2015年1月14日水曜日

[5131] 笑点街

『我が商店街想定外の笑点街』
 まだ何も決まってない『ンダニャー祭り』推進派として勝手にいろいろ動いている。駅前商店街の空き家を見学。ここで化け猫屋敷でもやろうかなどとアイデアを膨らませる。そのあと街の健康的食べ物屋で結成された『おいしいごはんの会』の市に。ンダニャー祭りについて意見を聞く。ここで巨大なぬいぐるみを作れる人がいる情報を手に入れた。これはいけそうだ! ン?、でも夏場か……。なるほど、今度から知られざる特殊技能を持っている若者や爺婆を探そう。村の祭りは村人や地場からアップしていかないとね。

2015年1月13日火曜日

[5130] 藁

藁を探しに東京から若者がやって来た。藁でなんか作ってなんかやるらしい。現代のワラシベ長者かも。
 ワシは三十半ば、ソバ屋の片隅で埃を被って忘れられた存在の招き猫をたまたま新しく作ったら、あれよあれよとメシが食えるようになった。宝物や資源ってのは中央ではなく周辺にあるのかも。あまり人の目には触れず、意識上にも登らずゴミみたいに転がっているのかもしれない。中央には使い古した腐った椅子があって、みんながそれを奪い合う。周辺には誰も座ったことのない椅子はもちろんソファーだってベッドだってある。草枕だってあるよ。さあ、周辺に、世界へ、宇宙へ散らばろう!

2015年1月12日月曜日

[5129] 純化

久しぶりに夜中に雪が積もりました。
 今朝は青空、暖かい、雪掻き、風呂、ノンアルビール飲んでバタン。猫が股にやって来た。寝ながら思った。
 何がやって来たって、来るものはしょうがない。危険や火の子なら払うが拒めない老・死などの自然の流れや時代の流れはしょうがない。でも唯それらに身を任せて管を巻いてもつまらん。ワシはそれらをでかい粘土の中に突っ込んでいい感じに純化した猫にする。それがワシの創造だ。右翼、左翼、オタク、アキバ。部分がいっぱいある。部分に全体は見えない。サブカルチャー、それどころか四ブカルチャーや五ブカルチャーだってこれからやって来るだろう。全部まとめて猫化しましょう。

2015年1月11日日曜日

[5128] 吉本隆明

この写真はテレビで特集していた吉本隆明さんの書斎の映像。
 吉本さんは思想家で小説家よしもとばななの父親だ。
 テレビ見てたら、SSが「お札だ!」と叫んだ。
 なんと映像の右上にワシのお札猫があるのだ。別にこんなことはそれほどのことでもないのだが、若い時この人の本を読んで感動したから、なにげに嬉しい。
 お札猫の書は大元気で立っている猫がくっ付いている。
 確かに吉本さんは自らの言葉で立った人だ。ワシも自らの猫で立ったってことで、うん、まだまだいい作品創らねば!

2015年1月10日土曜日

[5127] ドキドキ

猫にジッと見られ、プッと笑ったあと、ドキドキした。
 ワシの心を見透かされたような。
 またはどこぞの絶世の美女に見つめられた、のと同じ感覚。
 自分が猫のステージに迷い込んだのか、猫が人間のステージに入り込んだのか。
 それとももはやそんな境界は消えてしまい、もっと高い広いステージの生物としての共鳴なのか。
 なーんてね。

2015年1月9日金曜日

[5126] 言語

猫祭り呼称『ンダニャー祭り』(仮題)
「んだにゃー」は「そうだね」という意味です。つまり「柔らかいYES」。
 ここ村山地方の人間は「にゃーにゃー」言う。女性が言うと可愛い癒される。大昔この地方の人々は猫と喋っていたのか、それとも猫の真似をすることで自らやお互いを癒していたのかは解らないが、猫と深い繋がりがあったのだと思う。僭越ながら日本一の猫作家である(自慢だけど)このワシがこの地の出身であり、たまたま猫の夫婦招き猫の家を建てたりしたのは、実は偶然ではなく、この方言にルーツがあったような気がするのだ。言葉には言霊がありその地方の人々に大きな影響を与える。例えばアイヌの人がアイヌの衣装を着て囲炉裏の周りに座って東京弁を喋っていたらウソっぽい。大阪弁なら尚のことリアリティがない。やはりたとえ北海道でなくてもアイヌ語を喋っていれば、それは聞くものを北海道のあの大自然溢れる大陸に誘う。
 ワシは猫を通して失われてしまいそうな言語を守ろうとしていたのだった。

2015年1月8日木曜日

[5125] 村山市

住んでいるここ山形県村山市、この地域での猫祭りの打ち合わせに出かける。
 今年は5月から6月中頃までやや恒例になってしまったワシの個展が最上徳内記念館である。その頃近所の東沢バラ公園で東京ドーム三個分もある敷地いっぱいに750種2万株のバラが咲き誇るバラ祭りがある。6月にはごろつき市がある。他に碁点温泉の旧浴場はあるし、温泉プールはあるし、浅草の浅草寺の巨大わらじはあるし、超メジャーなサクランボはあるし、蕎麦街道だって、ワシの猫ハウスだって、ケーキ屋だって、パン屋だって、ひつじやだって、空き家だっていっぱいあるし、元気な爺婆だっていっぱいいる。なんのこっちゃ。