●起きろ!
「現実を見ろ」とか現実主義者は言う。 現実には「頭がいい」と言う言葉がある。頭がいい人は自分で「頭がいい」とは言わない。アホがその言葉を使うわけだから現実には『頭がいい』というリアルなものはない。現実主義者は夢を見てるんだ。
ではその現実から逃避したような精神主義者はどうだろう? 精神主義者は『宇宙』などの言語を使う。『宇宙』のイメージは素晴らしいから言葉が違うだけで『頭がいい』と同じニュアンスだ。だから精神主義者も夢を見ている。
昔、夢を見た。僕は崖登りをしている。もうすぐ頂上なのに、眠くて眠くて崖から落ちそう。その時、天から声が「起きろ!」って。それで起きたらベッドの上にいた。
もりわじん絵日記
2026年5月22日金曜日
[9173] 起きろ!
2026年5月21日木曜日
[9172] 切る
●切る
よく繋がりと言うが
「繋がる」とは「切る」こと
『大切』は
巻き込もうとする
大きなものを切る
『親切』は親とは依存心
依存心を切る
へその緒を切ったのだから
事を終えたら
馴れ合いは切る
期待は切る
情は切る
不自由を感じるなら
縛る後天的思考を切る
白紙が清々しく
雨を感じる
2026年5月20日水曜日
2026年5月19日火曜日
[9170] 軸
●軸
DMの華道の絵。床の間の掛け軸のよう。
人には『軸』が必要だ。軸がないと揺れる。軸を悟る。
争いとは揺れた対の陰と陽の軸争奪戦のような気がした。陰陽、左右、上下とか二元の軸の争奪戦。軸はどちらかに偏ったら軸ではない。有るようで無い、無いようで有る。言葉では表現できない。手に入れることはできない。無色透明だ。だから争奪戦そのものは意味のないアホなことだ。それでアホは暴走して殺し合い。戦いはどちらかに軍配が上がるがそれは軸では無いし、軸を知ったわけでも得たわけでもない。あいも変わらず軸なしの無知。
陰陽は相互依存関係にある。陰にしろ陽にしろ単体では存在しない。だから勝っても負けても虚しい。陰でも陽でもない軸、陰でも陽でもある軸。それがDMの華道の絵だ。そんな透明な己の軸を見つける。揺れない軸そのものが坐禅だ。
2026年5月18日月曜日
2026年5月17日日曜日
[9168] 盲点
●盲点
『盲点』という作品がある。
観客が参加できるもので
自分の盲点がわかる実験ができる。
ここまでは普通だ。
でもこの作品はその先がわかるのだ!
写真ではわからないが現物を見ればわかる。
世界に一つしかない。
みんなを感動させている。
「これこそ盲点ですね!」と言われたり
「もりさん、哲学者ですね」と言われた。
ふ~ん、こういうのを哲学というのかと思った。
2026年5月16日土曜日
[9167] 個展タイトル
●個展タイトル
タイトルの『とうとう来たね、そろそろ行こうか』
これは私なりに『今』を表現した言葉だ。
『今』は「今だ」と思った瞬間にもう過去だ。思考は行為より遅れるから、もしくは先走る。実際、『今』はいつだって言葉にできないし感じることもできない。『今』を知りたくて描いたのちが未来だ。それは『今』という妄想理想だ。理想はやって来ても当たり前に去ってゆく。定着したら古くなるからだ。
あなたはここまでとうとう来たね。『今』はここに来た。そして留まることなく、そろそろ行こうか。『今』とは来て行く地に着いた根源的身体行為だ。飛ぶ鳥跡を濁さないカッコイイものなのだ。























