●新しい風
チェンソーの刃を新しいのにした。チェンソーとはこんなに切れが良かったんだと感心してしまった。材木の玉切り、大汗かきながら子育てというものを考えてみた。
子育てが大変だ、とかいうけど、そうだろうか?
余裕がない、とかいうけど、そうだろうか?
子育てだけでなく、世の中に大変で無いことなどない。すべてが大変だ。
人はペシミストになりたがる。ほとんどは妄想である。自分のペシミスト妄想にみんなが目を向けてくれる。自分を中心に世界が回っているように感じる。それが満足を与える。ところで妄想を抱いている本人は妄想に気づかない。だからやや慎重に真実を小声でばら撒くしかない。
実は子育てにしろ他の仕事にしろ何もかも大変ではない。妄想に執着するからこそ余裕がないのだ。世の中に余裕のある人などいない。皆妄想で心がいっぱいいっぱいなのだ。妄想の嘘に気づけばいい。そこが空っぽになれば新しい風が自然に入ってくる。それは心地よい可能性の風だ。風とは隙間さえあれば入ってゆく。風とはそういうものだ。
ところで兄の奥さんが、ワシに「子供ができて、育てられなかったら、あたしが育てるから」と言っていた。兄の奥さんは三人の娘を育てた。安心できる力強い言葉に感じた。聞けば子育ては面白いらしい。これが余裕の言葉だ。ワシにとって作品を作るのが面白いのと同じことだろう。作品制作も他の人から言わせれば大変な作業だ。なるほど、そのようなものなんだろうと世の中全ての大変なことに対して高を括ることにした。
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