●葉柄
パーゴラのツタの葉が落ちて
葉柄がザンギリ頭のようになっている
11月の恒例
美しいパンク風景画だ
ところで木からすれは落ちる葉だが
地面からすれは降る葉だ
上にいればそのうち落ちるが
下にいればそのうち埋もれる
もりわじん絵日記
2026年11月6日金曜日
[9341] 葉柄
2026年11月5日木曜日
[9340] 鵜
●鵜
鵜の羽毛には油分が少なく、水に潜りやすくなっている。
時々、川の石の上で翼を広げ乾かす姿を見かける。
さて読書して他人の考えを学ぶ。
感心しても鵜呑みにしない。
自分は天邪鬼かなと思ったが、違う。
やはりその思考には必ず裏がある。
そして裏の考えのものも学んでみる。
やはりそれも鵜呑みにできない。
この考えにも裏があるのだ。
では、裏の裏は表か、そうではない。
例えば右の考えを学ぶ。
その考えには裏がある。
裏である左の考えを学ぶ。
その左の考えにも裏がある。
ではその裏が右かというと、そうではない。
裏の裏は単なる表ではないのだ。
その表は自ずと裏を含んでいるからだ。
だからあらゆる情報を鵜呑みにしてはいけない。
鵜飼いにエサ奪われるよ。
2026年11月4日水曜日
[9339] 真実
●真実
坐禅してて思う。
昔、静岡で展示会した時、懇親会で二日酔いになった。
気持ち悪くて電車に乗りたくない。
これでは帰れないと、街の中をうろうろしてたら、抹茶のお店があった。
二日酔いに効きそうな気がした。
ちゃんと点てた抹茶を飲んだら、なんと、二日酔いが吹っ飛んだ。
そこから抹茶にハマって、道具一式揃えて、家で茶道した。
ところで昨今は外国でも健康にいいとかで抹茶ブームらしい。
ところが抹茶にミルクや砂糖を入れて飲む。
アホや!
健康どころか不健康、一番大切な抹茶の良さを逃している。
一時期の瞑想ブームも、そう。
ちゃんと坐禅の脚を組まない。
抹茶の苦味と同じで、真実逃しているね。
2026年11月3日火曜日
[9338] 問題と答え
●問題と答え
いい天気、薪移動、リアカー壊れ修理。
合掌とは
両手を合わせるとバランスがいい。
粘土いじりは両手合わせないが両手で協働する。
パソコンだって両手を使う。
両手を使えば何でもうまくゆく。
とりあえず晴れた空を合掌。
数秒で、なぜか落ち着く。
問題と答えがくっつくようなものなのだろう。
2026年11月2日月曜日
[9337] ポカーン
●ポカーン
薪割り、小雨降る、パラソル差して。
子供は作り話にワクワクしても、
寝れば、次の日には、まっさらポカーンだ。
だから子供はいつだって大らかだ。
大らかさを忘れた大人が、
あの清々しいまっさらポカーンを取り戻そうと
さも幸せそうな作り話に誑かされる。
ポカーンを埋める話だ。
神や宇宙人や大袈裟なものが出てくる話。
しかしそれパック詰めで「神パック」、なんてね。
本物に似せた紛いもの食わせものニセモノ売り物。
上手い話を思いつき「上手い話には裏がある」を忘れてしまったのだろうか?
2026年11月1日日曜日
[9336] 偽物
●偽物
ペリペリ探求。
絵画には四角いキャンバスや額縁がある。
これが囲いのルールで、絵描きはこの中で自由に遊ぶ。
ところがこの囲いをぶち壊し、ルール無用にしたくなる。
しかし囲いを壊しても、今度は「それではないルール」が出てくる。
このようなジレンマや究極の課題からぶっ飛び抜けたのがペリペリだ。
最も重要な絵が消え、囲いの奥に潜んでいた根元が顔を出した。
私の内部に天地が逆さまになるような逆転が起きた。
そこでこの根元ペリペリを通して世の中を眺めてみる。
最近の社会は偽善囲い社会が、偽悪アンチ囲い社会になったような。
しかし偽善も偽悪も、名前の通り、偽物だ。
思考の表面が入れ替わっただけ。
あっちもこっちも作り話だね。
どっちもペリペリ剥がそう。
2026年10月31日土曜日
[9335] 実践
●実践
人は良き話を、自分の知識で解釈、割り切る癖がある。
これは生きた話を殺して、パック詰め商品化すること。
いい話なのに、自分の狭い知識箱に閉じ込めてはいけない。
話に感心したら、知識で梱包しないで、実践すること。
頭を介入させず、自分の経験にすれば、それは勝手に生きる。
活き活きしている子供のように。

























