2026年10月25日日曜日

[9329] 無口

 ●無口
昨日、リンクに出かけたら、ハロウィンをやっていた。
大和魂のオレからしたら、こんな欧米の野蛮騒ぎの真似などするな、と言いたいところだが、ゾンビ系は少なく、鮮やかなアニメコスプレの若者が多かった。
この過疎化された村では意外と面白い風景だった。
さて、僕のようにお喋りな人は、かなり無口な人と喋ると、持っている情報を全部吸い尽くされてしまう。
同じように日本人は無口で、自己主張の激しい他所の国の文化や文明などあらゆるものを吸収してしまう。
だから日本人はクリスマスもハロウィンも平気で吸収する。
吸収するからといって本質が入れ替わるわけではない、コスプレなのだ。
縄文土偶など見てもなんでも吸収してしまう寛容さと創造力を持っている。
ところで縄文時代が終わったという確証はない。
それどころかここ山形には出羽三山があるし、日本人の自然観はどこの国にも優る。
縄文、弥生、飛鳥、奈良と時代は変遷するが、人間も子供、青年、老人と名称は変わる。
人間の場合、三つ子の魂百まで続くように、縄文魂も今なお続いているのだろう。
僕の猫粘土も他所の情報をなんでも猫化してしまうから、自分の奥に縄文魂があるように思う。
いろんな宗教もまた日本に入ってきて吸収された。
中でも仏教が定着したのは、その風呂敷を広げたような吸収力が元々の縄文魂と似ている。
仏教の究極の禅には『父母未生以前の本来の面目は』という真理の問いがある。
こんな問いを投げ掛けられたら、人は無口になる。
なぜなら無口が縄文未生以前の本来の面目なのだと思う。
このダルマ猫のように(添付)。




 

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