2014年9月30日火曜日

[5025] 雲

まだ喉が痛い。朝は家中を掃除し、モップもをかけて新鮮な気分にする。あとは寝るに寝る。ときどき起きては庭に出る。庭も昼までは雲一つなく暑いくらいだったが、午後からはやはり秋です、寒い。雲が出てきて雨まで降った。
 「年を取ると一日一日が早い」と歳取った大人は言うけど、どうも疑問だ。
 ワシの姪っ子がこの間大学受験だったのに、もう30才近い。あっという間だ。若い子は年を取るのが早いと思った。ところがワシなどは50歳を過ぎた頃からもう何年もそれほど変わらない。
 テレビとか見ていても若いタレントがどんどん出てきては消えてゆく。反対に歳取ったベテランはもう何十年も前から同じ姿で飽きずに喋り続けている。
 若い新鮮な流行も情報もドンドン過ぎ去る。まるで雲の流れだ。
 ならば世間など追わずに、大の字に寝ながら雲を見て暮らせばいい。

2014年9月29日月曜日

[5024] 体調管理

終わったぁー! バタバタ後片付け、搬出して、帰路。 
昨日祭りが終わった途端、首の左側、耳の付け根から喉仏にかけてウズラの卵が入っているかのように腫れてきて痛んだ。今日は左喉も痛い。ややゲリピーだし、ケツから血まで出た。とうとう疲れが爆発したみたい。
 旅に出る前、奥歯の痛みを治療したが、伊勢で歯茎が腫れて、顎のリンパ腺がコロコロ痛んでいた。それがやっと治りかけていたのに、今度は喉のリンパ。奥歯からの流れでこうなってしまったのだろうか? 旅先でのこういうのは困る。面白くない。
 それで気付いたのだが、ワシは東京の個展の時は期間が長いので、体調を気にして、毎日の個展終了後は銭湯に行き疲れを取り、静かにメシを食い、酒もあまり飲まない。人ともあまり会わない。早く寝て次の日に向かう。そして朝一杯のコーヒー。このリズムが心地良く、ベストだ。
 伊勢・瀬戸では、毎年体調崩して苦しんでいるのに、なぜこの体調管理を思い出さなかったのだろう? 毎日飲んでいたし、アドレナリンを噴出していて、夜中に目が覚め、寝不足。これじゃあ長続きしないし、テンションも低くなる。今後気をつけようと反省です。

2014年9月28日日曜日

[5023] 間

猫祭り最終日。やくざな奈良の『どぶ』の杜氏が今朝一番に顔を出し、ワシの大事な絵を二点くれと我が儘言うので、もったいない一点だけならと譲ってやった。
 今日はたくさんのいろんな人が来た。妙な人やアホな人や変わった人や面倒なオヤジ共など、もうさまざま。大昔ワシはこういう人々に出会ってなかった気がするが、付き合わなかっただけで、たぶんいつの時代もどこにでも身近にいたんだろうと思う。たまたまこんな祭りなど催す作家になってしまったものだから、普段話すこともなかった人々とこうやって出会う。ワシから見れば皆、いい意味でも悪い意味でもおかしい人たちだ。会うことも無かった人に会うには、直接は無理で、ワシと他人の『間』に何かが必要だ。それが文化だ。それが無いとお互い一個の自立した人間にはならない。『人』『間』『人』で人間になるわけだ。『間』がないと『人』『人』で只の『人々』だ。だから人は『間』を超えてはならない。ワシの場合、その『間』に猫作品があるんだと思う。誰もが文化に参加し人々という烏合の衆にはなるなよ。
 『間』は『愛だ』

2014年9月27日土曜日

[5022] 19歳

今日から瀬戸の猫祭り。
 昨夜は悪い夢を見てよく眠れず、寝不足、不機嫌だったが、個展会場に行ったら19歳の可愛い娘さんがいた。おおおお! 急に元気が出て、もう一つの個展会場に行くのをやめようかと思った。もはや悪夢で感じた気分悪さなどどこかに吹き飛んでしまった。しかしここに居てはいけない。本会場に行かねば。娘さんに手を振り、名残り惜しいけど心で泣いて別れ、仕事だし大人なんだしと自分に言い聞かせ、何度も何度も後ろを振り返りながら、仕方なしに、もう一つの個展会場へ向かった。
 な、なんと! そこにもワシの担当として19歳の可愛い娘さんがいた。瀬戸はいいところだ。一日、ずいぶん楽しく調子よかった。
 19歳って、ルンルンうきうき、朗らか清々しい気をいっぱいいっぱい発している。とてもいい年齢だなぁと思った。

2014年9月26日金曜日

[5021] 方向感覚

京都から瀬戸の個展会場へ。
 朝、ホテルから出て京都駅の方向を考え、間違いないか太陽を見る。駅はあっちだ。
 昨日、京都駅に着いて、歩いてホテルに行こうと、地図を見た。ホテルは大きな道路の左側にあるので、道路の左側を烏丸の方向に歩いた。途中道路の右側の喫茶店によって、歩くのが面倒になり地下鉄に乗った。地下鉄を出たところのちょい先にホテルはあった。道路の右側を歩いてホテルに着いた。京都駅から左側を歩いて来た筈なのに、右側を歩いてホテルに着いたのだ。このとき、頭が少し混乱し、方向感覚を失ってしまった。事実はホテルより少し先に地下鉄の出口があり、逆戻りしたのだ。
 その後、京都のどこを歩いても方向感覚が狂うようになった。これと同じことが昔NYであったことを思い出した。住む筈のアパートに初めて向かっていて、途中地下鉄に乗ったら、ここと同じように行き過ぎ、自分のアパートに後ろ向きに歩かないと勘を戻せなくなったのだ。
 教訓:最初の地でのホテルは地下に潜っちゃいけない。地上を進め!

2014年9月25日木曜日

[5020] オヤジ共

京都の街を歩きながら考えた。
 世の方々にはパワハラ、セクハラ、ハラハラため息の出るような腹立つことむしゃくしゃすることがたくさんあると思う。ワシなどはストレスなどまったくない環境にいると思っていたのに、たまに会うオヤジ共にストレスや面倒を感じる。だいたい自分は誰にでもざっくばらんに語るタイプだ。朗らかでいいのだが、話し相手など少なくなっているオヤジ共からすると新しい友だちのように感じるのだろう。実はそこ! ワシはオヤジ共に懐かれると気色悪いと感じてしまうのだ。この気色悪さの原点なるものが、自分の父親なんだろうと思う。度を過ぎた親心というホモセクシャルに似た気色悪さかな。
 でも考えてみると、父親の友人も兄弟姉妹もほとんど他界している。心細いのだろうね。50を過ぎたオヤジ共は今後だんだんと心細くなっていく、それに抵抗し、他人に必要とされようと培った知識や経験で助言などをするのだが、それがうざい自慢になっていることに気付かない。
 あっ! もしかして自分もそんなオヤジになって、口で災い降り撒いているのかもしれない。気を付けようっと。
 写真は『魚とお酒 ごとし』にて。ワシの金魚作品です。

2014年9月24日水曜日

[5019] マスク

寝るとき、ワシは耳栓とマスクをする。
 今朝、起きたらマスクがない。偶然にも泊まった部屋がニャンニャンニャンニャンの部屋番号、そのホテルのベッドカバーやシーツ、枕カバーなどひっくり返してもマスクはない。ベッドのマットを持ち上げて床を見ても、どこにもない。そんな筈はないとバフォバフォともう二度三度探すが出てこない。着ていたパジャマや浴衣にもない。トイレにもない。もちろん冷蔵庫にもない。いったいマスクはどこへいったのだろう? もしかして天井に張り付いているかもと見上げるがない。ん! 後頭部に張り付いているのでは? 頭の後ろに口があって、夜中、咳していたような、と後頭部を触ってもない。そういや夜中一回トイレに起きた。そのとき流してしまったのだろうか? けっこう気に入っていたマスクだったのになぁ、いったい……
 無いはずの後ろ髪を引かれる思いの中、待望の榊原温泉へと向かった。