●涅槃
私たちは時間と空間の中にいる。広大な時空間だ。この時空間が狭くなった時に息苦しくなる。それは良し悪しに関係なく何かが近づき過ぎてしまい間合いが保たれなくなった時だ。
アトリエである家と庭は誰にも邪魔されず迷惑せず妄想せず自分のアートをやり遂げようとして創った澄浄な時空間だ。一日は早朝の坐禅で始まり、手間日間作務をし、一日を終える。一日は四季に繋がり一生に繋がる。作品を作るだけでなく、これら一連のリズムが私のアートだ。自分のアートを伝えようと必要ある人には会う。アートを伝えたら、一期一会、あとは己が己をすることだろう。だからここは人の身勝手が入る余地などない。
ところでこうやって人を遠ざけていれば寂しい空しいを感じるだろうと人は言う。だからと言って『日間』を『退屈』に置き換えて『忙しい』に変更し、寂しさを紛らわしたりはしない。寂しい空しいを一般人はマイナスイメージで捉えているのだ。そうだろうか? その寂しさ空しさこそ作り物ではない心から感じる本当の静寂だ。喩えば私の父親は7年前に亡くなり遠くに逝ってしまった。この家や庭に近づくことはもうない。会うことなど絶対無い。何かの拍子に父親を思い出して寂しさを感じることがあるが、それはとてもしみじみして遥か彼方を見るような。この感覚を持つこの空気はなんだろうと言葉を探していて、単なる物理学的広大な時空間では無機質過ぎる。その時空間には『しみじみ』が無いからだ。
ふと、あ~涅槃寂静だ。涅槃はあなたの憩いの場ではない、もちろん子供の遊び場でもない。あなたの今いるそこが涅槃、そこがここ。
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