2026年9月16日水曜日

[9290] 来る福招き猫祭り

 ●来る福招き猫祭り
毎年恒例の招き猫祭りが始まります
伊勢は、なんと第32回!
32年も続いたことに感謝です
◉伊勢おかげ横丁 9月19日〜29日まで
◉愛知県瀬戸は第31回
9月26日と27日です
◉長崎県しまばら水屋敷は第29回
9月19日〜10月18日まで
皆さん、よろしくです
※絵日記番号が929(来る福)だ!





2026年9月15日火曜日

[9289] AIと禅問答

●AIと禅問答
AIは勝手やって人類を滅ぼす恐れがあるので、AI開発を遅らせようなどと言われ始めている。
そう決まっても、隠れて進める輩がいるだろう。
仲間じゃないのはあの国だとか言いながら、みんなそれぞれ内緒で勝手にやらかす。
核と同じだ。こんな気持ちは、もう既に心は核とAIに支配されているってことだ。
自由になろうとして支配され、支配しようとして支配されている。
自分で自分の首絞めている。
これって大自然を支配しようとして、実は大自然に支配されている図と同じだ。
本を正せば生死に支配されている。
文明発達したけど、心は幼稚なまま。
こういうのは禅問答と同じ。禅を学べば事足りる。




2026年9月14日月曜日

[9288] まとも

●まとも
吉野さんが言うところの「まとも」ってのを、「まともでない」から考えてみた。
まともでない多くの人は自分の中のまともじゃない性質に蓋をしがちだ。
まともな人間は自分の中のまともじゃない性質や変態性を認める。でもそのまま抑圧された社会に出したら犯罪になりかねない。アートとかに変換しなければならなくなる。
最近亡くなった草間彌生さん、彼女は自分の中の変態に対して「なぜ?」という答えの見えない疑問を持った。
彼女は自由実験都市NYで、その疑問を提示し、変態をアートに昇華した。
僕が二十代の時、渋谷のギャラリーで彼女に会った。彼女は父親と同世代だし、作風の点々にもそれほど興味がない。自分には点を増やすことも去ることながら、反対の減らすことへの興味があった。その後、発見したぺリペリ画法は点を剥がす行為だ。彼女と二言三言喋った。そのあと、彼女は精神病院に帰って行った。
精神病院が家なんだ! 彼女はまともだね。




2026年9月13日日曜日

[9287] マラソン

 ●マラソン
今日は最上川こっち村のマラソン大会だ。
コース後半に家の前を通るので、コーヒーを飲みながら走者を眺める。
疲労と汗で装飾を削ぎ落とされたいろんな人の素の姿を観る。
子供の頃、小さな小川がある家の周り数メートルが世界だった。それ以外に世界はなかった。
小学生になり、近くに最上川の支流があり、滝が三つもある、家から数十メートルが世界になった。
中学生になり、川を超えた数キロが世界になった。
高校生になり、自転車で川をいくつも渡れる空間が世界になった。
東京に住み、塩辛い海に囲まれた日本が世界になった。
一人自由になり、旅し、水の惑星地球が世界になった。
その後、いろいろ学び、天の川銀河を渡った。
最近は静かに坐禅をして水は霧散し広大無辺になった。

今日は遥か彼方の、宇宙人が手入れした池に、スイレンが咲いている。




 

2026年9月12日土曜日

[9286] 焚き火

 ●焚き火
自分事は他人事だ。
焚き火をしていて、
あの火が生きてるオレだとする。
オレが勇敢に燃えるためには
薪が必要だ、空気が必要だ。
薪や空気が他人事だと思う。
でも薪割りも空気も自分事。
他人事が自分事。





 

2026年9月11日金曜日

[9285] 損得

●損得
キトキトリーダーの吉野さんが秘宝を取りにやってきた。
あいも変わらずカッコいい風体だ。
随分前に「山形でまともなのは僕とわじんさんぐらいだね」と言っていた。
成れることなら吉野さんに成りたい。
そんな吉野さんにそんなこと言われ、嬉しくない筈がない。
損をしてでも、スケベ絵は吉野さんに譲る。
徳(得)を積む。
遜(損)を積む。


 



2026年9月10日木曜日

[9284] 主客合一

 ●主客合一
坐禅中にふと閃いていい絵ができた。
かなり満足。
タイトル:陽と海
サブ:主客合一
「夜 暗くなると ◯は隠れる 
朝 明るくなると ◯は顕れる」
SSに見せたら、反対だと言う。
「陽が沈むから、暗くなって、夜になる。
陽が昇るから、明るくなって、朝になる」
それもありだ。
だから主客合一なのだ。


 

 

2026年9月9日水曜日

[9283] KO

 ●KO 
いつもより長めで奥行きが厚いパネルが必要になった。
いつものパネルに拾い集めた材木を継ぎ接ぎする。
材木は歪んでいたりする。
あとでサンダーで修正すればいいと思いながらやる。
かなり適当、いい加減。
ちゃんとした木材を買えば済むことだ。
別に高くもないが、買わない。
誰でもすることはしない。
実は単にケチなのだ。
しかしペリペリ画法はそんなケチな性格が功を奏して生まれた。
創造とは知識でもなければ計画でもない、偶発的。
ボクシングのKOと同じで、一瞬で決まるもの。




2026年9月8日火曜日

[9282] 高み

 ●高み
談判は見事成功した。
今回思ったのは
人間の思考は右と左に分けられる。
両方共にあるからだろう。
右と左の思考の拮抗の奥には見えない心がある。
そこから左右に別れたのだから。
心は深みからの清浄な湧き水だ。
そこで閃いたのが深みの反対の高みだ。
深みはわからない深淵だ。
高みはわかりやすい未来として描ける。
右と左があって、そして深みと高み。
この添付の木のように。
見えない根は深く
枝が左右に広がり
梢を高く天まで伸ばす。
これで丸く収めた。



 

2026年9月7日月曜日

[9281] I love your smile.

 ●I love your smile.
「この絵はまだありますか。秘宝展の中で、ひときわかっこよかったです。これ見てから、創作意欲が出てます。いつも励みになります」とこれまで山形で会った人間の中でNo. 1センスのヤツからメールがきた。
I love your smile.(添付写真)
「お前はいつもニコニコしていろ!」ではなく
「私はあなたに笑顔を与えることで幸せになる」だ。
これは自利利他のこと。
「あなたに笑顔を与える」が利他。
「それで私は幸せになる」が自利
自己中心は自分の好き嫌いが中心で
自分が喜べばよく、他人の笑顔は考えてない。
非自己中でいこう。これが心よ。




 

2026年9月6日日曜日

[9280] 湧き水

 ●湧き水
水道水でコーヒーを淹れたりご飯を炊いたりする。
水道水にはカルキが入っている。
これがとりあえず安全と言われる社会だ。
カルキ抜きのすごいフィルターやすごい炊飯器を使用する。
これが安全な社会の進歩発展だ。
それでも水は水道水だ。
「湧き水で淹れたコーヒーは美味いね」と人は言う。
人を楽しませたいなら、もし湧き水があるなら
湧き水で淹れたコーヒーを出す。
なんの策略もない。
恩を売るのでもない。
湧き水が心だ。
心とはただそれだけ。




2026年9月5日土曜日

[9279] 心を取り戻す

 ●心を取り戻す
弟から電話で「彼は封建的なんだ」と。
封建的を調べた。
「上下関係を重視し個人の自由や権利を抑え込もうとする古い考え方」
あらら、面倒臭いね。
しかしそれは社会ではそんな言葉があるだろうが、ここでは大袈裟だ。
彼は単なる自分勝手。
勝手になる前があることに気づいてないだけ。
上下関係:皆平等だし。
抑えこむ:相手が可哀想だし。
古い考え:諸行無常だし。
これは般若心経に書いてあるようなことだ。
父親は死ぬ前に般若心経を写経していた。
母親はそれをそらで言えてた。
私も倣ってそらで言える。
とにかく私利私欲になる前に心があるのだ。
まずは「心を取り戻す」だね。
そこが初心であって清浄な湧き水だ。
どうせなら湧き水でコーヒーが飲みたいだろう。
上下関係でコーヒーの味がわかるか。
抑え込まれてコーヒーが飲めるか。
古いコーヒーはうまいのか。




2026年9月4日金曜日

[9278] 私利私欲

 ●私利私欲
最近の発見。
心が中心が真実だ。
この時
好き嫌いは周辺の感知機能だ。
ところが好き嫌いを中心にすると
私利私欲になる。
これがわかった。
自分的にはかなりすごいことだ。



2026年9月3日木曜日

[9277] 誠意

 ●誠意
『災い転じて福となす』
『負けるが勝ち』
この二つは同じ意味だ。
『災い』も『負ける』も今回、私に降りかかってきた。
人は大抵、災いに遭ったり負けると心折れる。
私は今回負けた(世間の災いから見れば些細なことだ)
しかし心身ともに初心に行き着いた。
これで福となり勝つ。
だからこれらの諺が身に沁みる。
これは負け惜しみではなく、実際、近いうちに彼と談判するつもりだ。
彼はバカじゃないと思うし、心ないわけじゃない。
話せば分かるだろう。
基本、社会の仕組みは人を支えるものであって、人を陥れるものではない。
初心の後のものは、全て、鉋で削って、福が現れる(添付作品)
シンプル、それだけのことだ。
ふとドラマ『北の国から』の「誠意って何かね?」というシーンを思い出した。
*誠意の一般的な意味は
「私利私欲を捨て、嘘偽りなく、相手の立場に立って、向き合う真心ある態度だ」



 

2026年9月2日水曜日

[9276] 心

 ●心
相続をきっかけに『心』が浮上した。
何よりも大事な『心』を忘れていたようだ。
あまりに当たり前すぎて見逃していたような気がする。
ある時期『心』は「精神」という言葉で理解するようになった。
それから『心』が見えなくなったのだろう。
全ての答えなのに。
たぶん日本人は『心』と言えばわかる人種だ。
それは肉体に対比した精神ではない。
感情の部類のハートでもない。
思考であるマインドでもない。
「心ある」人と言われれば嬉しい。
「無心」というのは素敵なものだ。
『心』は「ある・ない」を最高のものとして受け入れる。
こんな素晴らしい言葉は他にないように思う。
ただ軽々しく使えば邪心になると思う。




 

2026年9月1日火曜日

[9275] 良心の不在

●良心の不在

両親を亡くし、私は「良心の不在」を目の当たりにした。相続は家族内の問題であり、なかなか表には出ない。とくに田舎では、家族の恥、とりわけ金銭にまつわる話を他人にさらすことは避けられる。被害を受けても声を上げにくい。すると、傷ついた側が悪いかのように扱われ、した側が正しいという空気さえ生まれてしまう。そんな考えが広がるのは、あまりに危うい。

今はカード決済が当たり前になり、値段を「負ける」という感覚が見えにくくなった。これからの世代は、「負けるって何だろう。昔はそんなことがあったのか」と思うかもしれない。負けることを認めなければ、勝つことだけが価値になる。そうなると、勝つためなら何をしてもよい、勝てば官軍だ、という考えに傾く。『負けるが勝ち』はもう死語になってしまったのだろうか。

9年前に父を亡くし、今回、母を亡くした。多くの親は、子どもたちが苦労しないようにとお金を残す。子どもが3人いれば、3等分する。それが平等心ではないだろうか。

父は野心家で、義侠心があり、芸術への魂を持っていた。そして「森」という名を残すことにこだわっていた。私も69歳になり、それを残すことに少し関心を持つようになった。ちょうどその頃、面白い建造物の作品案が降ってきた。実現には資金がいると思っていた矢先、大げさに言えば、私は相続がゼロだった。

母は本当に一文なしだったのだろうか。貧しかったのだろうか。私は、いつの間にか妙な争いに巻き込まれ、負けてしまったのだ。

私はかつて『手から産む』という作品をつくった。手を動かして生計を立てることに誇りを持っている。作ったものを欲しいと言ってくれる人がいて、その対価で暮らす。私にとっては、とても単純で自然な流れだ。

作品が多く売れれば、そのお金を生活空間や新しい制作に注ぐ。本を読み、庭仕事をし、真理を探究し、新作に挑戦するために時間とお金を使う。持ち家もあるが、私にとっては「家猫」という名の巨大な作品だ。引きこもりがちな性格なので、旅行にはほとんど行かない。贅沢には興味がない。消費社会の価値観からは、少しずれている。

自然の中に身を置いているときのほうが、真理のようなものが降りてくる。だから私は、世間の金銭にまつわるアレコレにはほとんど無知だ。だから負けた。

世の中には、多くの被害を受けた人がいる。恨み、つらみ、悔しさ、嘆き、悲しみ。これまで私は、庭とアトリエにこもり、世間とあまり関わらずに生きてきた。けれど今、その人たちの嘆きが少しだけわかる。

だからといって、恨みやつらみに囚われたくはない。しかし、忘れることも簡単ではない。感情が沸騰することもある。それが人間だ。なぜなら、「勝った者が正しい」という誤った考えが広がれば、「金・詭弁・権力」が正しいものとして扱われる。それが人々の生き方の中心になってしまう。

だが、はっきり言う。「金・詭弁・権力」は、人の中心ではない。

世間には為政者がいる。彼らの中には「金・詭弁・権力」が中心だと思い込み、勝ち誇る者もいる。大衆もまた、そのおこぼれにあずかろうとして、口車に乗せられる。国から町へ、村へ、そして家庭へ。そんな思想が浸透していく。

私は、家族の中にまで浸透したその思想に負かされた。両親を亡くして、良心の不在を知った。そしてある意味心の拠り所を失った。

中心とは、読んで字のごとく「心の中」にある。「心」とは、初心、良心、慈悲心、平等心のことだ。なかでも初心は大切だ。初心は、何にも侵されず、何にも汚されていない。山奥の湧き水のようなものだ。

初心を忘れたとき、人は「金・詭弁・権力」の下に心を置いてしまう。本来、心は広大であり、人間の浅はかな「金・詭弁・権力」などの下には付かない。しかしこの社会では心は小さく扱われ、権力への依存心や商売心へと変わっていく。それが良心の不在だ。

税といった仕組みが、人を支えるためのものではなく、人を惑わせる主体になってしまう。

主体は人である。その人の心である。中心に心があり、会社や税はその周辺にあるべきだ。税が先にあって、人がその社会の奴隷になるのではない。

私が示すべきは、家族や身近な知人にまで入り込んだ、人の心を蝕む汚れを取り除く。社会の仕組みや税という巧みな制度も、いったん心の中心から外す。そして、子供心のような初心で、もう一度ものを見ることだ。

そうなれば金や社会に疎い私のような人間でも誰でも、物事をゼロから考えることはできる。そこから考えなければ、身近な人たちの心は初心を忘れ、邪悪さに染まり、飲めない水のように濁ったままになってしまうだろう。

世間から離れ、自然の中に身を置いてきたからこそ、私は人間の汚れた思考に違和感を覚えた。

これが今回、私に降ってきた智慧である。

『負けるが勝ち』。


 


2026年8月31日月曜日

[9274] 禍福

●禍福
人災だろうが
天災だろうが
どっちでも
いつだって死に物狂いで生きる
災い転じて福となせばいい
それが天才
だね 




 

2026年8月30日日曜日

[9273] 茶筌

 ●茶筌
茶道2号が人手に渡った。
茶道絵は書道・華道・茶道の三部作の一つ。
道具が美しい。
自分では十職に入ってない使い捨ての茶筌が興味深い。
春の東京での個展で1号は人手に渡ったので2号を描いた。
それも同じじゃつまらないから茶筌を反対にした。
写真がそれ。
実におしゃれで美しい空間に飾っていただいた。
ありがとう。
もう一枚描こうっと。



 

2026年8月29日土曜日

[9272] 誕生日

●誕生日
昨日は私の69歳の誕生日だった。
リンクに行って顔見知りの会う人会う人に「今日は俺の誕生日だから、なんかくれ!」と言い回った。
誰も、なんもくれない。ケチ。金銭的ケチでもあるが、シャレや創造で返せよ!
唯一アフリカに住んでいたまやちゃんがせんべい3枚くれた。
クソジジィの戯れだろうと相手してくれる世界を心身に共有している美しい人だ。
些細なツッコミありがとう。
山ベーの喬一くんがいたので「なんかくれ!」と言ったら「催促するような人にはあげない」と躾され、老いぼれは働き盛りの若者にいじめられたと思い、しょげて家に帰った。
次の日の今朝、家の玄関にみかん箱が置いてあった。開けたら南国の果物がいっぱい! 
手紙が添えてあり「誕生日おめでとうございます。わじんさんからの数々の助言をいただき、今の自分があります。69歳、ロック魂でこれからも突き進んでください。 喬一」とあった。すごい! 
これ、もしかして夢?