。政治経済は枝葉末節だ。
子供の時、花祭りの日お寺で甘茶に喜び地獄絵図を見て驚き両極端を知った。この時から既に私の仏道運命は始まっていたような気がする。この達成することのない無上道を達成するために歩む。
2026年1月5日月曜日
[9036] 呪文
●呪文
毎朝坐禅前に四弘誓願を唱える。唱えた瞬間に新鮮になる。昔の偉い坊さんは不思議な呪文を考えたものだとつくづく思う。
人は四つの誓願の一番を思うが二番は無視し三番は怠け四番はわからない。四つの誓願の中にそれぞれに無辺、無尽、無量、無上がある。どこまで歩いても辿り着かない無限に続く道を歩くことなのだ。これは事実だから誓願とは言うものの本来の人間の姿勢だ。それ以外のいろんな目的はある時期の思い込みによる人生勉強にすぎない。目的を達成できなかったとしてもそれはそれでいい学びだ。また目的を達成したとしても人生はまだまだ続くからまだまだ学びが必要だ。そして人間が望んだ全ての目的は何にもならない結果に終わる。四弘誓願の無視した二番目を見ればわかる。「煩悩は無尽」だから満たされることはないのだ。
誰もが子供の頃からいつの間にか目的から結果に向かうベクトルを植え付けられているので、この四弘誓願の内容こそが万人の真の目的であることがわからない。唱えて意味など吟味すれば、まさに新鮮になる。毎朝唱えることで今日一日の歩いている道に明かりが差す。
























