●勝手
なぜ手か?
世間一般的には「頭を使う」やつが偉いような雰囲気がある。人間は頭が身体を使っていると思っているのだ。だから社会でも知的労働が上で肉体労働が使われているような感じになる。これは勘違いだ。
私は「手を使う」ことを勧める。勘違いを払拭するためだ。身体を使う人はスポーツ選手以上に自分の職業に自信を持つべきだね。自慢も卑下もなく。なぜならそれらは頭の所業だからだ。
さて頭は身体を使っているのではなく、頭は知識に使われているのだ。その知識も過去の知識や概念で古びたものだ。昔のものをコレクションしているような頭なのだ。『温故知新』という良い言葉もあるが大抵の人は温故だけ。知新に行くには手が重要。ふと思い出した。誰かが私に「あの方は張り子民芸を一万点収集しているんだよ」と自慢げに言っていた。それがどうした? 私は自分の手で新しい民芸を一万点以上作っている。ほら、いつだって今の手が勝つのだ。だから『勝手』と言う。手は自由そのもの。私は自由勝手気ままなのだ。
もりわじん絵日記
2026年1月28日水曜日
[9059] 勝手
2026年1月27日火曜日
[9058] 自受用三昧
●自受用三昧
久しぶりにサム君に会った。彼はイギリス生まれで40前半。もはや日本人もやらない杵と臼で餅つきを生業の一つとする。雪が降り積もるとひとり一時間歩いて雪山に入りじっとイノシシを待つ。罠猟もやるが、イメージするだけでも孤高の『忍び猟』が好きらしい。一度に四頭を得たことがあり、雪山を一時間以上かけて運び降りてくる。「クマと会ったらどうするの?」と聞いたら「撃つ」と一言。
そんな彼は詩を編みセーターを編む。編んだセーターは家族にもあげる。時に毛糸の色で悩んだりする。世界の覇権国やら纏っているものを全て切り、自らが編んだセーターを着る。彼はいつも身体を手を使って生きている。『自受用三昧』とはこのことだろうと思った。
2026年1月26日月曜日
[9057] ロープ
●ロープ
益子に展示したロープ作品が売れた
ガハハ、あんたは偉い!
嬉しありがた
自分はロープに頼りぶら下がっているとする
ロープが切れたら自分の命はない
ロープがあるから自分がある
ならばロープも自分だ
ロープを繋いでいる木も自分だ
木を生かしている地面も大気も水も太陽も自分だ
太陽に生かされている何もかもが自分だ
*でも落ちないように
2026年1月25日日曜日
[9056] 数
●数
私は数を数える癖がある。歩いていても歩数を数えるし、何かが散らばっていたら数える。メダカなど見ているといつの間にか数えている。早いしかなり正確だ。
坐禅の数息法をしてみる。まず初めに腹式呼吸で、吐いて吸って「1」、これを10まで数えるのだが雑念の洪水がやってきて数えられない。いつの間にか10になっていたり、15、16と数えていたり全く集中してない。なぜできない?
今朝気づいた。1と2の間に深い深い数字が宇宙ほどある。そう小数点以下があるのだ。例えば家から碁点温泉までは歩いてすぐだが、温泉までの道のりには目立った家々や草木だけでなく、いろんな微妙な色合いや日々同じではなくなんやかんや宇宙ほど小数点以下があるのだ。1、2、3と数字だけと決めてかかれば10まではそう難しくはない。しかし実際1と2の間は永遠、そう1と2は繋がってないのだ。まるで円周率だ。数は数えれば増えるのだが『○』なんだ。ゼロだから数えたいし、ゼロだから数えられない。
2026年1月24日土曜日
2026年1月23日金曜日
[9054] 十二男
●十二男
野良の子猫が足に絡まってきてとても懐こいのでしょうがなく飼うことになった。名前は十二番目に飼う猫だから『十二男(ジュニオ)』。あまりに元気に暴れるので、昨日玉取った。黒猫なのだが毛の根本は白、毛を剃った股が真っ白、変なの? 最後の玉エキスが身体中に染み渡っているのか、犬のように雪と戯れる。人間でも元気は必要だがガンガン照っている太陽のようなら暑苦しい。元気なくても瞑想的に黄昏ていて己を出さず夕日が似合う奴は感じがいい。
























