●手話
あ〜、気持ち悪かった。1時間半も温泉入ってたら湯あたりした。ほんと学ばない奴だ、オレ。でも手話があることに気づいた。手は目の代わりに観るだけでなく、話もできるわけだ。目と口ができるなんて手は素晴らしい。それと仏教には手印がある。手で仏になれるんだよ! 内緒だけど手淫だってできるしさ…
もりわじん絵日記
2026年2月4日水曜日
[9066] 手話
2026年2月3日火曜日
[9065] タオ
●タオ
瞑想状態に感じる至福感
人は至福感を求めて言葉を探す
それが未来に向かっていることのような気はする
しかし実はそれこそ過去だ
瓦礫で至福を覆っている
言葉以前に戻ることだ
それには初心に帰ること
さてずいぶん技巧に走りすぎた気がする
初期の『タオ猫』を再び作る
少し進化
未来に一歩
2026年2月2日月曜日
2026年2月1日日曜日
[9063] 口八丁手八丁
2026年1月31日土曜日
[9062] NY
●NY
手で思い出した。旅行記『無我の意図』にも書いたこと。
20代後半、世田谷美術館で友達が個展をしていると言うので自転車で出かけた。見終わり暇だし地下の喫茶店でコーヒー飲みながら自分の手をスケッチしていた。そこに「スケッチを見せてください」と誰かが。見たら髪の毛は七三分けでこのクソ暑いのにスーツ姿に黒縁メガネの薄っぺらなガッカリ兄ちゃん、あ〜つまらん人間だ。こんな奴、生かしておいてもロクなことがないと思い、僕はカバンの中の拳銃を取り出し彼の額を撃った。ボコッと音がして彼は崩れた。それでも起き上がり「NYで展覧会しませんか?」と。ほんとですか!と薄っぺらの薄っぺらい言葉に喜ぶわけがない、かと言って無碍にするほど冷たくもない、断るほど冒険心がないわけでもない。でトントン拍子に事は運び、やることになった。手で得た手柄だね。
2026年1月30日金曜日
[9061] 名手
●名手
スポーツもアートも身体を手を使う。サッカーは後ろ手ね。これらは身体が主役だ。書道では同じ文字は二度書けない。どんな文字も良いし良くない。だから正否はない。パソコンも手を使うがどれも同じ突起で同じ文字が出る。『A』が柔らかい突起で『B』がゴツゴツしているなんてことはない。場所が違うだけ。だから手を使うものの頭が優位だ。間違った文章は手ではなく頭のせいだ。頭は間違う。手は間違わない。手はいつだって上手で下手で名手だ。
2026年1月29日木曜日
[9060] 手と眼
●手と眼
人間は手で飯を食う。子供の頃、ナイフとフォークで食事している人間を初めて見た時、歯に金属がぶつかって嫌な感覚も一緒に食っている感性が劣る野蛮人だなぁと思った。日本人は箸を器用に使う。だから手はどんな動物よりも他の国のどんな人間よりも高度な技術や感覚を持ち合わせている。箸でも他の国の箸は金属だったり日本の箸の持つ繊細さはない。
さて上からいきなり下の話。うんこは自分の手で拭く。インドは右手で食事をし左手でうんこを拭く。とにかく人は生きるための入り口から出口まで自分の手を使う。それから指紋は己独自のもの。触ったものは見ているかのように何かがわかる。己独自の理解なのだ。眼と同じような役目をする身体の部位は他にないだろう。手は世界の何もかもを観ている。千手観音の手には眼がある。触れば観える。手は宇宙を観ている。
























