●至福
昨日はハスの植え替え。今日は池のスイレンの植え替え予定だったが肩が痛い。休みだね。
写真は2019年の8月の庭、今年もこうなる筈。SSとピニャモとハスのうしろのツタの絡まったパーゴラ、小さなツタを植えてこうなるまで3年かかった。私が作ったと言うよりツタの生き様だね。
植え替えなどの庭事が心地いいのは大自然と自分がピッタリなれるからだ。虫や植物や土・空・太陽・人がおのおのの持ち場にきちんといてズレがなく調っているのだ。最もいいのは余計な考えなど入る隙がないってことだな。情報漁って余計なこと考えている暇があるなら植え替えでもやった方が自分のためだし世のためだよ。
たいてい人間の考えはどんなに素晴らしくても人間の考えだからそのうち壊れる。所詮作り物。西洋の知は客観的な理性止まり。それではいま一歩足りないってことが理解できない。だから満たそうと欲張り争う。その点、禅は『足るを知る』だから、それらを超える。そこがピッタリ至福よ。
もりわじん絵日記
2026年4月18日土曜日
[9139] 至福
2026年4月17日金曜日
[9138] ハス植え替え
●ハス植え替え
2026年4月16日木曜日
2026年4月15日水曜日
[9136] じゃがたら
●じゃがたら
映画『ストリート・キングダム』を観た。じゃがたらがメインかと思ってたが、違ったわ。まぁそれでも色々と懐かしい場面や場所など「こんなんだっけ?」と思いながら、それなりに楽しめた。
私の20代はじゃがたらを中心に渦巻く世界だった。ボーカルが江戸アケミ。歌詞に毒はあるが普段は人の悪口など言わない人だ。他人の苦悩を抱え込み、全ての人の心の解放を探究している心優しいほとけのような人だ。じゃがたらの歌を聞けばいい。普通ならケンカになるような言葉が実に心地よく身体に馴染む。意味を超える力がある。良し悪しの檻から身体のうねりを通して抜け出す。じゃがたらはパンクでもロックでも演歌でもゴスペルでもファンクでもジャズでもなんでもない。そんなジャンルに囲い込まれない。じゃがたらという音楽だ。
ところでお釈迦さんは36歳で仏陀になった。アケミは36歳でこの世を去った。同じく仏になったのだ。そして今再び菩薩として蘇ってきたような。そういやゴッホも宮沢賢治もボブ・マリーもその辺りの年齢で亡くなっている。たぶん誰もが仏を見てしまう年齢なのだろう…気づけばの話だが。ちなみに私は36歳で猫仏を作った。作らされたのかもしれない。なぜならその後一年間下痢が続いたのだ。本体が頭から身体に入れ替わろうと邪を吐き出していたような。
添付は20代に私が描いたアケミの肖像画、それとじゃがたらメンバー。描いたTシャツなど。こうやって自分の絵が未だにじゃがたらに関われていることがとても嬉しい。映画には出てないよ。さて俺は俺の踊りを踊ろう。
2026年4月14日火曜日
2026年4月13日月曜日
2026年4月12日日曜日
[9133] トリマー
●トリマー
作品を壁にかけるために
板の裏に溝をトリマー
下手で真っ直ぐできない
どうやってやるのか悩む
SS「ネット見れば」
気づかなかった!
大体私は説明書を見ない
なんでも勝手に適当にやってしまう
いい加減な性質だ
ネットでやり方を見た
完全にやり方間違っていたわ
なるほど、便利なものがあるものだ
でもやりながら自分流を発見!
それにしても手首が痛い

























