2021年3月31日水曜日

[7398] 毒蛇

 ●毒蛇

 加速主義なるものがある。この社会をガンガン加速して理想社会をさっさと作るというものだ。日本でもムーンショット計画なるものがあるらしい。そんな未来を計画しているからワクチンは焦りすぎだし、オリンピックも焦っているし、やることなすこと強引だし、企業は大量生産・大量消費、ガンガン働かないといけないし、小学校の詰め込み主義じゃあるまいし情報過多で、いつも経済のことを最優先に考えて、経済以外に大事なものなどなく、休んだら補償金が必要だ、やめたら死ぬぞーと脅かされ、何もかも命までもあっという間に捨てられる。先に先にと頭は向かっているので、今は未来のためにある。ある種の集団現実逃避だ。

 これに反対した減速主義なるものがある。スローライフ、ローカリズムなど。しかしこの減速主義も結局、加速するための栄養補給のようなものと皮肉られる。生活の中にのんびり休暇やヨガや瞑想時間などを取り入れて、さー、休んだら加速するぞー、働けー、になる。これは今の思考が加速主義になっているからそうなるのだ。

 『毒蛇は急がない』という諺がある。大物は焦らないということだ。大物というのはゴジラみたいなもので、彼が焦ったら街を粉々に破壊してしまい禍の元だ。だから毒蛇は急がない、はずなのに、昨今の毒蛇はたまたま金を手に入れた小物なのか加速したがる。早く成果を手に入れたいのだ。強欲な輩はなんでも手に入れたがり、最終的には病気も死も焦って手に入れる。だから死に急ぐことになる。個人の死に急ぎなら個人の勝手だが、社会を死に急がせる必要はない。本当の毒蛇は急がないのだ。

 さて加速があって、それに対して減速があるのではない。急がないスローが基底にあっての加速なのだ。本当はスローの前に停止がある。停止した地面があっての加速するロケットなのだ。地面から徐々に加速するのだが、そのうち疲れるから元に戻る。だからメインは停止かスローで、たまたま急いでみただけなのだ。





2021年3月30日火曜日

[7397] 交叉

 ●交叉

花粉症でもないのに、

鼻がムズムズする。

くしゃみも出る。

庭に出ようとして

あっ! そうか!

今日は

黄砂が降っているんだ!

手を交叉させた

黄砂ダメ猫を作った。



2021年3月29日月曜日

[7396] 兄弟

 ●兄弟

完璧な春ですね。

庭に出ようとしたら、

弟が大根と美味いものを

持ってやってきた。

弟は自然愛が強く、

人間については

冷静な話ができる。

ワシは社会に対して無学なので

社会の構造を知るにはいい。

コロナや社会のことを聞く。

日本人は納豆と味噌食ってる民族だから

ワクチンは日本産がいいと言っていた。

写真:あとで兄がきて、

兄弟三人が揃った。

妙な感じだ。








2021年3月28日日曜日

[7395] 黙浴

 ●黙浴

毎日の庭いじりで

疲れを癒しに温泉へ行く。

湯場のドアのガラスの前に

『黙浴』の文字があった。

コロナだから

沐浴のダジャレで

「お喋りしないで風呂に入ってください」

なのだが、

『静寂を浴びる』と解釈したら

とても気分が良く、

湯に使っている老人たちが

絵画に見えた。

静寂こそ

あらゆるリズムの基本だ。

これを浴びていれば

そのうちアンバランスは

元に戻る。


2021年3月27日土曜日

[7394] 雨にまけるわけがない

 ●雨にまけるわけがない

 コロナで自粛か経済かと言ったようなことを聞く。自粛は人命を守るためである。しかし経済がダメになれば人命問題が出てくる。二つとも人命に関わる。つまり基本、人命が第一なのだ。

 コロナのように自粛しなければいけないことが今後も起こるだろう。ならば自粛を念頭に入れた経済活動を考えておくべきである。転ばぬ先の杖だ。

 人命問題は衣食住である。衣食住があれば、病気や事故がない限り、命は大丈夫だ。ところで感染症危機やそれ以上の危機の場合、衣食住はお金で解決できない。大金があればよさそうに見えるが、大きく社会が麻痺しているのだからお金は通用しない。ネットも交通も流通も電気も水道もダメになってしまうことが起きないこともない。食料としては缶詰があるが、他人に取られないために隠して、そっと地下で食う。経済の金は超ふんだんにあるのにさもしい超自粛。完全な分裂ですな。

 そこでお金から独立し10年ぐらいはさもしくもなく大らかに暮らせる衣食住を考える。必要なのは寒さを凌げる服、発酵食品、川水、薪などが豊富にある林の中の畑がある一軒家だ。どこかで聞いたことのある風景だ。

 そう! 宮沢賢治の『雨ニモマケズ』なのだ。彼の危機感は修羅を春に転化している。だから彼の詩集のタイトルが『春と修羅』なのだ。

 こういう危機がこれから先いくらでもやってくる。その時のためにも経済を超えたこの詩が重要だ。この詩はカタカナで書かれている。カタカナは字面通りの意味以上の深いものが含まれている。それは喩えれば、あなたは『橋』を渡らずこちらの岸にいるとする。彼はあなたの見ている『橋』のことを語っているのだが、『橋』を渡って向こう岸にいて『橋』を語っているのだ。二つの視点を持った言葉なのだ。

 僭越ながら私が現代日本語に翻訳解説いたしました。『雨にまけるわけがない』です。読んでみてください。心に春が来ると思います。



2021年3月26日金曜日

[7393] 北欧

北欧

今朝の靄。肌寒い、北欧には行ったことないけど、北欧にいるような心地よさ。北日本。


2021年3月25日木曜日

[7392] 雲

 ●雲

昨日の日記で

「なぜわざわざ雲を探すのか?」と書いた。

雲というのは現れては流れ消えてゆくものだ。

自分の中に完全な快晴を求めているのだが、

わざわざ自分の中から雲を探す。

過去や世間の嫌な思いを探して、

流れ消えゆくものを引き止める。

なんと!

無駄なエネルギーだ!

なんかオリンピックも原発も

雲みたいになってないか!

そんなものに

いつまでもこだわってないで

さらっと流せば

すぐにもいい天気になるのに。



2021年3月24日水曜日

[7391] ベンチ

 ●ベンチ

雲ひとつない快晴。

(なぜにわざわざ雲を探す必要があるのだろう?)

今日はやることないと思いながらも

ベンチを組み立て設置し、

拾ってきた椅子を直し、

雪で押しつぶされたコンポストを直し、

雪で壊れた畑の柵を直し、

スイレン用の土を確保した。

春に向かってます。

歩数1万歩。

写真:デッキ下にあるのが板のベンチです。



2021年3月23日火曜日

[7390] 剪定

 ●剪定

玄関側の雪災害木々の剪定。

モミジ、桜、ナンキンハゼ、カツラなど。

ついでに隣の公園の折れた桜の木も剪定した。

自分の庭以外は手入れすることはないが、

あまりに折れがひどく気になったのだ。

写真の真ん中:

雪で折れたサンシュユ

十日前に水差ししておいた。

花咲いた。



2021年3月22日月曜日

[7389] 不変

 ●不変

玄関側の雪掻き。

家の中に春を入れた。

時代はどんどん変わって

新しいものがどんどん出てくる。

取り残されまいと

追いかけたら息切れがする。

そんな目まぐるしく変化する

良し悪しや執着の奥深くに

全く不変のところがある。

そここそ永遠

幸福とつながっている。

冷たい雪に覆われ

見えないだけだ。

雪を退ければ

春がくる。



2021年3月21日日曜日

[7388] 生飯(さば)

 ●生飯(さば)

 SS(スーパースタッフ)は、カレーやうな丼などの丼ものは、必ず、ごはんを一口残す。カレーの量とご飯の量をバランスよく食べれば残さないと思うのだが、ごはんを半分にしても、ごはんを一口残す。ある意味器用だと思った。

 このことを『猫神様』展示している寺の住職に話したら

「それは生飯(さば)のことではないですか? 自分のご飯の一部を取り分け、餓鬼や鳥魚などに分け与える仏教的な作法の一つです。もしそうだったら、奥さんは良い育てられ方をしましたね。我が家でも祖父が熱心で、朝食の時の食べ始めに、お皿を回して自分のご飯の一部を取り分け、食事が終わると池の鯉に与えに行くのが子どもの仕事でした」






2021年3月20日土曜日

[7387] 鶏が先か、卵が先か

 ●鶏が先か、卵が先か

小学生の頃、

分度器を使わないで

角の三等分に挑戦し

鋭角だけは解いた。

大人になって

『鶏が先か、卵が先か』

これに挑戦。

去年、この答えが見えた!

それをたまに人に話すのだが、

人は、ぼやーっと見えるだけで、

ぼやーっとだから

忘れてしまい

元に戻る。

この問いに興味を持ち

自ら進んで

解こうとしてくれたら

話は面白いのに。

そしたら一緒に次に行ける。



2021年3月19日金曜日

[7386] ガハハ派

 ●ガハハ派

 昨今はアウトドア派というのか、一人キャンプや山散策、釣り、茸採り、山菜採りと心地よい過ごし方が増えている。

 知人家族がうちの隣で火を焚いてキャンプしていたので参加した。ワシにはくそ寒かったのでもう参加しないだろう。

 ところでアウトドア派の反対はインドア派だ。外に出ないで屋内で時間を過ごす人たちだ。仕事柄、ワシはこっち派だ。というか性格が引きこもりだからこのような仕事になった。

 ところが朝から晩まで籠もって粘土いじりしてた30代後半のある日。疲れて背を伸ばしふと庭を見たら、草で茫々、荒れていた。気分転換に草を毟ったら、崖があり、なんと梯子を発見! この先には何があるのだろうと上って崖の上に立った。見晴らしがいい。清々しい。背の高い草をかき分け進んだら、木があり、なんと花が咲いていた。おっ! キレイ! 庭に目覚めたわけだ。

 そしてアウトとインが繋がった庭派になった。だから家の周りはみな庭、庭の雪掻きだって楽しいということになる。

 写真は数年前の庭です。夏になったら庭がこうなるように毎日庭いじり。

 内と外を分断したりしない、ガハハ派! なのだ。



2021年3月18日木曜日

[7385] 庭いじり

 ●庭いじり

とりあえず何もなくても

雨が降らない限り、

毎日、庭に出る。

やることが自然と出てくる。

一時間ほど庭いじりをする。

ユキヤナギの株が

崖の淵に10株ほどある。

雪から取り出し立てる。

かなり折れている。

もう雪の中で芽が出ていた。




2021年3月17日水曜日

2021年3月16日火曜日

[7383] 体脂肪

 ●体脂肪

この冬は雪掻きが

楽しくなってハマっていた。

ふと思った。

雪掻きが楽しいのだから、

スノボーやスキーや

海のサーフィンなんかも

多分楽しんだろう。

でも雪掻きはやりたいが

スノボーもスキーもやりたくない。

手軽に楽しめる

雪掻きに勝るスポーツはないと思う。

ところで

雪掻きで大汗かいて

体が締まってきたので

体脂肪率を測ったら

15%だった。

なんか良いんだか悪いんだか??

まったくわからん!



2021年3月15日月曜日

[7382] 空の青

●空の青

 春ですね。空が青い。

 小説『自由自在堂』は僕の自伝的小説だが、主人公は僕ではない。主人公は芹沢くんという僕より若い青年だ。僕も芹沢くんもタイトルの画材屋の自在堂に育てられた。まるでゴッホに金銭的援助をした弟テオのような画材屋だった。

 昨今はアートで起業したりアートによる地域興しなどが盛んになっている。それはそれで面白いし進めるべきだと思う。僕も廃れつつあった日本文化の招き猫を仏像と組み合わせ復活させた。反面、それではアートの全てが社会や経済に捉われ檻の中だ。アートの大切な面を置き忘れてしまう。そういう狭い檻から果てしなく解き放たれた純粋な精神がアートにはある。このような純粋性に時間の概念は通用しない。だから過去にも未来にも今にも、決して消えることなく存在する。太古からある空の青のようなものだ。

 芹沢くんはそんな俗な世間に左右されない純粋な空の青さを持ったアーティストだった。

写真:二十代、来日したジョン・ルーリーのいるバンドのバックの絵を描いた時。



2021年3月14日日曜日

[7381] 自由自在堂

 ●自由自在堂

僕の小説『自由自在堂」の感想が届いた。

嬉しい内容だった。

この間アトリエに作品を見にきた

二十代のアーティスト、

駒嶺ちひろさんからだ。

レンタカーで

手土産まで待って

来てくれたので

お礼に小説をあげたのだ。

早速読んでくれて嬉しい。

小説の内容は僕が二十代、

絵描きを志し猫作家になるまでの

下積み12年間の内容。

彼女のまさに今にあっている。

随分いい感想だったので

今、再び小説を読み返している。

忘れてしまっている二十代の心情

忘れかけている小説を書いた時の心情

そして今、

思い出して読んでいる自分。

40年の年月。

嘘か真か夢のような話。

読んでて不思議と幸福な気分に浸れた。

書いて良かったとしみじみ思う。

読んでくれてありがとう。

写真:二十代、壁画を描いているところ。



2021年3月13日土曜日

[7380] 脳

 ●脳

 脳には150億個の神経細胞があり、腸にも1億もの神経細胞がある。脳と腸は約2000本の神経線維でつながっていて、かなり緊密に連携しあっているという。

 ところで経験上、ハングリー精神が最も神経細胞を活性化させると思う。腹が満たされていたら考えられないからだ。脳の場合、神経細胞を最大限活性化させるのは、知識に左右されないことだと思う。知識は既成概念でできていて創造ではないからだ。

 食にも知識にも左右されなければ脳と腸は神経細胞をフル回転させる。これで頭と体は分断しない。座禅がそうだね。それとstay hungry, stay foolishの言葉は的を得ている。

 一生懸命勉強しいい学校出たやつは脳第一主義で頭が良さげに見えるが、頭(神経細胞)がちょっと足りない(腸の一億個)のである。そう言った意味でAIはめちゃくちゃ頭がいいが、やはり『stay hungry』ができないから足りない奴だと思う。



2021年3月12日金曜日

[7379] 浄化槽

 ●浄化槽

 朝8時に浄化槽の点検の人が来るという。浄化槽の蓋は1メートル以上の雪の下で、朝は凍っている。点検する人がやってきた。ワシより歳取った人だ。

 ワシは家の植物の水やりを終えて、おじさんを眺めてみた。まだ掘っていた。難儀そうだ。これはワシの出番だ。ワシの家周りの雪掻きぐらいはやらねばならない。作業服に着替え長靴履いてスコップを持った。

「手伝いますよ」

「もう浄化槽の蓋が見えてますので、大丈夫です」とおじさんは笑顔で言う。

「いやいや、雪を捨てる道を作りますよ」

「大丈夫、あと少しですので」

「いやいや、僕の方が若い。どうか雪掻きさせてください」

 涙ながらに訴えたが、断られた。



2021年3月11日木曜日

[7378] 忘却

 ●忘却

歯の隙間に食べ物が挟まる。

若い頃はこんなことはなく、

歯は丈夫すぎるくらい丈夫で、

飲み屋では割り箸をガシガシ噛んで

1センチ大に細かくして

皿に山盛りしていた。

しかしそんな過去も遠い昔で

まるで他人のことのよう。

もしかしたら夢かもしれない。

もしそんな過去が記憶として鮮明なら、

今のこの状態を嘆いたただろう。

でも最近は記憶も曖昧なので、

嘆くことはないから『幸せ』だ。

歯に隙間が出るように

脳にも隙間が出ているのだろう。

忘れることは空間ができて広くなる。

それはおおらかでいい。

もっともな忘却は忘我だ。

それは英語ではエクスタシーのことだから、

過度に忘れるのは芳しくないが、

物事にあまり拘らず

忘れることだと思う。

隙間を通って

『幸せ』がやってくる。



2021年3月10日水曜日

[7377] 庭作業

 ●庭作業

デッキ周りには

ユキヤナギの株が三つある。

昨日の一つはほぼ全滅だった。

あと二つを雪掻きした。

折れが少ない!

花芽も膨らんでいる。

株周りを雪掻きし

枝を掘り出し

寝てしまわないように

縄で縛って立てた。

写真の真ん中あたりで

箒のように

立っているのがユキヤナギで、

手前で寝ているのがチョコ。

これで春、花が楽しめるだろう。



2021年3月9日火曜日

[7376] ユキヤナギ

 ●ユキヤナギ

雪に埋もれたユキヤナギ

掘り起こしたら

2メートルもあったものが

30センチぐらいになって

全て折れていた!

悪いことをしたと思う。

今は雪掻きが苦でないが

去年の暮れは

雪掻きも雪囲いも

面倒だったのだ。

次回はちゃんとしてやろうと思う。

身体が自分の内側なら

家や庭の動植物

それを覆う雪・土・空気などは

全て自分の外側だ。

内側と外側を合わして自分なのだ。

写真:今朝の太陽。

これも自分だろう。



2021年3月8日月曜日

[7375] 自然治癒力

 ●自然治癒力

 漢方をやってから体も精神もすこぶる良く、苦でしかなかった雪掻きが楽しい。少々癖になっているようだけど。

 たまたま友人がアーユルヴェーダーをやっているというので調べてみたら、いつの間にか自分の生活に取り入れていたようだ。これまでホメオパシー、アロマ、鍼灸、カイロプラクティックなども試した。もちろん現代医学も。

 世界には大きく分けると二つの療法があるようだ。自然治癒力を促す漢方やアーユルヴェーダなど。それと自然治癒力を抑える現代医学の薬物対処療法だ。これは熱が出たら解熱剤、痛みが出たら鎮痛剤など、自然治癒力を抑える。自然治癒力などは妄想だという意見まである。まるで反対の療法だ。

 今の人はほとんどが現代医学に頼る。つまり過去にいろんな療法があったのだが現代医学だけが大きくなって、他にあった多様な療法を信じられない田舎信仰の民間療法として排除した。現代医学が独占するためもあるし、民間のいんちき療法を排除するためでもあったろう。しかしこれはある意味、世界を一色に染めてしまい画一化してしまう考えである。ここにも自然と文明の分断が窺われる。一つの療法だけが正しいことはない。『わ』ならば、やはり多方向が必要だ。だから未病という考え方は大事だ。基本、怪我や病気が治るのは己の持っている自然治癒力だろう。

写真:薪ストーブで一時間、コトコト煮出しているスペシャルブレンド。

『枳殻、陳皮・女貞子・杜仲・黄耆・莢服子・旱蓮草』

だんだんお湯に色がついてゆく。

待つ時間が実に心地よい。



2021年3月7日日曜日

[7374] 顔

 ●顔

弟が白鷹町に行って

『あけがらし』というご飯のお供を

土産に持ってきた。

これが美味いのだ。

優しい弟だ。

お返しに猫の皿をあげた。

ところで

「白鷹町ってどこ?」って聞いたら、

自分の左の頬あたりを指さした。

なるほどそこか! 

そう山形県の地図は

人の横顔なので指一本でわかるのだ。

ちなみにワシの住んでいるところは

左のこめかみあたり。

*写真の矢印は最上川美術館(うちの近所)

2年前の最上川芸術祭のポスター用に

描いた山形県の絵です。



2021年3月6日土曜日

[7373] 和風

 ●和風

連日の雪掻きで

疲れて死にそうなので、

今日は雪掻きヤメて、

昼寝。

目が覚めたら

雪掻きしたくなった。

ペリバの前の雪掻き

雪囲いを完全に取り去る。

東側の雪の壁がなくなった。

強い新鮮な風が通った。

冷たいが心地いい。

宮沢賢治の詩

『和風は河谷いっぱいに吹く』

まるで

そのままだ。



2021年3月5日金曜日

[7372] 開放

 ●開放

冬の間 

屋根から落ちた雪の山で

ずっと朝日が入らなかった

アトリエ『ペリバ』。

今日は雪掻きして

雪囲いを外す。

囲いの壁がなくなって

ふと思った。

「こ、こんなに開放的だっけ!」

慣れとは恐ろしいものだと思った。

壁や狭いところに慣れちゃダメだね。

これで明るく仕事ができる。



2021年3月4日木曜日

[7371] 一つ一つ

 ●一つ一つ

この間は道を

昨日は池を

今日は広場です。

世の中は滅び、

本当に必要なものを

一から

一つずつ作っています。



2021年3月3日水曜日

[7370] 池

 ●池

雪に埋もれていた池を出した。

冬の雪掻きと違って、

この時期の雪掻きは

春が顔を出す

ニコニコ爽快感だ。

インディアンは言う。

「蛙は自分の棲む池の水を飲み干さない」

それなのに人間は地球を

食い尽くそうとしている。

『幸福感』に包まれるとは、

『池が枯れる方向に向かない』こと。

そこから始めよう。



2021年3月2日火曜日

[7369] 排除

 ●排除

コロナのワクチンについて。

 最近は日本のいいものの情報がある。ノーベル賞の大村智さんが発見したイベルメクチン。腐植土壌有機物から抽出されたフルボ酸。柿渋から作ったタブレットなどが効くってさ。地産地消、これでいいのでは。

 これらから思うのは、やはり自然は大事。文明は自然を嫌い分断し排除したのがそもそもの間違い。例えば腸内の善玉菌と同じように自然のいろんな微生物が身を守ってくれていた。それなのに自然を嫌い、太陽を嫌い、土を嫌い、悪玉菌と一緒に自然を排除した。これでもちろん善玉菌も排除される。その結果人工美容に人工清潔、人工化粧、人工整形となり自然美や自然体がなくなった。見るだけの腐らない顔こそ死顔とは気づいてない。薬だらけの透明な川も見るだけのもので写りはいいが死んでいる。心身を守る自然バリアが無くなったから、隙を見て感染症が身体に入ってくる。ついでに子供から泥んこ遊びや砂場遊びを排除した。



2021年3月1日月曜日

[7368] 答え

 ●答え

『答えを生きなさい』

美しい言葉を習った。

これは真理だね。

自然農をしている川口由一さんの言葉だ。

裏を返せば

「問題を生きてはいけない」と思った。

答えを生きている人には問題がないからね。