●私利私欲
最近の発見。
心が中心が真実だ。
この時
好き嫌いは周辺の感知機能だ。
ところが好き嫌いを中心にすると
私利私欲になる。
これがわかった。
自分的にはかなりすごいことだ。
もりわじん絵日記
2026年9月4日金曜日
2026年9月3日木曜日
[9277] 誠意
●誠意
『災い転じて福となす』
『負けるが勝ち』
この二つは同じ意味だ。
『災い』も『負ける』も今回、私に降りかかってきた。
人は大抵、災いに遭ったり負けると心折れる。
私は今回負けた(世間の災いから見れば些細なことだ)
しかし心身ともに初心に行き着いた。
これで福となり勝つ。
だからこれらの諺が身に沁みる。
これは負け惜しみではなく、実際、近いうちに彼と談判するつもりだ。
彼はバカじゃないと思うし、心ないわけじゃない。
話せば分かるだろう。
基本、社会の仕組みは人を支えるものであって、人を陥れるものではない。
初心の後のものは、全て、鉋で削って、福が現れる(添付作品)
シンプル、それだけのことだ。
ふとドラマ『北の国から』の「誠意って何かね?」というシーンを思い出した。
*誠意の一般的な意味は
「私利私欲を捨て、嘘偽りなく、相手の立場に立って、向き合う真心ある態度だ」
2026年9月2日水曜日
[9276] 心
●心
相続をきっかけに『心』が浮上した。
何よりも大事な『心』を忘れていたようだ。
あまりに当たり前すぎて見逃していたような気がする。
ある時期『心』は「精神」という言葉で理解するようになった。
それから『心』が見えなくなったのだろう。
全ての答えなのに。
たぶん日本人は『心』と言えばわかる人種だ。
それは肉体に対比した精神ではない。
感情の部類のハートでもない。
思考であるマインドでもない。
「心ある」人と言われれば嬉しい。
「無心」というのは素敵なものだ。
『心』は「ある・ない」を最高のものとして受け入れる。
こんな素晴らしい言葉は他にないように思う。
ただ軽々しく使えば邪心になると思う。
2026年9月1日火曜日
[9275] 良心の不在
●良心の不在
2026年8月31日月曜日
2026年8月30日日曜日
[9273] 茶筌
●茶筌
茶道2号が人手に渡った。
茶道絵は書道・華道・茶道の三部作の一つ。
道具が美しい。
自分では十職に入ってない使い捨ての茶筌が興味深い。
春の東京での個展で1号は人手に渡ったので2号を描いた。
それも同じじゃつまらないから茶筌を反対にした。
写真がそれ。
実におしゃれで美しい空間に飾っていただいた。
ありがとう。
もう一枚描こうっと。
2026年8月29日土曜日
[9272] 誕生日
●誕生日
昨日は私の69歳の誕生日だった。
リンクに行って顔見知りの会う人会う人に「今日は俺の誕生日だから、なんかくれ!」と言い回った。
誰も、なんもくれない。ケチ。金銭的ケチでもあるが、シャレや創造で返せよ!
唯一アフリカに住んでいたまやちゃんがせんべい3枚くれた。
クソジジィの戯れだろうと相手してくれる世界を心身に共有している美しい人だ。
些細なツッコミありがとう。
山ベーの喬一くんがいたので「なんかくれ!」と言ったら「催促するような人にはあげない」と躾され、老いぼれは働き盛りの若者にいじめられたと思い、しょげて家に帰った。
次の日の今朝、家の玄関にみかん箱が置いてあった。開けたら南国の果物がいっぱい!
手紙が添えてあり「誕生日おめでとうございます。わじんさんからの数々の助言をいただき、今の自分があります。69歳、ロック魂でこれからも突き進んでください。 喬一」とあった。すごい!
これ、もしかして夢?















