●ペリペリ=猫
小田原展示作品を送った。
猫とは無関係のギャラリーだから、己の内部では今までとは違うことが起こっている。展示する作品を選んでいてふとわかった。「『ペリペリ』は猫だった」と。ペリペリは絵を額装した時に保護する額マットから生まれた。つまりペリペリは主流の絵ではなく反主流の絵でもなく非主流の存在なのだ。猫が主流の十二支ではなくそれに反抗する反主流でもなく非主流であることと同じだ。もうすぐです。
『猫わじん・犬やすし』展案内
タイトル『猫わじん・犬やすし』展
場所:NEW新九郎ギャラリー
2025年4月9日から4月22日まで
営業時間: 10:00~18:00
定休日: 火曜日
TEL: 0465 - 20 - 5664
住所:〒250-0872 神奈川県小田原市中里208 ダイナシティWest4階
私の在廊:4月12日13日です。
もりわじん絵日記
2025年4月6日日曜日
[8762] ペリペリ=猫
2025年4月5日土曜日
[8761] スイッチ
●スイッチ
早朝、あいも変わらず寒いので薪ストーブに火を入れる。昨晩の種火からじっくり大きな薪に火が広がる。このプロセスが実に心地よい。ところで大抵の家はスイッチ一つで部屋を暖かくする。これが当たり前と思うのは問題なような気がする。しかしある意味、くよくよしないで切り替えが素早くできる感覚が身に付く。スイッチというのは頭の切り替えのために発明されたのかもしれない。では『すぐ』と『じっくり』の二つを身に付けるのがベストだ。これこそオンオフのスイッチだ。
2025年4月4日金曜日
[8760] 極楽
●極楽
招き猫とは『私たちを福である仏の家に招く猫』のこと。
では仏とは何か? 非常に大らかで優しい人を「仏のような方」とか「仏心がある」とか言う。また死者を「仏」と言う。生きた人にも死んだ人にも使うから生死を超えている。『仏』を『極楽』に置き換えるとわかりやすい。「極楽にいるような方」はいい。「死んだ人は極楽に行く」、これは人によるから我執から目覚めることが基本だ。だから無我ですね。仏とは無我のこと。
では『極楽』とは? 極めるためにあらゆることにぶち当たっても楽しむことかな。
2025年4月3日木曜日
[8759] アンチ主流
●アンチ主流
猫は十二支に入ってないから主流ではない。
十二支の最初、ナンバーワンがネズミだ。
ネズミは主流の座を守るべくネズミランドであくせく働いている。
猫は非主流だ。
世間的にはハズレだ。
でも縁起物ナンバーワンだ。
自由とは主流を目指さないこと。
2025年4月2日水曜日
[8758] 形は心
●形は心
知人の飼い猫が塀を越えた空き地に瀕死の状態でうずくまっていた。病院に連れて行ったら二カ所骨折、車に轢かれたのだろうと。しかし塀を越すほど飛ばされたなんて、、ほんと生きていてよかった。
私の飼い猫もこれまで車に轢かれて数匹死んでいる。とても大事な命で辛い出来事だが人間と違って轢いた人を恨んだり犯人探しはしない。できることは今後猫が道路に出ないように柵を作る。自由を奪うのが嫌で柵なしなら轢かれるのは運不運だと思うことにする。
轢いてしまうかもしれない運転の人々へ。車のスピードは控えること。轢いてしまったら猫を道路から外して他の車に轢かれないようにすること。そしてせめて手を合わせることだね。形は心だ。ふと人間同士のどんな大きな争いも始まりは不慮の出来事だったのかもと思えた。
多分知人の猫を轢いた人はもう死ぬと思い塀の向こうの空き地に捨てたのだろう。
2025年4月1日火曜日
[8757] 風やめなさい
●風やめなさい
昔、アメリカで会った知人が日本で自由律句の会を催すというので出かけた。そこで私は『風やめなさい』というたったこれだけの句で賞をもらった。
今思う。この『風』ってのは自然の風ではなく世間の情報だったんだね。世間を気にして心揺れる自分をやめなさいってことだ。それは自分じゃなく世間だからだ。すぐ消えるような世間の情報が自分だと思い込んだら、自分もすぐに消えてしまう。賞を与えた方々はこの句に『世間を出ようともがく己』を感じたのだろう。
*数年前、知人は若くしてこの世を去った。