2024年3月11日月曜日

[8371] 老後

●老後


 僕も六十半ばを過ぎた。老後を考えてみた。老後とは老いた後だから死しかない。妙な言葉を作ったものだ。幻想だね。老後にまつわる言葉に孤独死や老後資金とか介護などがある。考えてみたがこのような事は賢しらな奴らが考えた煽り過ぎた心配事だと思う。若い頃は仕事のことや性欲などの心配事が歩く道にばら撒かれていた。生まれてから死ぬまでずっと心配事が道にばら撒かれているのだ。これは罠だね。

 さて老後など老後の経験がない者にわかるわけがない。知識や情報はあるが本物とは全く違うものだろう。例えば絵を描いて他人に見せる。他人はその人の知識で感想を言う。若い頃は、他人の意見と同じ感覚があればそうなのだろうと学んだ。しかし絵を描き続けているとどんどん我が道を歩き始める。名声も経済も通り越して歩き始める。もはや脱世間だ。そうなると世間の情報などそれほど気にするものでないことがわかる。

 情報とは頭の中の絵空事だ。これを川泳ぎで喩えれば、川で泳いでない人が泳ぐ人を妄想しているようなもの。川水の温度も流れの強弱、刻一刻と変化する外部に対して、呼吸や筋肉、その都度感応対応して泳いでいる。これらは本人の脳だってわからない身体が勝手に反応していることだ。傍から見てる他人の脳にわかるわけがない。このように我が道はいつだって妄想の入り込める余地もなく透明で険しいからこそ楽しい。これがイイあれがダメなどない。自分に与えられた透明な道を他人と比較せずにしっかりまっすぐ歩けばいいだけだ。だからばら撒かれた心配事の情報は気にする必要はほぼない。

 つまり老後は大袈裟に考えない。ばら撒かれた情報には捉われない騙されない高を括る。自分の脳でもわからないのだから無理しない頑張らない適当。社会があるのだから助け合いながらも我が道をゆく。未来はなるようにしかならない。天気だって当たりもしないのに、老後など尚更だ。





 

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