●追加
個展中盤は山形に
草刈り焚き火
ゆったり中休み
さて22日午後遅く
から最終日まで
壁面12点、立体16点ほど
追加展示します
よろしく
もりわじん絵日記
2026年5月20日水曜日
2026年5月19日火曜日
[9170] 軸
●軸
DMの華道の絵。床の間の掛け軸のよう。
人には『軸』が必要だ。軸がないと揺れる。軸を悟る。
争いとは揺れた対の陰と陽の軸争奪戦のような気がした。陰陽、左右、上下とか二元の軸の争奪戦。軸はどちらかに偏ったら軸ではない。有るようで無い、無いようで有る。言葉では表現できない。手に入れることはできない。無色透明だ。だから争奪戦そのものは意味のないアホなことだ。それでアホは暴走して殺し合い。戦いはどちらかに軍配が上がるがそれは軸では無いし、軸を知ったわけでも得たわけでもない。あいも変わらず軸なしの無知。
陰陽は相互依存関係にある。陰にしろ陽にしろ単体では存在しない。だから勝っても負けても虚しい。陰でも陽でもない軸、陰でも陽でもある軸。それがDMの華道の絵だ。そんな透明な己の軸を見つける。揺れない軸そのものが坐禅だ。
2026年5月18日月曜日
2026年5月17日日曜日
[9168] 盲点
●盲点
『盲点』という作品がある。
観客が参加できるもので
自分の盲点がわかる実験ができる。
ここまでは普通だ。
でもこの作品はその先がわかるのだ!
写真ではわからないが現物を見ればわかる。
世界に一つしかない。
みんなを感動させている。
「これこそ盲点ですね!」と言われたり
「もりさん、哲学者ですね」と言われた。
ふ~ん、こういうのを哲学というのかと思った。
2026年5月16日土曜日
[9167] 個展タイトル
●個展タイトル
タイトルの『とうとう来たね、そろそろ行こうか』
これは私なりに『今』を表現した言葉だ。
『今』は「今だ」と思った瞬間にもう過去だ。思考は行為より遅れるから、もしくは先走る。実際、『今』はいつだって言葉にできないし感じることもできない。『今』を知りたくて描いたのちが未来だ。それは『今』という妄想理想だ。理想はやって来ても当たり前に去ってゆく。定着したら古くなるからだ。
あなたはここまでとうとう来たね。『今』はここに来た。そして留まることなく、そろそろ行こうか。『今』とは来て行く地に着いた根源的身体行為だ。飛ぶ鳥跡を濁さないカッコイイものなのだ。
2026年5月15日金曜日
[9166] 無色透明な道
●無色透明な道
ギャラリー猫町はとても古い3階建ての建物。1階と2階がギャラリー。昨日は展示で階段の上り下り。膝が痛い。いつもと違う新作のキーボードのインスタレーションがあったので作業の流れが見えなかった。少し心配だったが無事設置完了。今朝、あいも変わらずの早朝坐禅、その後、展示空間を眺めたがなかなかイイ。キーボードのインスタレーションは実験的に家の庭でもやった。ここでは古民家に似合うように展示した。この作品は多分どんな空間もクリアーする無色透明な道だと思う。ホワイトキューブだろうが古民家だろうが美術館だろうが高層ビルだろうが廃墟だろうが田園風景だろうが…
朝の散歩。人が多い。携帯から目を離さずに歩く人が多いようだ。思わず「危ない!」と言いたくなるほど電柱にもぶつからずスレスレに避ける。都会人は情報過多で心が居場所を失い浮遊し精神科に通わなければならなくなる。そこで情報を追いながらでも生きて行くため身の回り40センチにバリアーを張り、物を避ける新しいセンサーを身につけた。精神は携帯の中にあるのだ。珍しい生き物を見たようで楽しい。もし携帯からもついでに精神からも目を離し、心が身体に戻ったらさぞ面白いだろうに。そここそ無色透明な道だ。思いっきり電柱にぶつかって痛みに我に還る。





















