●ノンエ語
日本人は世界で稀な言語を持つ。
英語では自分のことを「I」だが、日本語では「私・ワシ・オレ・僕・おいら・我輩」などたくさんある。
それらは状況によって使い分ける。
つまり主語は環境と共にある。量子ビットの磁場と粒子の混合状態のようなもの。
それに英語の会話では「I」が「アイアイ‥」つまりオレオレオレとウザい。
反対に日本語では主語をほぼ言わない。だから周りの日差しや風が心地いい。
日本語はノンエゴを基本にしている言語なのだと思う。
そこで、ここでは日本語を『ノンエ語』と呼ぶことにする。
ノンエ語は地球人に必要で、たまたま日出る日本がそれに相応しかったのかもしれない。
日本人は他に類を見ないノンエ語を使えることを誇りに思い、大事にしなければならない。
ところが「空気を読まない・自己肯定感・我慢しない・自我剥き出し・好きか嫌いか」等。
このような欧米のエゴを真似るのは仕方ないが、反対の意味深いノンエ語を捨ててはいけない。
さてノンエ語人は、上下左右前後東西南北あらゆる方向の空気を読める。
だから日本にはあらゆる方向の食べ物がある。それが美味い。こんな素晴らしい国は他にない。
ノンエ語人は、我慢強く内省し、自己否定して成長する。だから探究心があり内面が豊かである。
ノンエ語人は、自己を主張せず、譲り合うから争うことはほぼない。みんなと協調協働する。
ノンエ語人は、オレオレオレの自我剥き出しの自己中ではない。だから智慧を身に付ける。
ノンエ語人は、リテラシーがあり、己の好き嫌いなど超えたところにいるので透明感がある。
ちなみにエ語(英語)は、『 I 』中心なので、身近な友の心も子の心も支配・非支配することになる。
もしくは孤立する。外的な社会にはある程度向いているが内面が貧弱のままだ。
ワシの姪っ子は英語が堪能だが、日本語がパープーだ。これではいくら英語を学んでも中身は空っぽ。
ノンエ語を深く学んでからエ語を話すべきだね。
これで全てが観える。
もりわじん絵日記
2026年10月3日土曜日
[9307] ノンエ語
2026年10月2日金曜日
[9306] 上の空
●上の空
よくよく考えれば、庭仕事などあらゆること、本来の仕事である粘土も雑用だと思う。
人間は先先と幸不幸を思い描き、我が幸は満たされてない、世の不幸は腹立たしいと思い込む。
どれもこれも頭の中の出来事、妄想だ。
頭は大地の足元から離れている。
身体から浮いてふらつくからイメージに振り回される。
ずっと高いところにいて優越感を味わいたいから、魂は永遠と身体を殺す自死まで考える。
知識認識阿頼耶識と理論を組み立てる。
足元の雑用こそ現実であり真理なのに、高い頭は下を見ず、上の空。
2026年10月1日木曜日
[9305] 雑用
庭の照明を外す。
もう寒いし夜の焚き火パーティはないだろう。
ついでにユキヤナギとブルーベリーを剪定する。
そのまたついでに雪が降ったら邪魔になる木材を片付ける。
こんな雑用は誰かがやってくれないかと思うことがある。
でもね、そんなことはない。
生活の空間が広がり、過ごす時間が豊かになり
僕も訪れた他人も喜ぶ。
これで自他ともに心身が清々する。
人の何気にやることに雑用はない。
やってみれば意外と楽しめる。
それにやるために新しい知恵がつく。
2026年9月30日水曜日
[9304] 方向違い
●方向違い
秋空、すこぶる心地いい。
薪が3mもある草で覆われていると言うので、現場に行って、鎌で薙ぎ倒す。
手拭い絞るほどの大汗をかいた。
肉しか食わない奴がいるって聞いたが、ほんとか?
胡桃うまいのに。隠れて食ってるとか。
『食わず嫌い』ってのは、何事も頭で決めてかかって行為ができない奴だ。
頭でっかちで頭を優位にしているから、身体が劣位になる。
あなたの頭を支えているのが身体なのに。
それに身体は大地と繋がっているから大地もあなただ。
あなたはどこまでもわからないところまで繋がっているのだ。
頭社会からの方向では何も見えるわけがない。
オレは今秋だ。
2026年9月29日火曜日
[9303] いじめ
●いじめ
ズニオはチョコが好きでいつもついてまわる。
ズニオはチョコにとびかかり噛む。
そしてズニオは可哀想な声で「いじめられている」と訴える。
しかし飛びかかって噛み付いたりしているのはズニオの方。
チョコは本気で相手にせず我慢している感じだ。
ズニオ、自分でいじめておいて、いじめられているとは!
なんてずるい、とんでもない奴だ。
いやいや、違うな!
ズニオはチョコに勝ちたいのに、勝たせてもらえない。
それでいじめられていると訴えているのだ。
妙な図式だ。
人間界にも当て嵌まっているような気がしないでもない…
2026年9月28日月曜日
[9302] 胡桃と平和
●胡桃と平和
ネットを見て情報を追いかけていると自分の好みの情報にまんまと騙される。
その情報が頭にこびりついて自分の思考と思い込む。
さっきまで心配などなかったのに、心配を持つ。
頭だけが他所のアホの争いに巻き込まれてしまったのだ(身体はそこにいない)。
自分では解決できそうもない心配を仕入れては、感情的になって、救世主を探し、適当な権力にすがる。
こう言う時はいつもブリューゲルが描いた『イカロスの墜落』の絵を思い出す。
さて目の前の崖には胡桃の木が数本ある。
家を建てた当初より、かなり大きくなっている。
実もたくさん付いて、今は全て地面に落ちた。
ちょっと歩いただけでカゴいっぱい(身体はここにいる)。
全部でだいたい600個。
今年の冬季は胡桃を食って生き永らえようと思う。
これで食はタダだし、心に余裕ができ、さっきまでの心配もない。
平和は他所に求めてもダメだ。
それぞれの自分の中にある。
この胡桃でオレの中の縄文魂は一万年生きる力を持つ。
2026年9月27日日曜日
[9301] 文化
●文化
今日は母の四十九日。
お寺で読経、納骨して、寿司屋でお斎。
親戚一同が集まったので、
みんなに私の絵と坐禅の本をあげた。
「裕福だからあげるのではないぞ。大抵金持ちはケチだ。貧乏人もケチだ。心が豊かだからあげるのだ。オレがいい大人の見本だ。あなた方も豊かになれ!」と念を押した。
まぁ冗談だが、
田舎では農家の人が野菜や果物をタダでくれる。
それと一緒だ。
忘れてしまってはいけない文化だと思う。

























