2026年10月19日月曜日

[9323] 働かないアリ

 ●働かないアリ
今日も薪を小屋に移動。
「働きアリの集団の中には、働かないアリが20%いる」と言う。
この働かないアリを取り除いても、残りの20%がまた働かないアリになる。
ならば逆に集団から取り除いた働かないアリの80%は働き始めるのだろう。
人間なら怠け者5人集めたら、4人が働き始め、1人だけ怠ける。
5人家族の中には怠け者が一人いるのだ。
ふーん、僕は子供の頃、6人家族だ。
婆ちゃんは草履とか作って少し働いていたから、怠け者の役目はオレだ!
なるほど、僕のこの職業は怠け者の生き方だ。
で、オレの中には働かない20%がいる。
働かないとは増やさないことだとしたら
坐禅やペリペリだね。
これは誰にとっても人類にとっても素晴らしいことだ。
「働かない」ありだね!





2026年10月18日日曜日

[9322] 空中軌道

 ●空中軌道
ジャンピング車、面白いデモンストレーションだ。
すごいなぁと思ったが、、これ何かと似ている。
映像とかでなく、あれ、なんだっけ? 
これの原理は風船と掃除機だから、実に身近なところからの発想だ。
そして大事なのが、空中での軌道だ。
ただ浮くだけだと燃料不足になるが、回転するから燃料が少なくて済むのだろう。
あっ! 思い出した。
数年前描いたペリペリ画の一つだ。
単純な作品なのだが、他人に見せても、どうやってできているか、ほとんどの人がわからない(添付作品)。
裏には逆転の発想が潜んでいる。
とりあえずこの作品が空中の軌道だ。
頃合いだから、そのうちタイトル『空中軌道』で発表しよう。





 

2026年10月17日土曜日

[9321] 図面

 ●図面
今日も秋晴れ、庭でコーヒー。
昨日来たコマコちゃんは、随分前に僕の東京の個展にやってきた。
その頃、彼女は芸大の学生だったかな?
今は時々芸工大の先生をしに、山形に来ているらしい。
僕の作品で好きなのは『あたまが温泉猫』というからセンスいい。
そこで「あたまが温泉猫」が生まれた経緯を教えた。
大笑いしてた。
彼女、庭で「トンボだ!」と言う。
庭には空中で餌を獲っているトンボが何十匹と舞っている。
複眼だからか、すごい飛び方をするので見てて面白い。
トンボなどどこにでもいると思っていたが、昨今はそうでもないらしい。
幼虫のヤゴが棲む水場がなくなっているのだろう。
ここは最上川があるからヤゴも多いんだと思う。
あと「イスが庭のいろんなところにある」と言っていた。
さすが、いいとこ気づいてくれて、嬉しい。
僕はイスを持って庭を歩き、眺めがよく落ち着くところにイスを配置する。
また座った位置から眺めて、側に木があったら心地良ければ、そこに木を植える。
こうやってさまざまなところに座って、庭づくりしたのだ。
それに季節によって太陽の位置や気温が変化するのでイスの位置も変わる。
頭で描いた図面ではなく、身体で描いた図面だから、彼女の身体が堪能する。





 

2026年10月16日金曜日

[9320] 豊さ

 ●豊さ
昨日いただいた柿、巨大な柿の木と美しい風景。
あまりに感動したので、お礼に柿の持ち主に「招き猫」をあげた。
捥いだ柿を焼酎漬けにする。
おおよそ2週間で甘柿になる。
昼頃、懐かしい人をファイヤーで迎える。
焚き火にフライパンで胡桃を炙る。
こうすると少し割れて、そこにドライバーを突っ込んで捻れば割れる。
あとはほじくる。
みんなに自然の豊かさを食べてもらった。
秋満喫でした。




 

2026年10月15日木曜日

[9319] ちっぽけ

 ●ちっぽけ
縦の思考だと上には上がいることがわかる。
そこで横の思考、あまりに広いことがわかる。
どっち目指しても、ちっぽけな自分を知る。
この時、悟る。
目指さなくなるからだ。
菊芋を掘った。
柿捥ぎ、この丘はあまりに美しい。





 

2026年10月14日水曜日

[9318] 模様

 ●模様
今日は雨模様だけど、、、
虹は七色と言うけど、そんなキレイに色分けされているわけではない。
微妙にグラデーションしながら色変化している。
雲ひとつない空だって、ただ青いわけではなくグラデーションしている。
それも時間によっても変化しているからグラグラグラデーション。
何もかもが百色万色色々と言える。
ならば全て一色無色空模様。
色即是空、今日は雨模様だけど、、、



 

2026年10月13日火曜日

[9317] 施す

 ●施す
胡桃は拾い物、薪は貰い物。
周りから私は施されている。
子供の頃は親や大自然、全てから施されていた。
施されていたから生活費の全てが浮く。
縛りなく完璧に浮いていたのだ。
施されることが最高の自由だ。
人間は誰しも初期のこの自由を根っこに持っている。
ある時この自由を見失うもしくはもっとと欲張る。
そして自由を求め自ら生活費を稼がなければならなくなる。
稼げば稼ぐほど、当然、施されることから遠ざかる。
そして自由は彼方の夢や幻となる。
人間は気づくべきだね。
自由とは大自然から施される大自然な子供のままであることだ。
そして大自然のままなら施す側でもある。
それは遠い彼方のことではない。
ずっとそこにいる。