●超巨大作品
数年前に香港でこれまでにない巨大作品の個展の話が持ち上がった。国際的なことなので、色々あって、延期延期だった。でもとうとうそれが無くなった、多分。
実は正直これで良かったと思っている。
なぜなら10m級の巨大作品は素材がFRPなどのプラスチックだ。そんなのがボコボコ数点もある。展示会は賑やかお祭りイベントでいいが、その後いづれそれらの作品はゴミになる。私は土や現代の人口物を使った作家ではあるが庭好きな自然派でもある。頭は人口美術思考でも身体はどこからどう見ても自然物なのだ。巨大作品は頭のエゴの展示でしかないような気がするのだ。
私の唯一の巨大作品は住んでいるこの家だ。作品を粗大ゴミにしないため、美術館という集合墓場に行かせないため、頭と身体が生活する経年変化する家を作品にした。もちろん庭も含むし川や山や空も含むから超巨大作品だ。
人間は生きている限りエゴだ。エゴで生きている限りは無知だ。しかしエゴを暴走させず知足で生きることが最高の智慧の発露となる。
もりわじん絵日記
2026年6月21日日曜日
[9203] 超巨大作品
2026年6月20日土曜日
[9202] 円
●円
スズメが地面でケンカしている。
死ぬんじゃないかと思うほど突き合っている。
あまりにあまりなので物を投げたらスズメどもは散らばった。
ところでコンパスで半径10センチの○を描く。
この円が地球だとすると細い鉛筆線が人間の暮らしている大気圏だ。
人間の住んでいるところは細く狭いのよ。
月だ火星に行くんだと言っても、それでも大したことないのよ。
狭いところでは助け合わないと。
2026年6月19日金曜日
[9201] 同級生
●同級生
夢を見た。
ちょうど今頃の季節で、僕は生まれた実家にいる。
家の前の道を見たことのある女性が歩いていた。
小中学同級生のキクちゃんだ。
懐かしいなぁ。何十年ぶりだ。
僕は彼女に声をかけた。
ほんの短い間、昔話をした。
なぜか涙が出る。
拭いても拭いても涙がとめどなく流れる。
目が覚めた。
時計を見たら真夜中の0時になるところだった。
ふと思い出した。
キクちゃんはずいぶん前に若くして亡くなっていた。
起きて坐禅しながら思った。
お盆の時期に個展をしよう。
2026年6月18日木曜日
2026年6月17日水曜日
[9199] ポール&ホール
●ポール&ホール
タイトル『ポール&ホール』
ペリキズシミによる男女の裸体絵だ。
根元に興味津々なので、やはり男女の根源も描くことにしたのだ。
女性が『ホール』で、男性がもろちん『ポール』だ。
『ホ』に⚪︎が付いているのが『ポ』
なんか妙な感じだ。
デザインして思うのは『ホール』の摩訶不思議さだ。
盲点にしろブラックホールにしろ
ミクロからマクロまで何もかもホール。
疑問は「ホールは有るのに無いのがホール」なんだ。
これで男は『ポ』っとする。
2026年6月16日火曜日
2026年6月15日月曜日
[9197] 初身
●初身
初心に帰るってのは陰陽以前に帰る事でなかなか大変なことだ。好き嫌いや善悪以前だから。人は後から付いてきたお金や我欲に縛られ身動きが取れない。初心など遠い遠い夢だ。子供の頃の自由さもない。そこでお金があれば自由になれると思い込まされ、ますます金に囚われる。我欲を負い追い老い疲れ自由になる前に死んじゃう。
何かしらで縛るような世間というものは意識でできている。有名人などは若い時代に活躍したものの老けたりボケたり子供が自殺したり犯罪したりであの成功はなんだったのだろうと忘れ去られる。虚しいものだ。
意識は時間が繋がってないのだ。映画のフィルムのように、デジタルのドットのようにバラバラなのだ。だから人は繋がりが欲しいわけで繋いだとしても映画のように作り話でしかないからそのうちまたバラける。
ワシなどはめちゃくちゃ才能があって天才(初心大事能力)なのに意識の世界では無名匿名有名を行ったり来たりしている。自閉的なので無意識に意識的な世間に脅かされることを避けているようだ。いい言葉では中道を手探りして歩んでいる。そこは透明な軸だ。AIだって理解不能なものだ。理解すれば透明ではなく汚れるからだ。世間の何かしらに縛られないなら世間的達成は遠いが、逆の方向の初心が気になるわけでこれは運がいい。でもそれでも世間的人間だから初心を忘れる。そんな時に坐禅と出会った。これも運がいい。坐禅は偽りの世間から逃れる唯一の行為で初心そのものだ。やってもなんでもないのは不完全な意識とは無関係だからだ。だから坐禅は完全なのだ。頭ではわからない。身体がそもそも初めから初心=初身だ。

























