2026年1月14日水曜日

[9045] ペリペリ観音

 ●ペリペリ観音
「ペリペリ」は紙を剥がした時の音だ
剥がれたのはアート制作中の失敗だ
ところが思いを超えて綺麗に観えた
音が観えた様相なのだ
だからぺリペリはそのまま『観音様』
これまで粘土で観音猫をたくさん作った
でも造形も絵画も写真も言葉も
全て観音様の模写でしかない
模写とは記号や符牒であってあくまで偽物
そのものではないのだ
炎の写真を触っても火傷はしない





2026年1月13日火曜日

[9044] 托鉢:ペリペリ画法

 ●托鉢:ペリペリ画法
子供の頃、シャーペンを買った時の疑問
この細い芯を作る工場が潰れたらどうすんの?
このような疑問は大人になっても続いた
油絵をやり始めた時の疑問
西洋の真似ではないのか!
写真を撮った時の疑問
カメラは誰かが作った機械ではないか!
水彩画も日本画も昔の真似だ
概念は借り物の言葉だ
他所者や借り物には頼りたくない
招き猫ももちろん他所のものだ
そして偶然見つけたのがペリペリ画法だ
古今東西どこにもない私独自の画法だ
この時の感動は
なんでも盛れる自分だけの器を持った気分
これが私だけの『托鉢』なのだろう
大きくもなく小さくもない器だ







2026年1月12日月曜日

[9043] 方向

 ●方向
例えばペンを持って→を描く。→の方向は右だ。
また道を歩く。右側の木を見る。木は後方に進む。
木は→と同じ方向に進んでいるわけだ。
しかし本人は→とは反対の←に歩いている。





2026年1月11日日曜日

[9042] 平気

 ●平気
「政治は生活の隅々まで影響を及ぼしている」
そうかしら? それって脅しっぽいな。
『Don't Worry - Be Happy!』の言葉は
脅しの影響を受けない。
意味は『なるようになるさ、平気さ』かな。
これは無計画なキリギリスなのか?
いやいや坐禅すれば
規律正しいキリギリスだよ。







2026年1月10日土曜日

[9041] 新古

 ●新古
最先端の科学は最古の宇宙の始まりを研究する。
未来は新しいと言うけど
何もかも歳を取るのだから未来は古い。
過去は古いと言うけど
私もあなたも昔は子供で心身ともに新しかった。





2026年1月9日金曜日

[9040] 穴

 ●穴
私の名言
『穴は無いのが穴である』
それはあな不思議




2026年1月8日木曜日

[9039] 非人間中心

 ●非人間中心
庭に出たら白鳥が一羽
美しい!
この地球の中心は人間ではない
山あり谷あり崖あり川あり海あり
水あり雪あり風あり晴れあり
動物あり植物あり菌類あり
勝手に木は伸びる
勝手に花は咲く
勝手に雪は降る
勝手に晴れる
勝手に白鳥は泳ぐ



2026年1月7日水曜日

[9038] 庭

●庭
 なぜわざわざ昔のものを復活するのか? 生活が豊かになる根幹がそれだからだ。そうそう復活したいものに『庭』もある。
 30代後半、千葉に住んでいる時、朝から夜まで粘土いじり仕事仕事時間に追われていた。人気絶頂の頃だ。この時何のための人生? と手入れもしてない草茫茫の猫の額ほどの庭を見ながら自問した。何の気なしに庭に出て草取りをした。崖があり上った。梅の花が咲いていた。家から5mも離れてないすぐそこだ。梅の花を見た後、周りを見たら全てが違って見えた。よく言われるマルチバースがこれだ。物理学でもスピ系でもない誰もが見逃している当たり前の事実だ。人間の目は事実に節穴だ。情報に捉われているからだ。
 千葉から庭メインに考え神奈川の田舎に引っ越した。そして数年後、家が中心ではなく庭を中心に山形に家を設計した。
 仕事が中心でもない。もちろん仕事に関わる世間も中心ではない。仕事は職業だから業なのだ。職業ではなく金にもならない庭造りを中心にしたのだ。
 庭造りは世間の風に流されず日々是好日の中に住める本物の木の根幹だ。自然から学んだ無常観こそが全ての根幹にあることを知る。世間の情報や政治経済は枝葉末節、ほぼ忌み枝、思いっきり大胆に剪定すればいい。





 

2026年1月6日火曜日

[9037] 年頭所感

 ●年頭所感
 謹賀新年。
 去年は益子のもえぎ本店での生涯最高の個展。廃れていた『招き猫』を現代に復活させたと自慢銘打った。今、招き猫は人々の生活に浸透している。この役割大成功。そして役割延長、次に復活させたいのが『坐禅』だ。ついでに『サトリ』もね。人はこれが中心であることを忘れているから。木で言えば根だし幹だ。政治経済は枝葉末節だ。
 子供の時、花祭りの日お寺で甘茶に喜び地獄絵図を見て驚き両極端を知った。この時から既に私の仏道運命は始まっていたような気がする。この達成することのない無上道を達成するために歩む。





2026年1月5日月曜日

[9036] 呪文

 ●呪文
 毎朝坐禅前に四弘誓願を唱える。唱えた瞬間に新鮮になる。昔の偉い坊さんは不思議な呪文を考えたものだとつくづく思う。
 人は四つの誓願の一番を思うが二番は無視し三番は怠け四番はわからない。四つの誓願の中にそれぞれに無辺、無尽、無量、無上がある。どこまで歩いても辿り着かない無限に続く道を歩くことなのだ。これは事実だから誓願とは言うものの本来の人間の姿勢だ。それ以外のいろんな目的はある時期の思い込みによる人生勉強にすぎない。目的を達成できなかったとしてもそれはそれでいい学びだ。また目的を達成したとしても人生はまだまだ続くからまだまだ学びが必要だ。そして人間が望んだ全ての目的は何にもならない結果に終わる。四弘誓願の無視した二番目を見ればわかる。「煩悩は無尽」だから満たされることはないのだ。
 誰もが子供の頃からいつの間にか目的から結果に向かうベクトルを植え付けられているので、この四弘誓願の内容こそが万人の真の目的であることがわからない。唱えて意味など吟味すれば、まさに新鮮になる。毎朝唱えることで今日一日の歩いている道に明かりが差す。





2026年1月4日日曜日

[9035] 組合せ

 ●組合せ
 サトリ部屋は平面と立体の組合せによって見えないものを見る。初めての試みで面白かったので、今いろんな作品で平面と立体を組合せしている。二次元と三次元の組合せで見えたのだからそれを五次元としよう。これにペリペリ一次元と時間も加わるから七次元だ。多次元がサトリ、一般次元では見えない。直感してもらうために二次元と三次元に分けたわけだ。でも見えている二次元も三次元もそのものではない。やはり組合せが大事だ。だから現実の次元での文字や言葉や形そのままを鵜呑みにする思考は的外れだ。情報を鵜呑みにするなってことだ。その思考に捕らわれることも避けねばならない。例えば男と女の間には空間がある。男が女を見るとする、男は自分を三次元とみなす。彼女はまだ触れてないから二次元だ。二人の間には何もないし深いところは見えない。ある時、組合せ、何かが見えた。それが愛だろう。それは多次元だ。でも掴んだそれはもう愛ではない。掴めるのは一般次元だからだ。やはり組合せが重要なポイントだ。




2026年1月3日土曜日

[9034] 枝葉末節

 ●枝葉末節
人の思考は枝葉末節
中心からズレている
太陽系の星々の中心が
太陽ではないように
太陽系に住んでいる
我々の思考は枝葉末節
AIだって中心ではない
その神だって
その愛だって
全ては枝葉末節
元を見失っているから
元のキがなく
枝葉末節がキになる





2026年1月2日金曜日

[9033] 神様

 ●神様
正月、神社神様にいろいろお願いしたり救いを求めたりするけど、神様は忙しい。宇宙を動かしたり太陽を回したり地球回したり月動かしたり。それだけでなく地球上の植物育てたり動物育てたり私ら生かしたり死なせたり。雨降らしたり風吹かしたり雪降らしたり晴れにしたり天気予報翻したり。時間まできちんと刻んで1秒よりもっと細かいことしている。人間はなにも知らないのに適当なこと言うし欲集りだから期待して望む貪る、怒る、争う。とにかく神様はやることが隙間なくある。人間は黙って神様が作った完璧な自然を見習えばいい。もしくは黙って坐る。これで神様ホッとして世界は安泰。





2026年1月1日木曜日

[9032] 元

 ●元
子供は元気いっぱい
好き嫌いを気にしない
あれこれ選ばない
元にいるから
一年の計は元旦にあり
選ばないのが元気の元