2020年9月7日月曜日

[7193] ウシガエル

●ウシガエル
小さめのウシガエルが池に棲んでいる。
トノサマガエルや他のカエルは
僕が近づいても逃げないが、
こいつはビビリだ。
ところでアシナガハチが池に水を飲みに来たとき、
ウシガエルがパクッと食った。
口の中を刺されたのか
すぐに、ペッと出した。
あっ! もしかして‥
池の水換えをやった。
やっぱりだ! 
10匹以上いたメダカが4匹しかいない。
そこで思い出した。
数年前、池のメダカ50匹がすべていなくなったのだ。
原因がわからなかったが
こいつの仲間が棲んでいたんだ。
メダカ4匹は家の水鉢に入れた。

2020年9月6日日曜日

[7192] クール計画 その6

●クール計画 その6
なんじゃろ? この気持ち悪さ、吐き気、食欲不振がたまにやってくる。
 熱中症など治ったはずなのに、これはなんだ? 
 考えてみれば『わじんのわ』ができて、このことを証明する言葉はなんだろう、と集中して本読んだ。目は疲れるわ、睡眠不足だわ、暑いわで相当体力も精神も消耗した。ほぼ論文も完成した。そろそろ休めってことかもね。
 待てよ、もしかしてワシ、熱中症ではないのかもしれない。昔は熱中症など知らなかった。夏になるのは夏バテだった。そこで調べてみた。なんとぴったり、ワシ、夏バテじゃん! 汗をかくというのは副交感神経で、これは胃の働きを止めるんだって。汗でミネラルやらビタミンが外に出ていっているのに胃が働かないから食欲不振、吐き気、めまい。ますますミネラル不足。寝不足、どんどん虚弱。ガーーン!
 そういうことで夏バテ対策です。夏バテ対策として始められることは、クーラーの設定温度を上げること、クーラの効かせ過ぎは夏バテになるんだって。クーラーいらないじゃん! 実のところクーラの使い過ぎによって体温調整機能が壊れ熱中症になりやすい体になるという。文明ダメじゃん!
 それと裸は汗垂れ流しでシャツ着た方が汗を吸い取って気化するんだって。裸ダメじゃん! 原始生活ダメじゃん! よしわかった。文明どっぷりも裸族もやめて中庸な人間、そうワシがクールになればいいのだ!

2020年9月5日土曜日

[7191] クール計画 その5

●クール計画 その5
SS「外に申し訳ない」
 なんのことかと思ったら「家の中がエアコンで涼しくなったら、外を熱くしてしまう。外に申し訳が立たない」ということだ。別に外に対して良い子ぶってるわけではなく、これは大切な思考だと思う。
 西洋の哲学では『わたしが思うからわたしが在る』だ。つまり『わたしがいるからあなたがいる』に繋がる。これは自立心を促すための押しの強い思考だ。しかし途中までだ。そのあとも押しが続けば、わたしわたしオレオレオレでは争いが絶えず、他人と繋がることはなく、繋がるためには自分の欲望にとっての他人の利用とか経済第一など、真実でないもので間を埋めなければいけなくなる。そのうちその真実でないまやかしが当たり前になって真実だと思い込んでしまう。正直者は引きこもり、その他は孤独孤立してしまう。もはや恋人や家族の関係も崩壊し、この隙を狙った国家が幅を利かす。人々は国家の道具だ。実は国家だって崩壊している。人の精神が分断しているならその集まりだって分断している。そもそも『わたしが思うからわたしが在る』が問題なのだ。これが今の世界の主流であり、その弊害が戦争や憎悪や対立や統制だ。個人の自立そして社会の自立まではいい。そこから上乗せアイデアでは嘘の上塗りになる。そろそろ次の捻るアイデアが必要なのだ。そしてその捻るアイデアが『わたしがいないからあなたがいない』だ。これで初めて個人を超えた関係性が浮上せざるをえなくなる。なぜなら個人がいないことがわかったからだ。嘘ではない本当を感じ、それを実行するしかなくなる。ここに利他が浮上する。慈悲も浮上する。意識転換ひとつでこれらが勝手に浮上するのだ。木が勝手に打ち水をしてくれるのと同じだ(クール計画3参照)。
 『家庭』での外への蔑ろ、この内と外の分断が違和感を生む。『わたしがいないからあなたがいない』は、分断や偏りをなくす概念だ。つまり家の『内がないから外がない』なのだ。
 昔の雪国の知恵では『雪室』を作って夏に利用していた。この家でも設計の段階では雪室を考えていた。しかしそこから虫が入るし、なんやかんやで却下してしまったのだ。そこで雪室アイデアの復活はどうだろう。僕の家の北側の屋根から落ちた雪は4月末まで残っている。5月の連休まで残っていたこともあった。この雪を大きな四角に固め、断熱材で囲い、夏まで雪を残すことができなくもない。夏、そこからパイプを通して家の中につなぎ扇風機を置く。これで外は内の犠牲ではない。外の、それも冬の外の雪、「外に申し訳が立つ」。

2020年9月4日金曜日

[7190] クール計画 その4

●クール計画 その4
家においての縁側は実に面白い。
 『わじんのわ』では『縁』が重要な基本テーマになっている。前にも言ったダライラマやアインシュタインが言った『依存』。この言葉をもっと深めた言葉が『縁』だ。これら偉大な哲学宗教や先端科学の根本に『縁』があるのだ。昔の日本ではそれを家に直接盛り込んでいる。家と庭の間にある『縁側』だ。内と外の中間に位置する。縁側は家の中の居間と庭を対等の感覚にする。日本家屋の居間から庭を撮影しても庭から家の中を撮影しても、美しくなるのが縁側の効果だ。縁側は家から飛び出た板のことではあるが、あれだけを抜き取ってみてもただの板だ。縁側とは家と庭の依存関係のこと言う。つまり縁側とはあの板のことではなく双方からの写真に収まる全風景が縁側なのだ。昨今の『分断』に対するアンチが込められている。
 僕の家の設計ではまず池を決めてから居間を作り、そこから家や庭に図面を広げていった。家からフラットに池に伸びたアルミのサニースルー、これが縁側だろうな。
 さてクール計画。家の中を快適にするためには家の外にいらないものを置くのではなく、家の外も中と同様に充実しなければならない。重要なのは中でも外でもなくその境界にある縁側という中道の概念だ。玄関側にある大屋根の下が日中は涼しい。いつも南側のデッキにいるので、玄関側はあまり意識してなかった。まあ道路があるので人や車が来る。裸で暮らしているけど恥ずかしがり屋の僕には人の目が気になる社会的空間だ。そこに『垣』を作ろうかと思う。解放させながら風が通り気配を感じる社会的な縁側になるだろう。北を無視していた自分に反省、これからは北の開発じゃ! 北国に住んでいるだけに、そこ大事!
 エアコンを取り付けるのは簡単で便利だが、文明批判的創造が湧くなら、それを試してからでも遅くはない。やはり便利な文明の利器に頼ると何か大事なものを失うような気がする。たぶん今回のクール計画のような創造を失うのだろう。

2020年9月3日木曜日

[7189] クール計画 その3

●クール計画 その3
自分では名作だと思っているツタのパーゴラ。この下は風があまりない時のほうが涼しさが降ってくる。
 本当ならこのツタのパーゴラを家にくっ付けて東南西に広げて作ればいい感じに涼しいだろう。緑の葉の大屋根ができるようなものだ。ヨシズや天幕よりやはり葉陰が涼しい。なぜなら葉から水が蒸発するときに周りの熱を奪う、気化熱だ。庭やデッキに自分で打ち水すれば気化熱で涼しくなるが、いつも撒いているわけにはいかない。その点、木は勝手に水を撒いてくれるのだ。気化熱のおかげで周りの温度との差ができ風が生まれる。また木は光合成するときに根から吸い上げた水と空気中の二酸化炭素を取り入れ太陽光エネルギーで栄養をつくる。その時に酸素を出す。つまり酸素ふんだんの風なのだ。だから木陰が動物の憩いの場となる。つまり人間にとっても木陰は居心地いい場所なのだ。
 今、日の差さない北の窓から涼しい風が入る。周りは日がガンガン照っているのに単に日の差してない窓からの風が爽やかなのは、なぜだろう? 草からの水の蒸発が熱を奪うのだろう。北側の壁やコンクリート、駐車場や小屋などの屋根のあるところからの風は涼しい。日が当たらないから空気が熱くならないその風が来るのだろう。こういう小さい涼しさの積み重ねが猛暑をクリアーすると思う。
 ただ家から伸びたパーゴラを作ることはできない。冬、雪で潰れるからだ。ということでまずは木を植えるつもり。


2020年9月2日水曜日

[7188] クール計画 その2

●クール計画 その2
『家庭』とは家と庭に対して対等に気を掛けることを言う。
 他の家の見取り図を見ていて思う。庭など全く考えてないのに図面の隙間におまけ程度に木のマークがついてある。図面に樹木があるということで心が落ち着くのだろう。それほど樹木は大事なのに建築家は木を植えたりしない。植えるなら金を請求するだろう。つまり木のことなど考えてないのだ。ならば最初から木のマークなどつけなければいいのだ。建築家で家を自然素材で作る方向性を持ちながら、樹木や庭をまったく意識していないというのは浅はかだ。それでは建物が地面から分離しているただの変な箱だ。中の住人もそのうち分離するだろう。なぜなら『家』『庭』は分離だからだ。
 さてクール計画第二弾。庭を改造することにした。木を植えて家に木陰を作るつもりだ。涼しいだけでなく、壁に木の影が映るだけでも絵になる。畑の一部に木蓮と鈴蘭の木を移植しようと思う。木蓮はペリバを建てたせいで大屋根からの雪で折れそう。木蓮の移植はあまりよくないのだが、まだ小さいし大丈夫だろう。鈴蘭の木は紅葉が美しいが玄関側にあってあまり見てなかった。二つとも今は元気だ。

2020年9月1日火曜日

[7187] クール計画 その1

●クール計画 その1
どうも暑さ対処法が間違っていたようだ。
 山形の夏はクソ暑く、日本最高気温の記録を何十年も維持していた。冬はクソ寒く雪深い。この寒暖の差のおかげで食べ物が日本一うまい。だからこの家は住み心地を最大に考慮に入れ、大学で建築学んだけど、忘れたので思い出し出し、一年間も考えて考えて、ノート10冊以上もエスキースを描き設計した家だ。ところで『家庭』とは家・庭と書く。庭は家で言えば居間ぐらい大事だ。
 さて僕が家を猫にしたのは仕事上のシャレだ。建築としては住人の暮らしやすさの点で内外いたるところに新アイデアを盛り込んでいる。家の配置は太陽の運行に合わせて東・南・西へと細長く曲げて作ってある。また冬はすべての部屋に日が差すようになっている。だから北側の寒い部屋というものがない。猫の毛に防熱効果があることから外壁は木を段々にし毛並みではなく木の波を作り、内部の温度上昇を抑えている。光熱費も抑えられる。だからエアコンなど無くても方角や窓の位置などで涼しくなるようにしてあるのだ。ただし建築に完璧はない。僕は夏と冬では冬の寒さ対策の方に重きを置いた。それでも夏は過ごしやすく設計したはずだ。
 それなのに熱中症! 何を間違ったのか?
 今朝、とうとう気付いた! 暑いからとすべての窓を全開にしていたのだ! 日が差している方角の窓から外の熱風が入るに決まっている。お蔵の中がひんやりしているのは日が入らないからだ。
 そこで日の差す窓は閉めてブラインドを下す。天井ファンを強く回す。涼しいではないか! まあ今日は猛暑じゃないけど。これならエアコンなど無くても安く快適に暮らせそうだ。他の家を見ててバカじゃないかと思うことがある。エアコン、除湿機、加湿器、ファンヒーターと、空間が息苦しい。お前んちは家電屋か! 
 とりあえず北側観音窓全開のため窓下にチョコ脱出防止柵を大工した。チョコは意外と賢く、網戸は開けるし蛇腹の網は潜って出る。ピニャモがそれを真似する。
 これでこの残暑を乗り切れるか、実験ですね。