●薪ストーブ
寒い。
薪ストーブ、初火入れ。
●雨にまけるわけがない。
雨ですね。
さっき、ピニャモが癲癇を起こした。
びっくりしたが、生き返った!
あのピニャモがそんなものに負けるわけがない。
宮沢賢治の詩の中で
カタカナで綴られた『雨ニモマケズ』。
なぜ、これだけカタカナなのか?
『雨にまけるわけがない』は、
カタカナをひらがなに翻訳した
この詩の真意を探った文画集だ。
この主人公がピニャモなのだ。
いつも以上になでなでしてやった。
●無名人
若い時はポップアート的手法を使っていた。
みんなが共通に知っているものを描く。
有名人とか、有名なものとかだ。
だから仏像に招き猫だった。
今は反対に無名人を描いている。
自画像や市井の人だ。
無名人の中に有名人も偉人も誰もが含まれるからだ。
無名人こそドデカい!
(肖像画ご注文ありがとう)
●二物衝撃
Aさんの肖像画を描いて、本人に見せたら「これ、Bさんでしょ?」と言われた。Bさんがネットで偶然それを見て「わたしを描いてくれたんだ?」と言った。思いっきり笑ってしまった! 肖像画初期だったので描きがヘタだったのもある…今もそれほど上手くはないけど。
ところで上手い絵は広がりを感じない。無駄なくいい感じに収まっているからだ。固定観念だったり既成概念に縛られているのがわかってしまうのだ。上手くないからこそ収まらないで既成を飛び抜けた自由がある。俳画はそれだけでなく二物衝撃をすることによって収まってしまうものを『空(くう)』にしてしまう。その瞬間、思考が一切吹っ飛ぶのだ。
そして今回思ったのはAさんBさんが二物衝撃したのだと。そのような絵を描いてしまったということはやはり自分にとって衝撃だ! わかったのは固定した二元論の上手い下手や良し悪しではなく、衝撃が面白いのだと、それも空的な衝撃が最も嬉しい。
昔、映画『ジョーブラックをよろしく』で流れる音楽が心地いいので調べた。38歳という若さで亡くなったIZというハワイの巨漢ミュージシャンだった。この歌をよく聞いたら『Over the Rainbow』と『What a Wonderful World』の二曲がうまく組み合わされている。映画も生と死がうまく組み合わされている内容だ。いい感じの二物衝撃だ。
俳句もそうだし、愛もそうだし、こうやって地球生命が発展し続けているのは二物衝撃に他ならない。この世界には二物衝撃が至る所隅々まであるのだ。一部に政治の二物分断があるけど、犬の群れ二つが餌肉を争い奪い合っているようにしか見えない。この分断も衝撃と言えば衝撃だが、空(くう)衝撃ではなく、ガツガツ食う衝撃だね。
●俳画
ムガノガ、これって俳句なんだなぁ。
二物衝撃をやっていたのだ。
俳画だね。
季語なるものは何かというと
自分以外に描かれた何かしらだ。
自画と言うから自分は主役なのだが、
自分以外が季語で主役なのだ。
映画で言うならスター役者の映画ではなく、
映画そのものを描いているような。
物語を収縮した映画のポスターかしら。
●遠く
思考とは遠くばかり思うものだ。
未来とか、昔とか、老後とか、死とか、
神とか、理想とか、夢とか。
遠くのものは汚れが見えないので良さげに思えるのかも。
人の思考は遠くに騙され遠くという囲いに住む。
そんな思考に騙されないのが坐禅だ。
●よそ見
玉切り、半分は終わったね。
薪割りはよそ見したら事故になる。
人生もよそ見をしない。
上見たり、下見たり、
右見たり、左見たり、
果てしないとこ見たり、後ろ見たり。
庭は金木犀の香りでいっぱいだ。