●胡桃と葛
胡桃の木に絡まる葛が気になる。
随分前に胡桃の殻食って奥歯が悶絶した。
それ以降、自分での胡桃割りはやめた。
そして数年後、奥歯は抜かれ死んだ。
そんな胡桃なので庭の胡桃がどうなろうと気にしなかった。
ところが今回の胡桃仕事は楽しい。
奥歯がないので歯を気にせず食える、美味い。
木に登ったり崖に降りたり、鎌でクズの葛をぶった斬る。
‥ふと、自家製の葛餅が食べたくなった。
もりわじん絵日記
2026年10月10日土曜日
[9314] 胡桃と葛
2026年10月9日金曜日
[9313] 全身全霊
●全身全霊
寝ている時、チョコは耳元で泣く。
彼は『耳』が音を聴くところだ、ということを知っているのか?
僕の手がチョコの頭撫でたり、進む時は足が動くから、手や足は知っているだろう。
しかし僕の耳は猫のように動きもしなければペロンとあるだけ。
ここで声を聴いているとは思ってない筈だ。
まさか足に向かって泣かないから、僕の顔に向かっているのだ。
そこにたまたま耳があったのだ。
さて自然界の動物は聴くというのは耳ではない。
全身全霊で聴いている。
実は人間も全身全霊で聴いているのだが、耳が聴いていると思い違いしている。
例えば大きな重い荷物を両手で持ち上げるとする。
これは手だけで持ち上げているのではない、全身全霊で持ち上げている。
同じように耳も目も部分が機能しているのではない。
全身全霊が機能しているのだ。
2026年10月8日木曜日
[9312] ボッキディウム・チンチンナブリフェルム
●ボッキディウム・チンチンナブリフェルム
「ボッキディウム・チンチンナブリフェルム」
これ虫の名前、ラテン語らしいけど、よくまぁ、日本語のエロネタが並んだね。
それに姿形があまりにキテレツ、玉に毛生えているし。
キテレツだから、日本語を知っている生物学者が他の学者には内緒で冗談半分でつけたんだと思うな。
それにしても実に面白い虫だ!
ふと思ったのは、好き嫌いに左右されていたら、上から降ってくる運を見逃してしまう。
下から湧き出る情熱を掴み損ねる。
前からやってくる未知の閃きに気付かない。
後ろからやってくる驚きに怯んでしまう。
この虫にそーっと耳を澄まそう。
2026年10月7日水曜日
[9311] 脳梁分断解消
●脳梁分断解消
秋晴れ。
庭の鉢植えの半分を家の中に移動する。
少しずつ冬支度ですね。
人間の思考は感情に左右され、左右に分断する。
粘土をいじる時は左右の手が協働する。
手作業や祈り、歩行など、己の中の分断解消行為なのだろう。
この時、左右の脳の間にある脳梁が活動しているのでは。
世界のどこかで分断があっても
ここに脳梁分断解消手仕事が行われている限り
本体および世界はうまく機能する。
毎日、欠かさず手仕事やってください。
2026年10月6日火曜日
[9310] 毒と薬
●毒と薬
胡桃割りにほじくり、昔と違ってスムーズ。
うまいので、今日も胡桃拾い約200個。
こういう時間が楽しめるようになった年になったのかも。
まぁ坐禅のおかげだろうな。
ところで鬱は坐禅で治るね。
坐禅が揺れて左右に散らばったのが鬱と躁だと思う。
薄暗い部屋で壁に向かって瞑想するのが坐禅だ。
この「薄暗い部屋で壁に向かう」ってのが大事だ。
陰鬱な感じだね。
「毒を以て毒を制す」もの。
爽やかで清々しいところではダメだよ。
ヒーリング曲なんて、とんでもない!
たまには気晴らしでいいが、
「薬を以て薬を制す」ことになる
つまり自然治癒力を制してしまう。
2026年10月5日月曜日
[9309] 月が綺麗ですね
●月が綺麗ですね
「I love you」を夏目漱石は「月が綺麗ですね」と訳した逸話がある。
都市伝説とも言われているが、この言葉が後世に残ったことには深い意味があると思う。
「月が綺麗ですね」には「I」も「you」も「love」もない。
そこに私もあなたもいない。
私がいないならチンケな欲望の「love」もない。
ここには全てを包み込む大きな愛しかない。
夜空に浮かぶ月を見ている男女の風景世界何もかもが愛に包まれているのだ。
先端コンピューターの量子ビットに照らし合わせると「I」が「you」と重ね合わさる「love」なる。
まぁシャレだが、これではまるで機械的な行為だ。
やはり粒子の私やあなたでは何度重ね合わせようと「月が綺麗ですね」にはならない。
粒子などない「月が綺麗ですね」からの考察が本来の量子の重ね合わせだと思う。
そのようなコンピュータでなければ月は綺麗だという感性がないということを示唆しているような。
※さて、満月の絵を展示します。
場所は村山市甑葉プラザ隣のkiwa、時は水曜日『薬膳料理いとうや』で。
2026年10月4日日曜日
[9308] 生命
●生命
今朝も金木犀の香りが心地よい。
ところで
私に「金木犀の香りが心地良い」記憶があるわけではない。
ある時、いきなり心地良いと感じたんだと思う。
そこから「金木犀の香りが心地よい」という記憶になった。
その最初の心地良さはいったいどこからきたのか?
記憶でなければ一体何?
記憶になる経験や知識以前のものだ。
この香りは自分の生命の一部。
秋のおかげで
離れていたオレが
オレのところに戻ってきたのだ。



























