2014年3月31日月曜日

[4442] 稀

コーヒー豆を買いついでに散歩。ここのコーヒーは手焙煎コーヒーだ。もう少し進むとガールズ農場のログハウスがある。ここは女性だけの農業集団だ。
 そこで思った。
 自分という人間は他の誰でもない。主流でも大多数でもない『稀な人間』だ。たぶんここに幸せへの道があるような気がする。
 自分のところが大多数なら、今度は少数、でもなく、一人自分しかいないような『稀』なところに移動する。『稀』なところにいるとなぜか自分の中の大多数が活き活きする。もともとだれもがみんな『稀』だったからだろう。
 ところで『稀』は反主流ではない。反主流は主流の反動だから『稀』ではない。それに主流と反主流があるのは憎しみあうためでも戦争するためでもない。一人一人が活き活きする『稀』を見つけるためなんだろうと思う。とにかく『稀』がいいよ。

2014年3月30日日曜日

[4441] 焚き付け

今日は雨降り寒い。薪ストーブが思う存分使えるぞ、ガハハハハハハ。
 薪ストーブに火を付けるには、まず焚き付け用の木っ端2本ほどに火をつけ、それが大きな薪に移ってボーボーとなる。大きな薪は一昨年に割ったから今は薪割りする必要はない。しかしこの焚き付け用の木っ端を作らねばならない。油分の多い針葉樹の薪や古材を細かく薪割りするのだ。使うのも写真のような小さなオノ。このオノは引っ越してきた時に中学の同級生がくれた。焚き付け薪割りはバケツ一杯で何日分もあるから、すぐに終わる作業なのだが、あのデカイ薪割りと違ってスパスパ割れるので楽しい。背筋を伸ばした蹲踞の姿勢でやるせいだろうか、気持ちも清々しくなる。一日中やりたいほどだ。しないけど。
 (いまごろ気付いたけど、オノくれたあいついいヤツだな。あんがと)
 

2014年3月29日土曜日

[4440] 石ころ

庭に出て、雪掻き道具を倉庫にしまい、代わりにベンチやテーブル・椅子などを出し、庭に配置する。地面を見るとネズミやモグラの穴ぼこがたくさんあり、拳の半分ぐらいの石がいっぱい出ている。ウチの庭に、こんなに石があったっけ? 緑の草で見えなかったのか? それともネズミが出したのか? 雪融けと関係あるのか? ??
 なんにせよこの石ころを拾わねばならない。今日は時間がない。
 晴れた日の午前、ワシが一輪車を押して石を拾って歩く。ワシの後ろをイゴがくっ付いてくる。ピニャモが虫を追って飛び跳ねる。ヨゾがネズミの気配を感じ土を掘る。ポチが日向ぼっこしている。そんな情景をイメージした。
 今のところ、これ以上新鮮な楽しみはない。他に何かあったっけ? ないと思う。石拾いのこと考えると、うずうずします。

2014年3月28日金曜日

[4439] ライトアップ

南側の庭はとうとう雪も融け、すっかり春。
 夜の風呂上がりのビールも芝デッキに戻ってきました。冬の間はしょうがなく屋根のあるゲレンデに出て飲んでいた。しかしやっと戻って来れたのにそれほどの感動がない。ゲレンデに慣れたのだろう。慣れとは恐ろしい。すごく好きだったのに別れてしまった昔の女性とやっと寄りを戻したのに、思っていたほどではなかったような、夢にまで見たあんなんではなかったような‥‥
 ところで満天の星空なのに、最上川には靄がかかって幻想的。それにやけに碁点温泉の方が明るい。たぶん山にライトアップして露天風呂から見えるようにしたんだろう。どんなもんか明日あたり夜の露天に入りに行こうっと。

2014年3月27日木曜日

[4438] いっぱしの者

道化師
「心が独りぼっち。
 人はいろんなところから正しいような知識をかき集めて身にまとい、他人からいっぱしの者に見られようとする。でも知識は物質だ。部屋にも物が、頭にも物がいっぱいでは、どこもかしこも窮屈で落ち着かない。これでは本当に欲しい精神的なおおらかさも優しさも入る隙がない。
 さてと日々知識など捨ててゆこう。代わりに広い空間が手に入って余裕ができる。
 さあ善の種を撒こう。そのうち自然に善は開花する。花が咲けば勝手に蝶や蜂がやって来る。
 孤独は無くなるだろう。
 やっといっぱしの者だ」

2014年3月26日水曜日

[4437] 時間

隣村の温泉へ行く。途中で魅力的な家を発見。ちょいと気になった。なんと! 陶芸家のブルーノさんの家ではないか。素晴らしい家だ。こんな家に住んでいるとは知らなかった。尋ねてお茶。家の中も美しい。
 一階は全部石積みで10年の歳月を費やし、二階は古材で5年、やっと最近住み、まだまだ建築途中だという。たぶん一生かかると。今日も風呂場に敷くタイルを作っていた。
 ブルーノさんはフランスから粘土が出るこの村に、奥さんも山形出身ではない。子供が一人、自立してここにはいない。二人で睦まじく、この山奥に家を造り続けているのだ。仕事は飯食う分だけ稼いで、あとは家造り。だからごはんのおかわりはできないってさ。最近の日本の住宅がハリボテで偽物が多いことに歎いていた。金などかけなくてもいい家はできる見本だってさ。確かに。ワシは、彼の時間をかけて物事をやる姿勢にかなり感動したので、ブルーノさんに『ごはんのおかわりをさせてやる会』を作りたい。いいものは物だって人だって大事にしたくなるものだ。生まれて与えられた限られた時間というものはこのような使い方をしないと。
 このブルーノさんの生き様に、みんなは刺激を受けないのだろうか? 僕は刺激を受けて、帰って粘土いじったら、すごいのができてしまった。

2014年3月25日火曜日

[4436] チュッチュ

春ですね。この間まで冬真っ盛りだったのに、春って来るもんなんですね。
 ひさしぶりに朝食はデッキ、ポカポカして短パン日和。
 写真はヨゾがモグラかネズミを探しているところ。暖かくなってきたので、地中の動物が動き始めている。ヨゾはその動きを察知して、雪を掘り、頭を突っ込んで奴らを捕まえる。まあ、すごいもんだ。それはいいのだが、捕まえたネズミをアトリエに持ってきて逃がしてしまう。
 この間、アトリエに血があったので、どこぞに逃げたかと探したがいない。ヨゾが食ったかもしれない。そんなヨゾをSSはぎゅっと抱きしめてチュッチュ、するな!

2014年3月24日月曜日

[4435] 関係

すこぶる快晴。庭だー
 玄関の風除室のドアの板が湿気で膨らんでしまった。自分で直せそうにないので建具屋さんを呼んだ。
 家に関わる人は建具屋さんや大工さんだけでなく、電気、上下水道、屋根、ガラス窓などいろいろな仕事の人がたくさん関わり、上手いこと繋がっている。ある意味みんなで造っているものだ。この先も、家が朽ち変化するので、ずーっといろんな人が関わってゆく。
 ふと思った。家を楽しむためには私と建具屋さんとのいい関係が大切だ。つまり楽しみとは「私とあなたとのいい関係」にある。物でも自己だけでも集団でもない。もっと掘り下げると、『私』と『無私』の間にいい関係を作ることだ。主義や主張抜きで、いい関係を築くために、さあ動き出そう。
 あ! でも身体だけの肉体関係や金だけの金銭関係の繋がりはイマイチ。あと繋がりたくもない上下関係や敵対関係などはつまらないっす。

2014年3月23日日曜日

[4434] 手間隙

久しぶりの庭仕事は楽しい。
 もう雪は降らないだろうから、窓に陽を入れるために、雪囲いを窓枠のところ半分まで外す。残りの囲い材は雪がこんもりあるので溶けるまでお預け。意外と開放的な窓だと改めて気付く。まあ少しずつ春の準備ですね。
 他人はこんなこと面倒だと思う。自分も昔はそう思っていたが、自分で一年間も吟味して設計した家だもの、こうやって大事にしてゆくのは思いの外、楽しいんですな。自分で細部まで手をかけると住み心地が違うんですよ。
 喩えて言うと、美味いコーヒーを飲むために、豆を厳選し、できるなら自分で煎って、ネルドリップでじっくりポタポタ淹れる。家っていうのも、そんな手間隙が大事なんだね。
 あっ! 今、ちらっとHな妄想喩えが閃いたけど、今日は止めておこう。

2014年3月22日土曜日

[4433] 善

こんなにも世界が分裂して敵対しているのは、悪が蔓延しているせいだろう。
 東京には空がないと昔の詩人の妻は言ったけど、今は空も、心の善もない。善よ、どこ行ってしまったんだ?
 規則正しく真面目に優しく善行している人の内にいる筈だったあの善はどこに行ってしまったのか? 子供に教え諭した正義はもはや今の時代に必要ないのか? 人の生きる道は金を拝む拝金主義以外ないのか? 空には公害や放射能はいらないけども、しょうがないと悪を認める偽善が蔓延り悪を正当化するための知識で満ちている。もはや悪中心でしか世界は見えないのかい? 
 もうすぐ春だ。桜が満開になるというのに、外にも内にも深呼吸できるような清々しい空も善もないのかい?

2014年3月21日金曜日

[4432] 美青年

人は、過去の知識や経験や決め事で『今』を生きているから、実質『今』は過去の言いなりだ。あやふやな未来に希望を描いて、それに向かって努力したり、羨望しているから、実質『今』は未来の言いなりだ。生の『今』が死んだ過去や幻の未来より価値が低い。
 昨日、思いつきで絵を描いてしまったのはいいが、かなり集中したみたいでド疲れ。温泉に行く。露天は吹雪いていて風が冷たい。目の前にスラーっとした10代の若者が入ってきた。背が高く足も長い。顔が小さく首が長く肌は白い。まるでフィギュァスケートのあの若者のような。痩せていてお腹に脂肪などない。素晴らしい! そのまま股間が目に入った。おお! な、なんと!
 お嬢さんは急にかなしくなり ひっそりとした街道を帰って行く。
(立原道造『村ぐらし』より)

2014年3月20日木曜日

[4431] 時間

起きているより寝てた方がいいと怠け者の知人が言った。これの問題は『時間』だ。普段、人は時間に追われ、逃避しようと南の島を思い描くが叶わず、時間を気にしない音楽や映画鑑賞に集中するのもいいけど、最終的に惰眠や深酒に逃避する。
 今日は生憎のみぞれで眠いけど、個展前で粘土いじりをせねばならない。一休みに、画家のクレーが過り、なにげに少し大きい絵(縦1m)を描きたくなった。眠いのに仕事しないなら寝た方がいいのに、絵を描く。
 色を塗っては、違う色を塗り重ねたり貼付けたり引っ掻いたりする。気に入るように描いているので、どんどん気に入っていくのだが、同時にどこかなぜか気に入らない。そんな善し悪しが交互にやって来ては遠ざかる。呼吸のように、昼・夜のようにやって来る。心の風景が四季のように流れ、一年が過ぎた気分。外はみぞれ、うっすら雪が積もっていた。
 まあ、できあがりはこんなもんだけど、やはり絵は無時間のプロセスが楽しい。気に入ったから今度の個展に出そうっと。

2014年3月19日水曜日

[4430] 動物と会話

山好きのおじさんが雪の中から掘り起こした大根やキャベツを持ってやってきた。おじさんは、自分は他人に嫌われているから誰も相手してくれないと言う。
 普通人は、自分の思考や感情に合わない話しは、聞こえない、理解できない、抵抗するかだ。このおじさんはそれよりひどく、相手がいないも同然として勝手に話す。聞いてくれる人は人でなくても犬・猫でもいいわけだ。そりゃあ、嫌われるわ。こんな情景が過った。
 おじさんは犬を見ながら「うだかだほだみだんだがらんだべ」と熱く語る。犬はポッとした目でおじさんを見つめる。(おじさんが言っている通りだ、そうそうそうだよ)てな意味としておじさんは理解する。
 今度は猫を見ながら「あそごのあすごがらづづっとおづだらんだべ」と山での困難を語る。猫はおじさんの腕にすりすりする。(いやあ、おじさん大変だったね、苦労がわかるよ)てな意味としておじさんは理解する。
 動物と会話できる人、おじさん、完璧じゃん!

2014年3月18日火曜日

[4429] 胸

数日前から左胸が痛む。重苦しい感じで不安だ。この痛み時々襲ってくるので気持ち悪い。深呼吸をするとなんとなく落ち着くのだが、昨日からは連続して妙に苦しい。考えてみれば、この間父親が肺ガンの手術をし、その前年は兄が肺ガンの手術、それだけでなく弟は若い頃、肺気胸になったことがある。品のない彼らとは血がつながってない筈だから、遺伝ということはない。しかしあの環境の空気を吸っていたわけだから、朱に交われば赤くなる。
 今日さっそく病院に行ってきた。久しぶりの病院に緊張、しかし新鮮で少し愉快。心電図とレントゲンをとり、暫し待つ。この待っている間、初めの数分間はどこかもう終わって安心している気分。ところが時間が長引いてきたら、やや不安になる。よくよく考えたら、ヤバいことかもと考え始め、もっといい作品残さねばなぁと思い始める。隣りの婆ちゃんを見て、オ! いいアイデアが浮かんだ! フフフとにやけているところに、呼び出しが。
「どこにも異常なし。神経痛かも、それとも恋かな」
 なんてね。

2014年3月17日月曜日

[4428] 樽石大学

温泉の帰りに近所の山奥にある『樽石大学』で文化祭があるというので寄ってみた。
 この大学は今から二十数年前に『生涯学習』という精神をモットーに、樽石という村の村人たちが集まって作った『卒業のない学校』なのだ。実に面白い発想だ。
 村人の手でログハウス風学校まで建てて、宿泊施設まであって自然からいろんなことを学ぶ。文化祭には村の家々からの貴重な宝物(変なもん)が集められていた。感動したのは江戸のオカマと女がHしている見事な春画。初めて見た。それからワシが好きな日本画家小松均の最上川の絵だった。あと面白かったのは、畳一枚ぐらいあるドでかい白菜の絵。そう思ったものが、実は上から見たこの樽石村の絵だった。
 写真の左の手は学校を建てた男の手で、右の手は裏で支えた奥さんの手。実際は厚みもあるので、すごいでかい手だよ! 謙虚な人なので何も言わなかったが、絶対クマと闘って勝って、バクバクむしゃむしゃ食ったことがあると思う。

2014年3月16日日曜日

[4427] 元に戻す

日本のどこかの大学の研究で、がん細胞を元の正常細胞に戻せるとことができたらしい。今までの治療はがん細胞を切り取るまたは殺すという方法だったが、今回のは『元に戻す』と言うもの。面白いと思った。
 国規模ではいろんな民族や宗教、政治イデオロギーがあって対立。何か気まずくなれば、金銭と権力の強いところが善となって、他は悪となる。悪を退治根絶しようと戦争。あとは悲惨しかない。
 そこで今回の新しいがん治療の話しから、地球もひとつの身体。戦争などのめちゃくちゃ悲惨になるような悪の破壊行為は止める。いろんな方向に分化しちゃって、わざわざ敵を作るようになった地球上全ての人々の頭を、一回、空っぽにして赤子のような無垢な状態、『元に戻す』。
「お母ちゃん、ガンみたい」
「薬箱に入っている赤い瓶の薬一個飲んでおきなさい」
「は〜い」
「大丈夫になった?」
「なったよ。また暴飲暴食、放射能浴びてくるね」
「いってらっしゃ〜〜い」

2014年3月15日土曜日

[4426] 愛玩

朝、パンを食べていると、パン好きマッピョが、ワシに気付かれないように、そーっとテーブルに上がってきて、泥棒ネコのように抜き足差し足で、鼻を伸ばしながらパンに近づく。
 マッピョをすかさず発見し、慌てて手で押してテーブルから落とす。
 マッピョはこの仕打ちにワシの目を見て
「え〜! 信じられな〜い! なんてことするの! あなたの大切な愛玩動物でしょ、あたし」 
 うっせ!

2014年3月14日金曜日

[4425] みおちゃん

早くに目が覚め、うつらうつらしてだるい。朝一に携帯にいたずらメールがあった。見知らぬ『みおちゃん』からで「SEXをするだけで良いんだけど、ダメかな?」だった。一気に目が覚め、吹いてしまい、身体に血が巡り、仕事にやる気が起きた。こういう朝から何気に笑わせてくれるのはいいかも。名前の『みお』だが、他の名前を考えたんけど、やはり『みお』がいい。制作側はちゃんと考えているような気がするな。こんないかがわしい分野ではなく、全うに孤独な年寄りや鬱病向けのサービスということでいけそうな気がすんだけど、ダメかな?
 夜、違ったメールが来た。「今日の下着だよ!」だって。わろた! しかしこんなのに騙されて電話するバカいるのかな? ワシ、無意識に電話してたりして。
 写真は昨日の『ヘッチョ』の反対側をみおちゃんポク加工してみました♡

2014年3月13日木曜日

[4424] へっちょ

作品の顔がどうも『へっちょ』だ。気合いがないと言うか、惨めっぽいと言うか、情けないと言うか、女に振り回され捨てられそうな。ん? どっかで見たな、この顔。誰だっけ? まあ、とにかく直しに直して、写真の顔でやっと満足。
 あっ! 『へっちょ』を思い出した。NYにいた頃、アパートをシャアしていたナガタマだ。カメラマンの卵で、大きく25とか番号のついた手紙を読んでいた。「何、その番号?」と聞いたら、日本の彼女からの手紙で、これが25通目の手紙だと言う。ナガタマも彼女へ一日一通の約束で返信する。これを怠けたり忘れたりすると彼女から一日数通も来る。まあ『へっちょ』ってのは、そんな感じだ。愛着や愛縛は愛ではないだろう!
 ナガタマはその後、男らしくなったかして、東南アジアのサーカス団に加わったらしい。元気、してるかな?

2014年3月12日水曜日

[4423] ラスタファリズム

今日は最上川見ながらガンジャを吸い、レゲエを聴きながらちらちら降り注ぐ白い雪に身を揺らし、ハッピーになった。
 写真は最上川の川下りの船です。いい風景ですね。乗ったことないけど、面白いのかな? ちょうど庭の前を通るので、夏など庭先にいるときは、陛下のように手をあまり高く掲げず胸の当りに置いてゆっくりと振る、笑顔で。
「みなさん、健康で楽しく仲良く生きてください」と願いながら、ラスタヘアーをなびかせる。
 すると船に乗ってる庶民が大きく手を振って答えてくれる。
 なんてね、んなわけないだろう! 毛ないし。 

2014年3月11日火曜日

[4422] 二

毛並みを描かしたらピカイチのSSが腕を掻きむしっている。ダニかと思ったらアリガタバチという虫らしい。名前は有り難そうだが、けっこう痒いらしく腫らしている。
 そういや神奈川に住んでいる時、津久井の『ダニ』と呼ばれる笑わしてくれる面白い夫婦が住んでいた。山形では陶芸で甲殻類などを作ってる『カニ』と呼ばれる若者が住んでいる。我が家のSSは自分の兄のことを『オニ』と言う。彼女が生まれたところは青森で『ウニ』が美味い。どこか不自由な国では女性が『ミニ』を着ることを禁止したらしい‥‥男性ならまだしも。『クニ』とは変なものだ。
 今日も猫の肉球を『プニ』と押した。

2014年3月10日月曜日

[4421] 調和と渾沌

今日は朝から、というより数日前から職人のようにチマチマ芸術家してます。
 だいたい、数十年も粘土いじってきたのだから技術はかなりなもんだ。だからペペペのペッと作品ができるかと思えば、そうじゃない。なにせ数十年作品見てきているから、見る目もかなりなのだ。自慢ではなく、前に作ったものはもう脳も身体も記憶しているから刺激がない。目は知らず知らずもっと高みを望んでいるのだ。ところがその見る目に添った高い技術があるかと言えば、いつだって無い。常に未知だ。だから日々技術向上を強いられる。上手いこといけば感動も一入だ。しかし年齢とともに目は肥えてきているが、同時に衰えてもいる。集中力も弱くなっている。できた作品は調和が取れているけど、どんどん渾沌になっているような、妙な感じだ。
 面白いのは僕の作品を長く見てきた人たちも同じように目は肥えているが衰えているということだ。
 じゃあいい加減に手を抜いてもいいか!

2014年3月9日日曜日

[4420] 心にしみる

午前は夏のような天気だったが、夕方から雪。薪ストーブの火を見てて思った。
 燃える炎は見ていて飽きない。瞑想のように時間は経つ。身体が温まる。お湯が湧く、だけでなくアイデアも湧く。そのお湯で火を見ながらコーヒーを飲む。心がすっきりする。火は夜の家に、暗い夜道に灯りを灯す。
 ところで原発とは、その火の一部分だけ、結果だけを利用する。防護服を来て原発を見ながらコーヒー飲んでも心は落ち着かないと思う。
 なんかさ、例えば誰かの絵を見て衝撃を受け、画家になろうとする。いい絵を描くまで、みんなから認められるまで、絵でなんとなく食えるようになるまで右往左往暗中模索する。それからアートがやっと心にしみて、絵画のように宇宙が見えるまでには、そりゃあいろんなことがあるさ。やっとコーヒーの味がわかる。
 名声と経済の結果だけではアートが心にしみることはない。火だってそうだと思うよ。

2014年3月8日土曜日

[4419] 結婚式

今日はガールズ農場リーダーガンダム&アムロの結婚式に呼ばれている。といってもそういう所は苦手だから二次会だけね。そこで引き籠りを止めて出かけるわけだが、生憎の雪。なのに結婚願望強い除雪勇者シゲルサが来ない。昼近くにニコニコしながらやって来て「今日は結婚式と葬式があって雪掻きできない」と言う。シゲルサがこんなに嬉しそうなのは、どうせ結婚式に集まったオナゴ共の中から自分の嫁を探すのに必死なのだ。まあしょうがない。雪はそれほど積もってないから手作業だけで車通れるだろう。
 しかし葬式には何しに行くんだろう?
「未亡人!」
 天から亡くなった旦那の声がした。
 まあシゲルサは放っといて、お二人さん地球平和のために結婚おめでとう。

2014年3月7日金曜日

[4418] ヤクザ

今日は見るからにヤクザな育ての親がやって来た。実は僕はある皇族が他所に作った子が前世で、ずいぶんと長い間、この人が本当の父親だと思っていた。つくづくこの人が同級生にいたら付き合わないだろうなと思う。
 この父親、我が『七福神猫教』で見てもワシと相性が悪い。ワシは感性が鋭敏でナイーブな日本刀の如きもの、なのに対して、父親は金属を溶かし、時には金属をまったく違ったものへと形を変えてしまう恐ろしい火なのだ。加えて想像上の動物『辰年』で血液は身勝手な『B型』と傲慢この上ない。せっかく美しく仕上げようとしている我が日本刀の如き芸術人生がスコップやツルハシにされては堪ったものでない。たまには火も日本刀の刃を強くするためにいいんだけど、最近の社会は燃えるヤツばっかりが多い。あっちこっちで火の手が上がる。せめてものワシが、冷静に、風景も身も心も含む、大自然のままのこの空間を、危うい人間社会から、たとえそれが両親だろうと、守らねばならんだろう、と感じましたさ。

2014年3月6日木曜日

[4417] 水分

昨日までの春とは打って変わって冬っす。それでもときどき春が顔を出して天気雨でなく天気雪になる。雪景色に日射し、寒いから薪ストーブに火だし、なんとも妙に心地良いっす。このような天気を見てて思う。
 最上川の水は流れている。その向こうの山にも木にも水分は含まれ留まることはない。積もった雪だって水だし、空気中だってかなりの水分だ。砂漠の砂だって7%が水分だと聞いたことがある。僕という人間も60%が水だ。
 なのに『僕』というのは水以外の40%にあるとどこかで思っている。%的には少ない方に僕がいることになる。しかし40%の物質だって留まることなく新陳代謝しているから、そこにも僕はいないだろう。では僕はどこにいるのか?
 この水で溢れた目の前の風景が全部『僕』のような気がするんだけど。そうなると『僕』は『君』でもあるね。

2014年3月5日水曜日

[4416] 夢

夢を見たの。
『見るからに心優しいおじさんがやって来て、あなたの作品が好きだから、東京は世田谷の一軒家をあなたにあげたいと言う。見に行ったら、けっこう庭も広い。家の中もいい感じだ。この街も嫌いじゃない。ふと山形の家猫が頭に浮かんだ。やっぱ家猫がいいやと思い、断った』
 目を覚まし、もったいないことしたなと思ったが、たぶん冬厳しいけど、今住んでいる家猫が本心から好きなのだろう。
 夢で思い出した。今から20年前、僕の夢の話しを5話、日活助監督が撮影し、それをさらにエグくイメージ映像化したビデオが売られた。写真がその表紙(イラスト:秀虫)。今回はこのビデオをDVD化し、販売することにしました。官製ハガキに「山形の山奥の最上川沿いの[注文の多い招き猫店]、『わじんの夢』係まで」と書いて、近所で見かけた上品で頭の良さそうな野良猫にハガキを渡してください。

2014年3月4日火曜日

[4415] 眠くて

今日はすこぶるいい天気、春の陽気だ。
 もう眠くて、眠くて、とにかく眠くて、外はポカポカ暖かくて、空見ると雲一つなくて、青くて、眠くて、だるくて、BGMフェラクティ、やかましくて、眠くて、つらくて、眠くて眠くて、眠くてフェラクテ、でなくて、眠くて眠くて、このまま死んでもいいくらいに眠くて、神様〜、眠くて眠くて、眠くてナマステ。

2014年3月3日月曜日

[4414] フィロソヒー

ちょいと大きめの作品の内蔵を作っていて思った。人間は60%ほどが水で、その中に内蔵と骨を浮かべているようなもんだ。水は大切だ。
 政治家がマフィアやヤクザのように地球の縄張り争いや国取りゲームをしている場合ではないように思う。こんな言葉を聞いた。「これからは『アート』『デザイン』『サイエンス』『テクノロジー』の四つを総合して考えて行動する」。これは今に始ったことではない。例えば陶芸では1200度以上の温度の維持が『サイエンス』で、化学的な釉薬をどう使うかが『テクノロジー』だ。生まれた作品は『アート』で、生活を彩るのが『デザイン』だ。ふと過ったのが大昔の『五行』だ。『五行』は『水』『木』『火』『金』『土』だ。『水』が自由自在な『アート』、『木』が街を彩る『デザイン』、『火』はもちろん『サイエンス』、そして『金』は錬金術みたいなもんで『テクノロジー』。残る『土』はなんだろう? あ〜『フィロソヒー』だね。『フィロソヒー』とは、簡単に言えば『自分=世界』だと思う。もはや表現が重要なだけで、縄張り争いなんか必要ないんだ。

2014年3月2日日曜日

[4413] グラッパ

今日は酒を買いに隣町のG8C5へでかける。G8は酒屋の名前が『源八』だから、C5は子宝5人もいるんだ。呑んで朝方に夢現やってしまう癖があるらしい。
 久しぶりにパン屋でないところでたむろした。東京に住んでいる頃は毎日のように画材屋にたむろし、集まってくる売れるわけがないアーティスト達と実のならない話しで盛り上がっては落ち込んでいたっけ‥‥
 写真はグラッパというものでブドウの搾り滓から作る蒸留酒、手に入れたのはアルコール度数52度のもの。これを作った酒造り職人はラベルを一枚一枚手描き、名酒を残して他界。娘が酒蔵にン十年引き蘢りハーブグラッパを作っていたとかなんとか。すばらしい! これは飲み物というより作品ですな。ワシ、そのような人に興味津々。自分も籠っているから親近感を覚えるのかも。

2014年3月1日土曜日

[4412] 困った

困ったもんだ。春のように暖かいじゃないか! ふざけんじゃないよな。せっかくの一年に一回の冬なのに、こんなに早く終わっていいわけないだろが、よく考えろ! 薪ストーブが使えないじゃないか! 芝生の『裸でゴルフ』の姉ちゃんだってもう出てきたではないか! 腕折れてるけど。
 しかし裸でゴルフはないだろう! 希望はあるけど。これを作ったヤツはこのような効果を狙ったわけではなく、マジにゴルフのトロフィーのつもりで作ったんだと思う。プレゼンにはマジなゴルフ関係のシャレもわからんオジンばかりで、「きさま、ふざけてるのか! こんなもの没だ!」って怒鳴られ、渋々リサイクルショップ。500円でワシの手に入リ、芝生に立たされた。よかったじゃん! 最高だべなっす!