●大きな心
随分前に「今度は森さんが農業の回覧板の担当です。2年間お願いします」と知らないおじさんから箱詰め素麺を渡された。なぜに農家でもない私が農業の色々を配る担当に? 見ず知らずの人の個展のチラシを配る担当を任されたような。そこで素麺を返し断った。しかしおじさんは「これまでのルールだから」と当然のような顔をする。しょうがないので村の会長にこのことを話し最終的には担当はなくなった。
昨日、田んぼを歩いていて、ふとなぜに担当を任されたかが腑に落ちた。
私は農家ではないが農産物で生かされている。他がなくても生きるが食い物がなければ死んでしまう。多くの農家さんに生かされている。農業を単なる他人の職業として見ていたようだ。農家は私たちの代わりに田畑を耕し食料を生産してくれている。そんな当たり前の大きな心を忘れてしまったのだ。他の職業も何もかもをバラバラにして、それぞれを小さな自分主義として見てしまっていたようだ。
大きな心で自分の仕事を考察してみた。私は家と庭を設計し農業を営むように定住し、米のような招き猫や様々な造形や絵などの珍しい野菜を生産している。手頃な野菜から高価な野菜まで色とりどりを発表する収穫祭『来る福猫祭り』を毎年9月に全国で催している。またペリペリやムガノガといういう新しい種子を育てたり、心豊かに生きる指針の本も執筆し、叡智の坐禅を勧めている。
私はネズミから穀物や仏典を守った猫になって日夜精進しているみたい。
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