●ボッキディウム・チンチンナブリフェルム
「ボッキディウム・チンチンナブリフェルム」
これ虫の名前、ラテン語らしいけど、よくまぁ、日本語のエロネタが並んだね。
それに姿形があまりにキテレツ、玉に毛生えているし。
キテレツだから、日本語を知っている生物学者が他の学者には内緒で冗談半分でつけたんだと思うな。
それにしても実に面白い虫だ!
ふと思ったのは、好き嫌いに左右されていたら、上から降ってくる運を見逃してしまう。
下から湧き出る情熱を掴み損ねる。
前からやってくる未知の閃きに気付かない。
後ろからやってくる驚きに怯んでしまう。
この虫にそーっと耳を澄まそう。
もりわじん絵日記
2026年10月8日木曜日
[9312] ボッキディウム・チンチンナブリフェルム
2026年10月7日水曜日
[9311] 脳梁分断解消
●脳梁分断解消
秋晴れ。
庭の鉢植えの半分を家の中に移動する。
少しずつ冬支度ですね。
人間の思考は感情に左右され、左右に分断する。
粘土をいじる時は左右の手が協働する。
手作業や祈り、歩行など、己の中の分断解消行為なのだろう。
この時、左右の脳の間にある脳梁が活動しているのでは。
世界のどこかで分断があっても
ここに脳梁分断解消手仕事が行われている限り
本体および世界はうまく機能する。
毎日、欠かさず手仕事やってください。
2026年10月6日火曜日
[9310] 毒と薬
●毒と薬
胡桃割りにほじくり、昔と違ってスムーズ。
うまいので、今日も胡桃拾い約200個。
こういう時間が楽しめるようになった年になったのかも。
まぁ坐禅のおかげだろうな。
ところで鬱は坐禅で治るね。
坐禅が揺れて左右に散らばったのが鬱と躁だと思う。
薄暗い部屋で壁に向かって瞑想するのが坐禅だ。
この「薄暗い部屋で壁に向かう」ってのが大事だ。
陰鬱な感じだね。
「毒を以て毒を制す」もの。
爽やかで清々しいところではダメだよ。
ヒーリング曲なんて、とんでもない!
たまには気晴らしでいいが、
「薬を以て薬を制す」ことになる
つまり自然治癒力を制してしまう。
2026年10月5日月曜日
[9309] 月が綺麗ですね
●月が綺麗ですね
「I love you」を夏目漱石は「月が綺麗ですね」と訳した逸話がある。
都市伝説とも言われているが、この言葉が後世に残ったことには深い意味があると思う。
「月が綺麗ですね」には「I」も「you」も「love」もない。
そこに私もあなたもいない。
私がいないならチンケな欲望の「love」もない。
ここには全てを包み込む大きな愛しかない。
夜空に浮かぶ月を見ている男女の風景世界何もかもが愛に包まれているのだ。
先端コンピューターの量子ビットに照らし合わせると「I」が「you」と重ね合わさる「love」なる。
まぁシャレだが、これではまるで機械的な行為だ。
やはり粒子の私やあなたでは何度重ね合わせようと「月が綺麗ですね」にはならない。
粒子などない「月が綺麗ですね」からの考察が本来の量子の重ね合わせだと思う。
そのようなコンピュータでなければ月は綺麗だという感性がないということを示唆しているような。
※さて、満月の絵を展示します。
場所は村山市甑葉プラザ隣のkiwa、時は水曜日『薬膳料理いとうや』で。
2026年10月4日日曜日
[9308] 生命
●生命
今朝も金木犀の香りが心地よい。
ところで
私に「金木犀の香りが心地良い」記憶があるわけではない。
ある時、いきなり心地良いと感じたんだと思う。
そこから「金木犀の香りが心地よい」という記憶になった。
その最初の心地良さはいったいどこからきたのか?
記憶でなければ一体何?
記憶になる経験や知識以前のものだ。
この香りは自分の生命の一部。
秋のおかげで
離れていたオレが
オレのところに戻ってきたのだ。
2026年10月3日土曜日
[9307] ノンエ語
●ノンエ語
日本人は世界で稀な言語を持つ。
英語では自分のことを「I」だが、日本語では「私・ワシ・オレ・僕・おいら・我輩」などたくさんある。
それらは状況によって使い分ける。
つまり主語は環境と共にある。
それに英語の会話では「I」が「アイアイ‥」つまりオレオレオレとウザい。
反対に日本語では主語をほぼ言わない。だから周りの日差しや風が心地いい。
日本語はノンエゴを基本にしている言語なのだと思う。
そこで、ここでは日本語を『ノンエ語』と呼ぶことにする。
ノンエ語は地球人に必要で、たまたま日出る日本がそれに相応しかったのかもしれない。
日本人は他に類を見ないノンエ語を使えることを誇りに思い、大事にしなければならない。
ところが「空気を読まない・自己肯定感・我慢しない・自我剥き出し・好きか嫌いか」等。
このような欧米のエゴを真似るのは仕方ないが、反対の意味深いノンエ語を捨ててはいけない。
さてノンエ語人は、上下左右前後東西南北あらゆる方向の空気を読める。
だから日本にはあらゆる方向の食べ物がある。それが美味い。こんな素晴らしい国は他にない。
ノンエ語人は、我慢強く内省し、自己否定して成長する。だから探究心があり内面が豊かである。
ノンエ語人は、自己を主張せず、譲り合うから争うことはほぼない。みんなと協調協働する。
ノンエ語人は、オレオレオレの自我剥き出しの自己中ではない。だから智慧を身に付ける。
ノンエ語人は、リテラシーがあり、己の好き嫌いなど超えたところにいるので透明感がある。
ちなみにエ語(英語)は、『 I 』中心なので、身近な友の心も子の心も支配する・支配される関係になる。
もしくは孤立する。外的な社会にはある程度向いているが内面が貧弱のままだ。
ワシの姪っ子は英語が堪能だが、日本語がパープーだ。これではいくら英語を学んでも中身は空っぽ。
ノンエ語を深く学んでからエ語を話すべきだね。
これで全てが観える。
2026年10月2日金曜日
[9306] 上の空
●上の空
よくよく考えれば、庭仕事などあらゆること、本来の仕事である粘土も雑用だと思う。
人間は先先と幸不幸を思い描き、我が幸は満たされてない、世の不幸は腹立たしいと思い込む。
どれもこれも頭の中の出来事、妄想だ。
頭は大地の足元から離れている。
身体から浮いてふらつくからイメージに振り回される。
ずっと高いところにいて優越感を味わいたいから、魂は永遠と身体を殺す自死まで考える。
知識認識阿頼耶識と理論を組み立てる。
足元の雑用こそ現実であり真理なのに、高い頭は下を見ず、上の空。


























