2024年6月7日金曜日

[8459] チンパ

●チンパ


 昨日のエコビレッジチームに小太りのチンパがいた。

 よくお母さん方は自分のチンパを連れてセットでここにくる。チンパとは一般人の小さい子だからチイサイ一般人、チンパンジー、チンパと名付けている。

 私の人生でこれまで可愛いチンパなんてほとんど見たことがない。身近な姪っ子のチンパらも可愛くない。チンパなんて体も頭も小さい唯の人間だ。言葉おぼつかないし面白くもないただただ疲れるだけの人間だ。大切な体力と時間の無駄。オレ自身がめちゃくちゃ面白いのにチンパなど面白可愛いわけがない。チンパを可愛いと思うのは親の欲目だ。育ってくると可愛くない真実を知るだろう。

 前に来たチンパ二人は私のスケッチブックや色鉛筆を見てお絵描きしたいと。その時は使わせたが、昨日のチンパには使わせなかった。昨今の親の教育はチンパが欲しいものはなんでも与え怒りもしないで甘やかす。その育て方も時代が変われば変わる。だから正解ではない。

 お母さんらがここにチンパを連れてくるのは、チンパを盾にして自分の緊張を和らげるため、まぁセットだね。もしくは昨今はチンパ不足なので国の宝・未来の宝とうわついているのだろう。世界的には人口過剰なのに。チンパを私のようなアーティストに会わせて情操教育とか。他人にチンパを任せ自分はチンパ育てから少し解放されるとか。もう甘やかしし過ぎ。大体母親もただ体がでかいだけのチンパだ。チンパ抜きであなた自身の内面の成長を見つめるべきだ。

 私は生まれて数年、全く喋らなかった。立って歩きもしなかったらしい。親にとっては人として目覚めない全く可愛くないチンパだった、顔もチンパ顔だし。しかし良く言えばその頃からもう喋らず立たず坐禅していたのだ。めちゃくちゃ早い目覚めだ。さて世のチンパも大きなチンパも目覚めよ! 一日一回、黙って坐りなさい。坐禅はどんな問題でも解決する智慧が身につく。






 

2024年6月6日木曜日

[8458] お伽話村

 ●お伽話村

前に住んでいた神奈川の津久井、その隣村の藤野からエコヴィレッジなる村を作っている村長飛龍くん(48歳)がおとぎ帽子をかぶりおとぎ姫と数人を連れてやってきた。東北一周ツアーをしている。彼はアーティストなので共通の話題がたくさんあり実に楽しかったさ。





2024年6月5日水曜日

[8457] 不老不死

 ●不老不死

今朝の空は富士山から朝日が出ているような。

富士山の作品。

タイトル:不老不死(風呂富士)

『壁』

壁にぶつかる

壁を前に坐禅

ふと穴が空く

向こうに行く

帰ってくる

目覚め

赤子のように

生まれる

立ち上がる

歩く

日々坐禅

不老不死




2024年6月4日火曜日

[8456] 壁

 ●壁

人は壁にぶち当たる。

早朝、薄暗い中、壁を見て坐禅している。

昼前、壁にぶつかっている画家がやってきた。

36歳、私が猫を作り始めた年齢だ。

ならば初心に帰って何だってできる。

アトリエに連れて最近の私の絵を見せた。

声を出して感動していた。

彼は絵描きだからこそ、

このたくさんの絵に作り物でないものを感じる。

人は有限の知識に囚われているから

知識などでは描かない無限の絵に感銘する。

さて、若い画家よ!

壁にぶつかったら壁を見て坐禅すればいい。

坐っていればスーッと壁を抜ける。

あー!

だから壁があるのだ。





2024年6月3日月曜日

[8455] ペラペラ嫁な

●ペラペラ嫁な


草刈りした草をかき集める。

庭の階段周りの草を取る。

写真の花は多年草で可愛い花だ。

名前が『エリゲロン』と言うのだが、

別名『ペラペラヨメナ』!

さまざまな色の花を咲かす小さい可愛い嫁?

エロゲロでペラペラうるさい嫁かしら?

ペリペリ画法となんか関係あるかも。









2024年6月2日日曜日

[8454] 二歩

 ●二歩

今日は雨降る前に耕運機でストライプ花壇造り。

人は劣等感に苛まれている。

何かのきっかけでふと目覚める。

この一歩は大切だが、

これが自惚れになる。

自惚れは貪ることを考えるようになる。

いつの間にか我利我利亡者。

*我利我利:自分金自分金

自惚れに気づくのが大事な二歩目。

これで歩ける。

そして三歩四歩‥無上道。





2024年6月1日土曜日

[8453] 池

 ●池

 池の水替え。睡蓮の葉も増え花もチラホラ咲いてきている。今後は葉も日増しに増え水面が覆われるので水替えが難しくなる。

 津久井にいる頃、庭に来た女性が「こんな素敵な庭があって良いわね」と言う。日々掃除や草取りなど手間をかけていることがわかっていない。表には裏がある。リゾートやリトリートなどの出来合いのものしか知らないからそんなことを言うのだろう。溺愛の子供と同じだ。

 昔、沖縄に三回行った。その中の一回がリゾートホテルだった。プライベートビーチにビキニの女子がキャピキャピ、美味しいコース料理、カラフルなデザインスペースでのショッピング、こういう出来合いの牢獄が幸せだと思い違いしている。その後大雨がやってきてキャー溺れるー溺愛ー。イヤー、心底つまんなかったよ。

 若い頃は他所のいろんな庭を見て勉強し、津久井ではいろんな実験をした。今は自分のこの庭よりいいものなど世界にない。この世でもあの世でもない涅槃だね。

*写真:津久井の庭、残念ながら今はもうない。