2026年8月25日火曜日

[9268] 裸体画

 ●裸体画
 今回の秘宝作品は全て、新庄市のデザイナー吉野敏充さんのところに所蔵されることになりました。有り難いことです。ありがとうついでだから吉野様に未発表の裸体画千点を寄贈することにしました。モデルは若かりし頃、私めの画学とスケベのために惜しげも無く裸体を曝け出してくれた自由で美しい女性らです。彼女らに感謝の意を込めて、、、
 吉野さん、いつの日か、思う存分、スケベ展を開催してください。





 

2026年8月24日月曜日

[9267] 穴不思議

●穴不思議
覗き穴展(いつの間にか「秘宝展」ではなく「覗き穴展」に変更していた)を終え
『覗き穴』を考察。
盲点の実験がある。黒い面の中心に白い点を置き、片目を閉じてその点を見ながら、もう一方の点を探していく。ある位置にくると、白い点が突然消える。消えたところは、黒い面のまま見えている。
では、「見えない」とは「黒い」ということなのだろうか。
以前、真夜中の山道を歩いたことがある。月も星もなく、明かりがまったくない。前が見えないだけでなく、自分の手さえ見えなかった。その時の「見えない」は、たしかに黒だった。
しかし盲点の実験では、黒い面の白い点は黒くなって消えるが、白い面の黒い点は白くなって消える。赤い面なら赤くなる。
つまり脳は、見えないものを単純に黒くしているわけではない。
見えない部分を、周囲の情報で埋めてしまうのだ。黒いものは黒く、白いものは白く、赤いものは赤く。そこに「ない」はずのものを、周囲と同じように見せてしまう。
「ある」を「ない」にし、「ない」を周囲の情報で埋めて、偽の「ある」にする。
では、この「見えないもの」が点ではなく「穴」だったらどうだろう。
穴もまた、周囲の情報によって埋められてしまう。穴があるのに、ないように見える。ないものを、穴以外の別のものであるように見せてしまう。すると、穴は遠くなる。
穴は見えなくなっただけで多分ある。私たちはその穴から逃げることができる。それは、解脱なのかもしれない。
そもそも「穴」とは、「ない」ことによって存在するものだ。
「穴がない」と言えば、「穴はない」。
「ない」のが穴なのだから、「穴がある」とも言える。
ないのに、ある。あるのに、ない。
穴とは、あな不思議。





 

2026年8月23日日曜日

[9266] 秘宝最終日

 ●秘宝最終日
やはり最終日。
久しぶりの方、たくさん来た。
「覗きはいい」
そんな開放的なお言葉を
皆さん持っているようで嬉しい。
満足する展示会でした。
ありがとう。




 

2026年8月22日土曜日

[9265] 存在消され

 ●存在消され
明日で最後の前日の今日の秘宝展は午後3時まで。どこぞの高校の合宿BBQで秘宝は目に毒とパネルや衝立で存在を消されることになったのだ。先生の指導が入った模様、空模様は快晴なのに、オレの心は雨模様。なんてね。で、3時で帰ったら、知人から「今見てます」、義理の姉が「素晴らしい!」と感動してますと連絡が入った。あらら。今日はこれでよしとしよう。




2026年8月21日金曜日

[9264] 秘宝展そろそろ

 ●秘宝展そろそろ
秘宝展
明日と明後日で終了します
覗き忘れの方はどうぞ
秘密裏においでくださいませ
僕は午後から覗き見張しております





 

2026年8月20日木曜日

[9263] 生かされている

 ●生かされている
今朝も4時に目が覚める
私は生きている
「生きている」ってことが表なら
裏には「生かされている」がある
この「生かされている」ってことを
つくづく心得ることだと
しみじみ思う
たまにはただただ
「生かされている」
ことだけを感得することだ





2026年8月19日水曜日

[9262] 葬式

 ●葬式
鳥が空を飛んでいる。
絵で言うなら、巨大なキャンバスに空の真っ青を塗ったのに、鳥の形のような塗り残しがある。
この真っ青に塗ったところと、塗り残したところを合わせて、飛んでいる鳥なのである。
鳥だけでも、空だけでもない。
その両方があって、鳥が飛んでいる。
今日、母親は空になった。