●花
華道の絵に花はない
なのに花を感じる
誰だって
透明な道を進めば
花は咲いている
のを感じる
もりわじん絵日記
2026年5月18日月曜日
2026年5月17日日曜日
[9168] 盲点
●盲点
『盲点』という作品がある。
観客が参加できるもので
自分の盲点がわかる実験ができる。
ここまでは普通だ。
でもこの作品はその先がわかるのだ!
写真ではわからないが現物を見ればわかる。
世界に一つしかない。
みんなを感動させている。
「これこそ盲点ですね!」と言われたり
「もりさん、哲学者ですね」と言われた。
ふ~ん、こういうのを哲学というのかと思った。
2026年5月16日土曜日
[9167] 個展タイトル
●個展タイトル
タイトルの『とうとう来たね、そろそろ行こうか』
これは私なりに『今』を表現した言葉だ。
『今』は「今だ」と思った瞬間にもう過去だ。思考は行為より遅れるから、もしくは先走る。実際、『今』はいつだって言葉にできないし感じることもできない。『今』を知りたくて描いたのちが未来だ。それは『今』という妄想理想だ。理想はやって来ても当たり前に去ってゆく。定着したら古くなるからだ。
あなたはここまでとうとう来たね。『今』はここに来た。そして留まることなく、そろそろ行こうか。『今』とは来て行く地に着いた根源的身体行為だ。飛ぶ鳥跡を濁さないカッコイイものなのだ。
2026年5月15日金曜日
[9166] 無色透明な道
●無色透明な道
ギャラリー猫町はとても古い3階建ての建物。1階と2階がギャラリー。昨日は展示で階段の上り下り。膝が痛い。いつもと違う新作のキーボードのインスタレーションがあったので作業の流れが見えなかった。少し心配だったが無事設置完了。今朝、あいも変わらずの早朝坐禅、その後、展示空間を眺めたがなかなかイイ。キーボードのインスタレーションは実験的に家の庭でもやった。ここでは古民家に似合うように展示した。この作品は多分どんな空間もクリアーする無色透明な道だと思う。ホワイトキューブだろうが古民家だろうが美術館だろうが高層ビルだろうが廃墟だろうが田園風景だろうが…
朝の散歩。人が多い。携帯から目を離さずに歩く人が多いようだ。思わず「危ない!」と言いたくなるほど電柱にもぶつからずスレスレに避ける。都会人は情報過多で心が居場所を失い浮遊し精神科に通わなければならなくなる。そこで情報を追いながらでも生きて行くため身の回り40センチにバリアーを張り、物を避ける新しいセンサーを身につけた。精神は携帯の中にあるのだ。珍しい生き物を見たようで楽しい。もし携帯からもついでに精神からも目を離し、心が身体に戻ったらさぞ面白いだろうに。そここそ無色透明な道だ。思いっきり電柱にぶつかって痛みに我に還る。
2026年5月14日木曜日
2026年5月13日水曜日
2026年5月12日火曜日
[9163] プチプチと暴走
●プチプチと暴走
梱包材のプチプチがヤバいって。
原料が石油だからね。
こんな時代が来るかと思って古いプチプチは捨ててないもんね。
政治家が偉ぶって社会乱しても平気だもんね、バーカ。
元々親とか上とか大きなものには依存しない精神だ。
ところで政治家だけでなく人間はみな目立った始めは新鮮で面白い。
ところがそのあと調子こいて自意識過剰自惚れ暴走する。
絵なんかもこれまでになかった新しいのができると感動で面白い。
ところが金になって調子こくとその絵に縛られ抜け出せなくなる。
新しい絵が降ってきていても気付かない。
こうなると目が大事な絵描きなのに盲目だ。
もはや新鮮な感動はなくそれを補うように金儲け安定に走る。
理屈並べて自己弁護し始めたら言い訳であってもう古びているのだ。
事を面倒くさく重大にしているのは己自身の思考言動だ。
自然も社会も己の心も山あり谷あり。
よくよく足元観てないと山から谷に真っ逆さまだ。
脚下照顧。





















