2026年4月3日金曜日

[9124] ボケ

 ●ボケ
弟が薪をあげると言う
天童まで取りに
現場のさくらんぼ畑に到着
なんとSS、スリッパ! 
靴を履くのを忘れたとは大笑い
弟に長靴を借りて薪を車に積んだ
とりあえず今年最高のボケだ
お互いイイ老人になったようだ
春だし





2026年4月2日木曜日

[9123] 重ね合わせ

 ●重ね合わせ
 『量子重ね合わせ』というのがある。
 思考は「男」と思った瞬間、必ず反対の「女」が出ている。男・女どっちが偉いなんて妙な問題があるなら重ね合わせることで『男も女も人間』という上段に意識を持っていける。しかし上段と思ったのだから当然下段がでてくる。下段とは『人間』に対する『ケモノ』自然だ。これは人間至上主義の自惚れ思考だ。思考は問題を作ると同時に答えを重ね合わせているのだが答えが表面化すると思考が止まってしまうから重ね合わさない新たな問題を作る。こうやって思考は元の重ね合わせを重ね合わせられないまま進む。じゃあ最高の重ね合わせは「愛だ」、と思った瞬間、それは思考になって「愛ではない執着」になる。思考の罠からの解脱が坐事だ。もしくは全く意外なものを組み合わせる私の猫と仏像のような重ね合わないものを提出することで束の間思考の外である澄浄に出る。




2026年4月1日水曜日

[9122] 好事家

 ●好事家
世間は言い訳思い込み理屈が多い
『事』の澄浄を忘れているような
家の仕事を『家事』と言う
では坐禅は『坐事』としよう
庭いじりは『庭事』
絵描きが『画事』
粘土いじりは『土事』
食べることはそのまま『食事』
寝ることは『寝事』
やる事全て同価値なので
小さく名前分けする事は無い
だから些事も含め
あらゆる名前が無いので『無事』
大きく全てなので『大事』
意味は違うが私は好事家




2026年3月31日火曜日

[9121] 澄浄創造

 ●澄浄創造
 紙を貼ったパネルの四辺にサンダーをかける。ものによってはアールを。表面をペリペリ剥ぐ。剥いだ上に自前の絵の具を均一に塗る。添付が自前の絵の具をキズや剥ぎ面にどのように着色するか染みるのかを実験したもの。
 これらの行為は工具を使うので怪我しないために慎重さが必要。呼吸を整える。指先まで神経は行き届く。絵が完成するまでのこれらの細部行為が主役だ。庭で言えば見るだけの庭ではなく私にとっては澄浄創造が庭だ。草刈りや木の剪定が主役なのだ。頭も含めた身体の超微細部がフル回転し全身に血液が行き届く。日差しや風や雨を感じる。自らが澄浄に成る。






2026年3月30日月曜日

[9120] 職人気質

●職人気質
 最近は澄浄に埋没しようと自分の中の職人気質を大事にしている。
 ペリペリ画法。両面テープに大体1㎝ 置きの切れ込みを入れる。板パネルを用意し四隅に両面テープを貼る。テープの周りに木工用ボンドを均一に塗る。その上にペリペリ用の2㎜ の厚紙を貼る。紙がズレないように上から両手拳で押し均す。その上に厚い板を乗せクランプで挟む。一日置く。後日、本番のペリペリ画の作業が始まる。本番前のこれらが楽しい。やった分だけ間違いなく前進するからだ。このような行程ひとつひとつをコーヒーを淹れる時のようにやる。コーヒーやお茶を淹れる時間は美しい。飲み物の味だけでなくその奥にある澄浄な時間を満喫できるからだ。
 今朝は庭で朝食。降り積もった花粉が庭のテーブルにこびり付いている。雑巾で何度も何度も拭く。この雑巾をバケツの水で何度も濯ぐ。そして干す。澄浄は脇や影にあるもので人が思う中心にはない。中心も脇だ。
 





2026年3月29日日曜日

[9119] 切り上げる

 ●切り上げる
私の1日は坐禅・絵・家事・庭・読書・日記・粘土・映画など
だいたい1時間単位の時間割で事は進む
例えば読書を時間割以上にやってしまうと次の行程にズレ込む
次の行程が追い込まれてしまうのだ
これによって心身の中にズレが生じる
これが癖になるとズレはどんどん大きくなる
当然、追い込まれる感覚も大きくなる
そして何かに追い込まれていると妄想する
そもそも自分のズレが発端なのに
さあ、時が来たらスパッと切り上げればいい
坐禅はそれを身に付ける
なにせ、どうでもいいのに1時間も座るのだから




2026年3月28日土曜日

[9118] いじる

 ●いじる
家の中の植物を外に出す
家の中がスッキリした
冬から解放された気分だ
まだ風は冷たいが
私は自分の仕事を
『粘土いじり』と呼んでいる
作っているというよりいじっている
1日1回とりあえず粘土をいじる
面倒でもいつの間にか楽しくなる
絵もいじる
庭もなるべく1日1回いじる
絵日記は今日1日の思いをいじる
坐禅は無我をいじる