●初身
初心に帰るってのは陰陽以前に帰る事でなかなか大変なことだ。好き嫌いや善悪以前だから。人は後から付いてきたお金や我欲に縛られ身動きが取れない。初心など遠い遠い夢だ。子供の頃の自由さもない。そこでお金があれば自由になれると思い込まされ、ますます金に囚われる。我欲を負い追い老い疲れ自由になる前に死んじゃう。
何かしらで縛るような世間というものは意識でできている。有名人などは若い時代に活躍したものの老けたりボケたり子供が自殺したり犯罪したりであの成功はなんだったのだろうと忘れ去られる。虚しいものだ。
意識は時間が繋がってないのだ。映画のフィルムのように、デジタルのドットのようにバラバラなのだ。だから人は繋がりが欲しいわけで繋いだとしても映画のように作り話でしかないからそのうちまたバラける。
ワシなどはめちゃくちゃ才能があって天才(初心大事能力)なのに意識の世界では無名匿名有名を行ったり来たりしている。自閉的なので無意識に意識的な世間に脅かされることを避けているようだ。いい言葉では中道を手探りして歩んでいる。そこは透明な軸だ。AIだって理解不能なものだ。理解すれば透明ではなく汚れるからだ。世間の何かしらに縛られないなら世間的達成は遠いが、逆の方向の初心が気になるわけでこれは運がいい。でもそれでも世間的人間だから初心を忘れる。そんな時に坐禅と出会った。これも運がいい。坐禅は偽りの世間から逃れる唯一の行為で初心そのものだ。やってもなんでもないのは不完全な意識とは無関係だからだ。だから坐禅は完全なのだ。頭ではわからない。身体がそもそも初めから初心=初身だ。
2026年6月15日月曜日
[9197] 初身
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