2016年5月31日火曜日

[5634] 老い

モミジ、煮こごりのような血を散らして以来、メシも食わず、まともに水を舐められず、口の周りや腕を血だらけにして、外に出たがってふらふらうろつき、窓から大好きな川音に向かって夜泣きのような大声で叫ぶ。スポイトで水を飲ませて、3日目の今日、川への想いは失せ、やっとメシに興味を示し食う。峠を乗り越えたように思う。一気に老けたなぁ、モミジ。今朝は撫でられ喜んでいた。久しぶりに喉のゴロゴロを聞いた。
 ワシ、なんか老いたものが好きになっている。鏡を見たら自分も老いていた。
 ジジババ作品でも作るか!

2016年5月30日月曜日

[5633] 美

モミジを美しいと思う。見た目の毛並みとか歩き方とか、もはやボロボロなのに、力強いものを感じる。
 モミジが最上川に向かったのが何故か考えてみた。人間も歳取るといろんなことを忘れて徘徊する人がいる。動物もそうなのだろうと納得するのは人間中心だ。人間の下に動物がいるわけでなく、動物という範疇の一部が人間だ。人間は動物から『アラユルコトヲ』学ばなければならない。
 「動物は死に場所を探す」って表現は嫌いでない。安らかなところを求めて彷徨っているのだろう。でもたぶんこの世に安らかなところなどない。安らかな死とはあの世だ。人間はこの世にあの世は作れない。あの世など解らない。実はあの世が安らかかも解らない。でもそれでは飼い主の傍が安らかでないようで、飼い主にとってはとっても寂しい。でもそれはしょうがないんだと思う。
「もうけつしてさびしくはない、なんべんさびしくないと云つたとこで、またさびしくなるのはきまってゐる。すべてさびしさと悲傷とを焚いて、ひとは透明な軌道をすすむ」by 宮沢賢治
 そう、人も猫もこの世あの世を超えて透明な軌道をすすんでいるんだ。それがワシには美しいのだと思う。

2016年5月29日日曜日

[5632] 水

マルシェ2日目。
 モミジのフルネームは『モミジ・モミズ・ノミズ』だ。なぜこんな名前を付けたかと言うと、ワシが紅葉にハマっていた頃、家に来たから『モミジ』。モミジは水が好き。だから『モミズ』。水のオケがあると必ず飲まずにいられない。だから『ノミズ』。繋がってこのような名前になった。
 もしかして生きているうちにあの大きな最上川の水を飲みたかった。飲んで夢を達成したかもね。戻って来てからは風呂場にいる。いつも水桶の前にいることが安心みたいだ。外に出ないように、風呂場に寝床やトイレ、もちろん水桶を二つも用意してマルシェに出かける。
 天気に恵まれ、お客さんも多く、楽しかったさ。楽しむだけでもいいのに、思った以上にいい成果。帰ってモミジを見て、一安心。温泉へ。グビッと生ビール。

2016年5月28日土曜日

[5631] モミジ

今日はマルシェ。スタートはイマイチだったが、後半は盛り上がった。懇親会があると言っていたが、付き合いの悪い性格でほんとよかったとしみじみ思っている。
 実は朝、床に血のかたまりがあった。よく見るとそこらじゅうにある。モミジの頬の腫れが破れたのだろう。マルシェ後、家に帰ったらモミジがいない。モミジは家からほとんど出ない猫。庭にもいない。動物は死に場所を探して他所に行くと言う。崖の草むらで死んでいるのだろうか? 30分ほど草むらを棒で突いて探す。ほぼ諦めかけた時、モミジの声が微かに聞こえた。生きている! でもどこにいるか解らない。モミジは20歳、耳が遠いので呼んでも返事しない。もう一度泣くのを待つ。もう暗くなってきている。泣いた! なんと崖下! 庭から15メートル下の最上川の岸辺だ。落ちたのだ! たまたま晴れて水嵩がなく土があった。雨が降った後なら流されていただろう。懇親会に行っていたらと思うと‥‥、夜中は探せないし、泣いたとしても暗くて助けられない、日曜の朝になる。日曜まで泣く力があるか? 心配を抱えたままではワシだって眠れないし、何もかもが狂ってしまっていただろう。でもモミジは泣いた。運良くケガもなく死に場所から戻って来たのだ。最上川の支流から崖下まで回り、モミジを見つけ抱いた。
 嬉しいんだけど、なんかね、悲しく切ないっす。

2016年5月27日金曜日

[5630] もりわじん書店

今年初めて、『もりわじん書店』をOPENします。
 明日・明後日の2日間、隣の市、東根市での『たんとマルシェ』。ここは初めての参加。楽しみです。
 去年から『もりわじん書店』が始った。去年の看板は小説『自由自在堂』の表紙だった。今年は当然、文画集『雨にまけるわけがない』だろう。
 そこで本の表紙を看板サイズに模写。適当に描こうと思っていたが、なんとなく集中してしまった。それらしくできました。
 両日は天気も良さそうだし、ピクニック気分の露天書店。ワシこの『もりわじん書店』好き。よろしくね。

2016年5月26日木曜日

[5629] 年

モミジ20歳、マッピョ12歳を連れて車で30分の病院へ。
 モミジは人間で言うなら100歳だ。顔の右側が腫れている。食欲はあるが食い難そう。マッピョはゲロばかりするので数年前、医者仕様の食事に変えた。ゲロはやや直ったが、副作用なのか身体の背中と腹を舐めまくって毛が抜け傷になりカサブタ。エリザベスカラーをしているが、カラーを取るとすぐ舐めてまた傷になる。困ったもんだ。
 治療中、先生は「モミジちゃんは、年だからね」とは言わない。医者が患者の年を原因にするのはズルいのだろう。人間でも「もう年だからダメだ」は諦めるときの理由によく使う。けど目の前に若い裸の娘がいたりすると「年甲斐もなく」なる。やはり年を使うのはズルい。「年だから若い娘には興味がないよ」というジジィはウソついていると思う。実はワシの手だ。

2016年5月25日水曜日

[5628] タバコ

7月の新庄キトキトでの展示の打ち合わせ。
 ワシ、普段はまったく煙草は吸わないが、吸わないと決めて世界を狭くするのは不自由だ。かといって吸うことでタバコに捕われて生きてゆくようでは、世界が狭い。ある時、ワシは吸うと吸わないの間にあるバカの壁を取り除いてみた。頭がリコウになったかは解らないが、身体が少し軽くなった。これは面白い感覚だった。そのうち上下も貧富も左右も、いろんな壁が無くなってスーパーマンのように広大無辺を軽く飛べる精神になるだろう。

2016年5月24日火曜日

[5627] 発展

「蚊はいないのか?」と聞かれた。
「水たまりがないからほとんどいないよ」
「水たまり? 池も水鉢もあるじゃないか」
「メダカがいるからボウフラを食うんだよ」
 ワシはちょいと驚いた。こんな当たり前の自然サイクルのスゴさを大人が知らないんだ。否、知ってはいるだろうが思考の隅に追いやられている感じだ。
 たぶん現代の思考は「池を作ったら蚊が出る。蚊がいたら殺虫剤を散布する。蚊を殺すため殺虫剤を壁に塗る」など、人間の命や環境を汚染するアホな方向に向かっているのだろう。たぶん社会そのものがこの方向なんだろうね。この方向が発展なのだろうか?
 ワシは池にメダカがいる暮らしが発展だと思うけどね。

2016年5月23日月曜日

[5626] 矛盾

疑問なのは、誰も戦争はしたくないと思いながら止めることができない矛盾だ。そんな矛盾を抱えているにもかかわらず、勝った負けたと政治家さんは騒ぐ。政治はケンカなんだと本人達も言う。そこで人殺し産業の発展。武器は売る、原発は売る、抑止力といって無駄に危ない核増やす。自然破壊に、精神破壊、民族絶滅。とにかく負けるわけにはいかない。弱いやつは強いやつに媚、強いやつは弱いやつを強請る。不平等で不自由。ところが勝ったとしても恨みを買い、人を罵り、人を疑い、テロに怯え、不安と孤独。いったい何に勝ったのだろう? いったい何に勝とうとしているのだろう? 最初の矛盾はまったく消えない。「しょうがない」これが現実だと無知は結論付ける。
 ワシは無知を無視して考えてみた。それが文画集『雨に負けるわけがない』だ。
 写真は「夫婦はお互い負けるのがいい。一人勝ったら独りぼっちだから」ね。こううまくはいかないけど、Suffer the rain.
( The modern and most common meaning of the word “Suffer” is 苦しむas many readers will be aware. But the word has an older meaning, not commonly used today, in the sense of “permit” “allow” or “endure”. The Bible says in Matthew 19:14: But Jesus said, Suffer little children, and forbid them not, to come unto me: for of such is the kingdom of heaven.)

2016年5月22日日曜日

[5625] 古い新しい

昨日は中学校時代の同級生がやって来て、今日は高校時代の同級生がやってきた。
 最初、昔話や思い出話し。懐かしく楽しめるが、その後、もう昔話に興味がなくなる。たぶん意識が停滞するのがイヤなのだろう。だって、ワシ、去年は自伝的小説を書いたし、今年は文画集『雨にまけるわけがない』を出した。少しずつだけど前に進んでいる。もはやワシの昔と今はサルと人間ぐらい違う。
 ところで同級生達ももうすぐ還暦だ。ワシの興味は今、貧乏か裕福か、バカかリコウかではない。そんなのはもう思い出話しと同じくつまらない。それではなく「これから」だ。ワシが父親の年齢まで生きるなら、これから20年以上はある。いったいこれから何をするのだろう? ゼロから達成できるくらいの長い時間がある。完全に変化できる時間でもある。もっと先に進める時間でもある。
『自分は未来、確実に古くなってゆく。鏡を見れば一目瞭然だ。だったら尚のこと新しくなってゆく自分を見たいものだ』

2016年5月21日土曜日

[5624] 蛙と鯨

井の中の蛙、大海を知らず。
大海の鯨、井の中を知らず。
蛙、井の中出て大海に着く。
井の中の蛙、大海を知る。
鯨、蛙飲み込む水の味。
大海の鯨、やはり井の中知らず。
鯨、井の中に想いを馳せ静かに歌う。

The frog living in the well doesn’t know the ocean.

The whale living in the ocean doesn't know the well.

The frog goes out the well and arrives at the ocean.

The frog knows the ocean.

The whale swallows the frog and knows the taste of the water.

After all  the whale doesn't know in the well.

The whale sings calmly while thinking in the well .

2016年5月20日金曜日

[5623] カナダ人

昨晩は『こめやかた』のフレンチナイトに参加。
 こめやかたはゲストハウスをやっていて、泊まりにきた外人さんがときどき自国の家庭料理を作って、村人集めて賑やかに食事会を催したりするのだ。フランス人以外にカナダ人カップルがいて、ワシの作品を見たいと言う。
 今日、家にカナダカップルがやって来た。彼28歳はIT、彼女25歳は小学校の先生、サブビジネスで二人でフォトグラファーオフィスをやっている。しっかり者だ。いろいろ語り作品見学、立派なカメラで撮影。作品を見る目が実に楽しそうでいい。ここぞとばかりに名作『チンチン』を見せた(生じゃないよ)。猫とチンチンに国境はない。いい笑顔だ。とりあえずいっぱい英語を喋った。
 とても静かで自然豊かなカナダに行ってみたくなった‥‥ここと変わりないけどね。

2016年5月19日木曜日

[5622] 99%

個展『雨にまけるわけがない』は、今までにない成功だった。
 たぶん頭で考えた一上昇方向ではなく、それ以外の多方向の99%に向かったのが良かったのだろう。結果200%も300%にもなった。
 そこで思った、世界も同じだろうと。
 今、頭脳1%の詭弁家らが世界99%を分断している。その思考はもはや時代遅れなんだ。多様化している99%の人々を見なければならない。自分らの思考がまともで現実だと思い込んでいる1%には99%が理想主義者の戯言にしか聞こえないのかもしれない。でも例えば昔、15時間労働の時代、8時間労働にしようと主張した人は、当時の1%からは現実を知らない理想主義とバカにされた。でも今8時間労働は当たり前。ウルグアイのムヒカ大統領の言葉だ。彼やアメリカのサンダース候補などは99%を開こうとしているように思える。ロンドン市ではイスラム教徒のカーン市長当選だし、先の『オキュパイ運動』や最近のフランスの『ニュイ・ドゥブー運動』などなど、そこかしこで99%が開かれようとしている。身近なところのマルシェなどもそのような気がする。
「古い1%の頭に付き従うな。あなたの足の裏や足の指の間、ケツの穴や膝の裏、耳の裏や見えない背中など、山ほどのチャンスや希望が隠れている99%に向え」と言いたいね。

2016年5月18日水曜日

[5621] 嬉しい感想

女性からの感想(職業スタイリスト、英語もできる)
『「雨にまけるわけがない」
素晴らしい大人の絵本でした。
わじんサンらしい愛猫ピニャモの日常画、独特の解釈で綴られた文章、英訳のセンス…秀逸そのもの。
「雨ニモマケズ 風ニモマケズ…」
どちらかと言えば、派手で個性的な作風が好きな私だが、この地道で真面目なお馴染みの詩を、小学生の頃に暗記してから今でも口ずさめるのは何故だったろうか?
…なんだか わかったような気がしました~。
わじんさん ありがとう♡
 小説「自由自在堂」も読まなくっっちゃ…(^_^;) 』

 いや〜照れる。とても素晴らしい感想だ。解ってもらえて嬉しい。
 本、作った甲斐があったわ。あんがとね。

2016年5月17日火曜日

[5620] 嬉しい売れない作品

倉庫を借りた。ここ数日、作品の運搬でド疲れです。
 ワシ、下らない作品やHな作品、意味の分からん作品、化け物作品など、売れそうもない作品を作るのが好き。確かにメシ食うためには売れる作品が大事だ。でも売れる作品というのは売れるのが当たり前だから売れないと辛い。つまり売れる作品は売れて普通なのだ。ところが売れそうもない作品は売れないのが普通だから、それでもワシが好きで作った作品だから何かあるわけで、それが売れたときの感動は「まさかこんな美人がワシと寝たいだなんて」ぐらい嬉しい。ってことでその快感を得ようとした売れない作品が山ほどあるのだ。ワシは『アラユルモノヲ』を作るからね。
 写真は『パンツ下ろして旦那を待つ奥さん』と左隣りが『酒飲んで帰ってきて奥さん無視してヨダレたらして寝る旦那』、売れたよ、ガハハハ‥‥

2016年5月16日月曜日

[5619] 猫アレルギー

若者がやって来た。ワシの作品を数点持っていて、今日は当然、文画集『雨にまけるわけがない』を求めにきた。
「もりさん、ネコ飼ってますよね?」と彼は言う。
「もちろん。ラッキーキャットがラッキーセブン、7匹いるよ」
「オカしいな? 僕、猫アレルギーなんです。猫のいる家に行くと必ず途端に目が痒くなり鼻水がドロドロ。でもここに来ても、何も起きない」
(ここは神秘だ。もりさんは猫神様を作った作家だ。この家は猫だし、猫ファンの聖地である。猫アレルギーなど無縁なのだろうか?)とか思ってる顔だ。
「違う違う、毎日掃除しているからだと思うよ。掃除が嫌いで無くなるくらい毎日掃除していれば、一年後ぐらいには掃除が空気を吸うように当たり前になる。そうなったら身も心も掃除されきれいな空気になる。これがワシの自然治癒力喚起法だ。なんてね。まあ掃除やってみれば、アレルギー治るかもよ。でも自分でやらないとダメだよ。

2016年5月15日日曜日

[5618] ピクニック

7月に作品を展示するキトキトマルシェを見学。
 今日はそこでパン祭り。天気すこぶるいいし、ピクニック日和。大きな木陰の下にテーブルと椅子を出して4人で飲み食い。ワシ、人間観察が好き、眺めているだけで面白い。それに好みの可愛い女子と出会えたし、やっぱ可憐な花は見ているだけでいいよね。
「変態ジジィか!」とSSの突っ込みにもめげず、女子に声をかけて新しいイメージのスケベ話しをする。確かに変態ジジィ。しかしここで浮かんだ変態、いつか個展で作品として発表するのだ、フフフ‥‥あ〜くだらねぇ、あ〜バカらしい。これがワシの創造の源です。
(写真:チョーク描き看板は毎回素晴らしい。写真左で手を挙げているのがワシ)

2016年5月14日土曜日

[5617] Don't worry, be happy.

昔の日記にこんなことが書いてあった。
『未来は不安と心配だらけだ。子供はお母さんに心配を預け、お母さんは旦那さんに心配を預ける。旦那は会社に心配を預け、会社は国に心配を預ける。国はアメリカに心配を預ける。アメリカは戦争で心配を拭おうとする。戦争は心配を世界中にまき散らす。 ゲッ! 心配が増えた。他人に心配を預けたら利子がついて戻ってくる、ということだろうか』
 これと今の考えは少し違う。「母さんが旦那に心配をあずける」までは大事だ。心配は無いに越したことはないが、心配があった時、話せる相手が必要なんだ。Don't worry, be happy. ここまでが愛だね。あとは組織集団だ。歌も無く人を縛る利子だらけ。気をつけよう。

2016年5月13日金曜日

[5616] アチャチャチャー

北斗の拳の自殺。
「オレはもう死んでいる」

この作品思い出して一人笑ってしまったのさ、あしからず。

2016年5月12日木曜日

[5615] 庭仕事

パーゴラの電球の接触が悪くブレーカが落ちる。ネズミがコードをかじったか、もしくは錆びたか、虫が巣を作ったか。適当にいじったら直った。
 次、池の水が藻で薄緑色になっている。これでは水草に陽が当たらず枯れる。そこで水替え、そして微生物ボカシと炭を池の底に設置。   
 次、庭の草がとんでもないほど伸び放題。草刈りをする。
 今日はヘトヘトです。

2016年5月11日水曜日

[5614] can't

今日は英会話。
 個展期間中は外人が来たらここぞとばかりに声をかけて、まあ挨拶に毛が生えた程度の話しをした。昔のワシなら外人見たら逃げていたのに、気後れもせず自分から声かけるんだから、我ながら成長したなぁと感心している。
 思ったのは、できてから前に進むのではなく、できないから前に進めることを新たに知った。要は心次第。
 しかしおかしいなー?? 今日は英語、チンプンカンプンだったわ。
 まあこの子猫のように知らないことへ好奇心で前に進もう。
 またガンバローっと。

2016年5月10日火曜日

[5613] 無欲

最近、大富豪が慈善活動に全財産を寄付するというニュースが多い。
みんなが欲する全てのものを手に入れたら、次は『無欲』が最も手に入れたい大きな欲なのかもね。

2016年5月9日月曜日

[5612] 南方熊楠

『雨にまけるわけがない』個展の片付けを終えた。
 少し小雨、帰りの新幹線の中、雨繋がりでこんな句を思い出した。
『雨にけふる神島を見て 紀伊の国の生みし南方熊楠を思ふ』
 南方熊楠はいい。かなり尊敬できる人だ。この句は植物研究熱心だった昭和天皇が詠んだもので、とんでもない句なんだ。天皇が自分の句に一般国民の名前を入れるなんて、もはやパン句! よほど心動かされたのだろう。
 ところで南方熊楠は粘菌で素晴らしい思想を表現した。ちなみに今楽しく読んでいるファーブルはハエやハチなどでの昆虫で世界を表現した。ワシは猫で表現している。
 宮沢賢治の次は南方熊楠かな。
 いつか何らかの形で提出できたら嬉しいな。

2016年5月8日日曜日

[5611] 個展最終日

お忙しい中、連休中にもかかわらず、個展来てくれた方々大変ありがとうございました。都合で来られなかった方、来たくない方(そう言わず)、またやりますので来て下さい。
 都会には、いろんな時間帯の人がいる。朝寝る人、昼寝る人、夕方寝る人、夜寝る人、夜中寝る人、寝ない人、全部寝ている人、時々寝る人とさまざまだ。
 ところでワシだけど、田舎では朝起きて夜寝る。ここ都会では午前11時から午後6時までフルに起きて個展会場で活動しあとは全て寝ています。田舎暮らし6年で身につけたエネルギー配分があり、都会に来るとこのようになるようです。そのため早朝も夕方も夜も夜中もお付き合いできませんでした。まあそのような動物だと思って眺めてください。付き合いが悪いわじんでした。次回もよろしく。バイバーイ、またねー

2016年5月7日土曜日

[5610] 救う

ワシはとりあえず前に進んでいる。
 それも過去を蘇らせながら未来に進んでいるようだ。
 今回の作品は絵が主役だ。眺めていて思うのは自分が大学を卒業して絵描きを目指し止めて、でも今それをしている。大学では建築を学び止めて、でもそれは世界一の夫婦猫の建築作品になって、今そこに住んでいる。20代のデタラメな下済み時代が『自由自在堂』という小説になって日の目を見ている。また今回の文画集『雨にまけるわけがない』は30代半ばにできていたものだ。
 こうやってワシは自分のバラバラだった過去を『猫』で繋げ救っているようだ。
 面白いもんだと、他人事のように自分を観察している。
 さて、この人はいったい、次は何を救うのだろう。

2016年5月6日金曜日

[5609] ジブンヲカンジョウニ入レズニ

自分の思考など遥かに超えたものが『アラユルコト』だ。
 インドにはサンスクリット語なる一般語とは異なる言葉がある。梵語と呼ばれるものだ。これが『アラユルコト』からやってきた言語だ。例えば「死」を「涅槃」と言ったりする。同じものを主観からの言葉と客観のアラユルコトからの言葉で表現する。当然意味は違う。こんな言語を作ったのにはそれ相当のわけがある筈だ。ところで人間の思考はほぼ主観なのでアラユルコトヲ理解できない。人間は本物を見ているかのようで鏡を見ているようなものなのだ。理解できないのに多くの言葉を吐くのは、鏡のような池の水を掻き回すことになる。それではますますアラユルコトが見えなくなる。見えないと人は怖がる。掻き回さずに池の奥深くまで「ジブンヲカンジョウニ入レズニ」観察することだ。
 まあとりあえず『雨にまけるわけがない』を手に取って静かに観察してゆこう。

2016年5月5日木曜日

[5608] 仏と猫

「風光明媚な自然の中の大きな夫婦猫の家に住んでるワシは一人万々歳に見えるけど、実はそうではない。この世界一大きな夫婦猫のモニュメントを作るために、猫で得た全財産をつぎ込んだ。猫という神秘的な動物や山川草木に愛を感じる人たちが道を見失わないよう。戦う阿修羅が後に仏教の守護神になったように、ワシはここを守っている。ワシは自分のエネルギーを『デクノボウ』になるべく草刈りやら薪割りやら雪掻きなどに向けている。難儀だけど、幸せや安心を与えてくれる真理を守る役目がある。その真理が『アラユルコト』だ。個展に展示しているものはここから収穫された実。その種をあなた方の心に植えてください。そして文画集『雨にまけるわけがない』を、戦う内面が求める寂静への瞑想本として読んでくれれば嬉しい」

2016年5月4日水曜日

[5607] アラユルコト

お金のためですかね? 解んないけど、権力は戦う方向に向かっている。戦う方向に向わせている人たちは優れた才と力と財がある、だからもったいない。雨ニモマケズの解釈「アラユルコト」のために使えばいいのに、部分を守るために使っている。たぶん精神の解放の仕方が解らないのかもしれない。勝つことや欲望を満たすことが解放だと勘違いしちゃったのかもしれない。
 そこで『雨にまけるわけがない』でも読んで、「まけるわけがない」んだから、戦う方向では無い方向なんだ。いわゆる逆転の発想、コペルニクス的転回なんだ。気付いてくれたら嬉しいんだけどね。今朝の天気のように、心を覆っていた雲間から、さーっと陽が射し、強い風が塵芥を吹き飛ばす。

2016年5月3日火曜日

[5606] 夢

:夢を見た:
『ヘリの轟音。少女二人が一人の少女を部屋で殺害。近所のおばさんが死体を埋めるため耕耘機で畑を掘り起こす。この殺人を追って二人の警官がおばさんを見張っている。叫び声! なんと! おばさんが巨大なクマと格闘している。クマの上におばさんが乗り、ナイフで刺す。大量の血が流れる。血はものすごい勢いで流れ部屋に向かってくる。おばさんはクマから飛び降りる。部屋の前に血の渦ができ、いろんなものが呑み込まれてゆく。少女の死体が呑み込まれた。クマも呑み込まれた。追ってきた警官二人も呑み込まれた。最後に警官のサングラスが見えて、全ては呑み込まれた』
 目が覚めウンコしたら、血! 痔だ。なるほど、この夢わからんでもないわ。昔の痔の手術が過った。個展のあとだったなぁ。その辺りの描写は小説『自由自在堂』の”ダンスの章”を読んでください。あ〜、疼く。しょうがない『雨にまけるわけがない』を読んで、自然治癒力アップさせるべ。
 今日もすごい人人人、風呂入って寝るわ。

2016年5月2日月曜日

[5605] 動物観察

今日は個展の中休み。個展のリズムがやっと解った。
『一日中、会場でフル回転し、エネルギーを消耗。そのあとすぐ好きな銭湯、一人静かにビール、早めに寝る。エネルギー蓄え、早朝起床、朝日を浴びながら散歩、コーヒー。また会場で発散』
 ジジ臭くなったけど職人機質のワシにはこれが合うわ。この流れが精神を元気にし、その元気が人に伝わる。
 今日の休みは、都会に来たからと街に繰り出すわけでない。ワシの作品は猫が素材、ってことで上野動物園へ動物観察。動物達の生の迫力、形態の美しさ、同時に檻に囲われてしまった奥深く秘めた畏敬の大自然を眺めしみじみするのであった。
 動物よりン百倍、人が多くてド疲れだったけど。
 さて早よ寝て、また明日からガンバンベー


2016年5月1日日曜日

[5604] ハゲとズラ

個展4日目。『ハゲとズラ』。
 まあ『春と修羅』からのシャレだけど、よく観たら意味合いもうまいこと繋がっているなぁと思った。
 春もハゲも自然な流れだ。反対にズラは不自然、自然の流れに『抵抗』して人工的なわけだ。修羅も不自然さが含まれている。修羅ってのは争うことで『抵抗』だ。仏教の六道の一つ。六つの中の一つだから人の道の一通過地点なわけだ。そこにこだわっちゃうとズラかぶっても蒸れたりして気に入らないのと同じように、何でもかんでも気に入らなくなり、次のステップに移行できない。精神が滞るわけですな。
 今回の『雨にまけるわけがない』は修羅から春への抜け道を示している。
 さあ読んで修羅もズラも捨てちゃおう!