2025年2月8日土曜日

[8705] 怖れ

 ●怖れ
 未分化とは「まだ分化しておらず発展するまでに至ってないこと」らしい。
 細胞の未分化は分化していないから自己複製能力があり、他の細胞になることができる。可能性がいっぱいあるのが未分化だ。なら未熟も未完もそうだ。ドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』とかモーツァルトの未完成交響曲とかなぜか心に残る。そして「未」が付く『未来』もその仲間だろう。未来があるなら他の細胞からの道があると言うことだろう。私は60歳の時、粘土以外の絵で他の道に挑戦した。そして『ペリペリ→わの図→坐禅』を発見し、その道を歩いている。未だ至ってはいない。
 人はいつまでも未熟だし未来があるのだから、まだ発展するまでに至っていない。至ってないなら自ら可能性を終わりにする必要はない。何かに怯えたり死ぬのが怖いと思うのは未熟な子供のように可能性があるということなのだろうと思う。
 私の婆ちゃんが80歳ぐらいの時、日の当たる縁側で草履を編んでいた。あいも変わらず時間を持て余していた20代の私はタバコを吸いながら婆ちゃんになんとなく死について話しかけた。婆ちゃんは「この歳になると死ぬのは怖くない」と言った。ふとタバコの火種が灰皿に入らず飛んで婆ちゃんの手についた。瞬間、婆ちゃんが叫んだ「アチっ! 死ぬかと思った」と。
 この事件を私はただの笑い話にしていたが、今、はぁー、なるほど、死とはそういうものなんだとわかったような、、、未だ至ってないけど。





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