2024年8月7日水曜日

[8520] 反省

 ●反省

ふとワカル時がある。
自分はサトった。
自分は正しい間違いない。
自分は天才だと思い込む。
そして偉そうなことを言うようになる。
優越感に浸り周りが見えなくなる。
これは自惚れですね。
調子こいたアホです。
これに気づいたら反省しましょう。
全部気のせいです。
ワカったらおしまいです。
ワカラナイのが初心だから。
反省!




2024年8月6日火曜日

[8519] 日々

 ●日々
暑い、庭仕事はヤメ!
アートは日々芸道精進である。
世界のあらゆる日々の事象を表現する。
表現できないものはないし
表現すべきものは予想外に日々やってくる。
コンセプトや結果では
死んだ形はできるが生きた日々が見えない。
自分と作品が分断しているからだ。
主観を棚の上に置いた客観的アートだからだ。
そこでそんな概念をペリペリ剥ぐ。
無常だから常見を求めるがやはり無常ペリペリだ。
時間空間全てをペリペリする。
本来無一物ペリペリが諸法実相あるがまま。
だからあるがままとは我欲のままではない。
ただペリペリ精進する。
だから結果に気を病むこともなく
日々無色透明で始まる。





2024年8月5日月曜日

[8518] 実験

 ●実験
アートの毎日は全て実験だ。
昔のように結果を求めなくなった。
つまり完成品を求めなくなった。
完成品はおしまいだ。
おしまいの絵をおしまいじゃなくするには
その結果を商売にするしかなくなる。
それはもはやアートではない。
アート実験こそアートなんだ。
庭造りも同じで商売でもおしまいでもない。





2024年8月4日日曜日

[8517] 目を覚ませ

 ●目を覚ませ
 私たちは起きて夢を見ている。目を覚ましているようで覚めてない。これが意識だ。意識は「わかる」が口癖だ。無意識は潜在意識とか末那識だの阿頼耶識だの集合的無意識などといろいろ言われるが、たった一言「目を覚ませ」が言いたいだけだ。「『わかる』から目を覚ます」のだ。覚めてもそれは別の夢(意識)だから、また覚ます。人はいつだって夢(意識)の中にいて、本物を掴み損ねている。
 昔、冬山の崖をクライミングしている夢を見た。
*もうすぐ頂上だ。
吹雪いていて寒い。
眠気が襲ってきた。
声が聞こえた。
「起きろ!」
寝たら落ちて死ぬだろう。
でもダメだ、眠い。
「起きろ!」
私はハッと目を覚ました。
瞬間、夢から目が覚めた。





2024年8月3日土曜日

[8516] 増減

 ●増減

今日もうだる暑さ!

人間は数字が増えた減ったと

差引勘定で喜んだり落ち込んだりする。

差額が自分なわけだ。

そんなみみっちぃフラフラするものが

自分であるはずがないのに…




2024年8月2日金曜日

[8515] 思い切って

 ●思いを切って

暑い!
アリジゴクは1〜2年分のうんこを出し
軽くなってウスバカゲロウとして空を飛ぶ。
一般的なカゲロウは儚い命だが
ウスバカゲロウは長生きするらしい。
思い切って(思いを切って)
うんこ捨てたおかげかも。
人も行き止まりの原因である
欲に操られた『思いや計らい』を
切り捨てて心の糞詰まりを解消し、
軽やかに空を飛んで長生きすればいい。





2024年8月1日木曜日

[8514] 行き止まり

 ●行き止まり
 華道や書道などを英語に訳しても『道』の意味合いはない。例えば『華道』などは英語で『flower arrangement』、ただの結果だ。もしくは『道』を『way』と言うけど、これは『方法』の意味合いが強い。いわゆる『How to』もの、やはり結果取得の方法、やはり行き止まりだ。
 人は結果を求める。結果である行き止まりには物や金や人が集まるからだ。同時に澱んで濁って汚物がたまり、清浄でなくなる。行き止まりは食った物が出ない糞詰まりのようなもの。ふと思い出した、アリジゴクという昆虫は肛門が閉じていて土の中にいる間は一切うんこをしないらしい(シッコはするとの小学生の研究新発見がある。通説を覆すなんて偉い小学生だ)。糞詰まりは地獄。行き止まりも地獄なのだ(物や金や人が集まることが幸せという通説も覆したほうがいいね)。
 本当の道はそういうものではない。道に終わりはない、だから物や金や人が溜まることを目的にしてはいけない。道とは濁ることもなく永遠に湧く浄い湧き水なのだ。湧き水は溜まらん(堪らん)!